次の日の朝。
マラカ王女を連れて、シオンとフレイが出発する日になった。

しかし、なぜか出発はできないでいた。

「フレイ?どうだった?」
「まだダメみたい・・・髪型が気に入らないって」
「そんなの気にしてる場合かよ・・・。」

扉の前で、シオンはがっくりと肩を落とした。

「・・・じゃ、どうしたらいいんだろ?」
「うーん・・・マラカ様は言い出したら聞いてくれないからな・・・」

マラカ王女がいる部屋の前で二人は話している。
朝早くにセレナードに向けて出発する予定だったのに、マラカ王女の気まぐれでそれができなくなっていた。

「待ってればいいのかな」
「お昼からならいいって、仰ってたけど・・・」
「髪くくんのに4時間もかかるのかっ?!」

と、シオンが叫んでフレイは慌ててシオンの口を押さえた。
部屋の前で叫んだら、部屋の中にいる人たちに筒抜けである。

部屋の中から反応がないことを確認し、フレイはそっとシオンの口から手を離した。

「だ・・・だけど、どうすんだ?昼からじゃ夜中走ることになると思うけど」
「だよね・・・」

でもどうしようもないし、とフレイはため息をついた。
それと同時に、シオンは頭の後ろで手を組んで歩き出した。

「ど、どこ行くの?」
「ここで二人で立ってても仕方ないだろ・・・ちょっと城下におりてくる」
「い・・・いってらっしゃい」

止める理由も思いつかず、フレイは足元にいる小さいレオを抱き上げながら手を振った。



「まったく、お姫さんも何考えてんだか・・・」

むすっとしながら、シオンは城下町の朝市の中を歩いていた。
野菜や果物、魚など生鮮食料品があちこちに並べられている。

「途中で休める町なんてあったかなあ・・・」

特に買う物もなく、つまらなそうに帰る方向へ振り向くと一人の行商人が立っていた。

「・・・ん?」

大きな荷物を背負って、頭にぐるぐるに白い布を巻いている。
黒い髪がその布のあちこちから飛び出ていた。

「なんか買わないか?」
「・・・何売ってんの?」
「ほら」

男はポーチの中から大量のアクセサリーを出した。
ネックレスの長さの物から腕輪サイズまで様々だ。
材料は金色だったり水晶だったり、なかなか質は良いようである。

「アルスに買ってやろうかな・・・じゃあ、この腕輪」
「500ビートだ。誰にやるんだ?」
「弟。コンチェルトで一人で俺のこと待ってくれてるんだ」
「・・・・・・。」

シオンはお金を取り出して男に差し出したが、受け取ろうとしない。

「・・・おい?」

不審に思って、シオンはお金を持った手が見えるように突き出した。
すると。

「・・・お前、本当にアルスのことしか考えてないのか」
「・・・・・・え?!」

急に、聞き覚えのある声が聞こえた。

「お、お、お、お前、何でこんなところでっ・・・!」
「分かった分かった、こっち来い」

シオンは狼狽したまま、引っ張られて行った。



「ろ、ロイア!?お前こんなとこで、一人で何やってんだよ?!」
「シオンにも俺だって分からないなら、この変装もなかなかのもんだな」

なんと、その行商人はロイアだった。
人通りの若干少ない通りの、無人の店の壁の近くに二人は移動している。

「ほ、他に人は?!まさか本当に一人なのか?!」
「当然だ。町の人間の素直な状態を見るのに何人も供をつけていたら意味がないだろ」
「あ、あのな・・・」

シオンは呆れてうなだれた。

「この頭に巻いている布に、この黒のカツラもくっついてる。」
「・・・右目の眼鏡は?」
「置いてきた。俺の部屋に」
「あ、そう・・・城中大騒ぎなんじゃねーの?ロイアがいないなんて」
「大丈夫だ、まだ寝てると思ってるだろう」
「・・・アホか・・・」

王様にまさかの暴言を吐いてしまっているが、二人とも気にしていない。

「いつもこんなことしてんの?」
「早朝にな。行商人のふりをして、城下町を視察している。たまに他の町にも行くぞ」
「・・・・・・」
「・・・どうした?」

もう怒るのも呆れるのもやめて、シオンはずるずると壁に背中を当てたまましゃがみ込んだ。

「・・・・・・」
「シオン?」
「・・・やめろよ」
「ん?」

ロイアは背中の巨大なリュックを下ろして、シオンの横に座った。

「どうしてだ?」
「・・・・・・危ないだろ。ロイアだってバレたらどうするんだよ」
「自分の身ぐらい自分で護れるって・・・」
「・・・いやだ・・・城抜け出したりすんなよ・・・」
「・・・・・・?」

シオンは腕を伸ばしてその上に顔をのせて下を向いた。

「いやだって、どういう意味だ?」
「ロイアには・・・なんつーか、玉座で偉そうにしててほしい」
「・・・なんだそれは」
「・・・今、隣の国は戦時下なんだし、本当に危ないって・・・」
「まあ・・・そうだけど」

様子がおかしいシオンに、ロイアは首を傾げつつも頷いた。

「ま、シオンに会ってしまったわけだし城に帰るか」
「・・・・・・ああ」

よっこらせ、とシオンは立ち上がった。
ロイアも腰掛に使っていたリュックをまた背負った。

「重くないのか、それ」
「軽い布ばかり詰めてある。投げ上げられるぐらい軽いぞ」
「あ、そう・・・」

まだ慌しい朝市の町中を、二人で城に向かって歩き始めた。

「まだ出発しなくてよかったのか?」
「お姫さんが、髪型の調子が悪いとかで出られないんだとよ」
「なるほどな・・・マラカ王女のあの性格は昔からだからな」
「え、面識あんの?」
「一応各国の王族とは交友がある。セレナードのトルライト王子とも会ったことがあるぞ・・・もう王だけどな」
「へえ・・・バルカローレの神聖光使とは?」
「ライラか・・・小さい頃に一度だけ会ったことがある」
「ふーん・・・」

そんなことを話していると、あっという間に城門の前についてしまった。
よく見ると、門のすぐ近くにフレイが立っている。

「・・・あれ、フレイ?」
「シオン!」

フレイは二人に駆け寄ってきた。
足元にはレオもいる。

「ど、どうした?」
「・・・・・・」
「おい?」

せっかく駆け寄ってきたのに、フレイはシオンの横にいる謎の行商人の方を見つめている。
ロイアはふふっと笑いながら、頭に巻いている布を取った。

「おい、俺だ」
「あっ・・・!!」

カツラごと布がとれて、ロイアの赤い髪がばさっと肩に落ちた。
普段は後ろで一つにまとめている髪だが、今は結んでいない。

「ろ、ロイア・・・さま、だったんですか・・・そんな格好で、なにを」
「ロイア様!!」

突然、周りからどよめきが聞こえた。
数名の走ってくる音がする。

「ロイア様、どこにお一人で行ってらしたんですか!?」
「おーい!ロイア様がいらっしゃるぞ!!」
「ロイア様!!」

物売りがロイアだと分かると、わらわらと城の人間が集まってきた。

「そ、そのお姿は・・・?」
「気にするな、部屋に戻る」
「はっ・・・はい」

大臣たちまで駆け寄ってきた。
そしてあっという間に取り囲まれ、ロイアは城の中に向かって歩き出した。

その様子をぽかん、と見ていたシオンとフレイの二人だったが、ロイアが二人に向かって声をかけて我に帰った。

「シオン、もう一人で視察には行かないと約束してやる」
「えっ・・・」
「じゃあな」

また前を向いて、大勢の人たちと歩いて行ってしまった。

「・・・だからこんなところで被り物とったのか」
「ね、ねえシオン、ロイア様なにしてたの?」
「ああ・・・」

シオンは頭をかいた。

「なんか、早朝に城を一人で抜け出して町の様子を見に行ってたんだって。」
「えっ・・・一人で?」
「らしいぞ。誰にも言ってなかったみたいだし」
「カペルマイスターにも・・・?」
「多分な・・・」

あのレインが、ロイアが一人で町に行くと言ったら大反対するかついて来るに決まっている。

「あ、それで・・・どうしたんだ?」
「あっ・・・ええと、マラカ様が、出発するって」
「そう・・・身だしなみにOKが出たのか」
「うん、そうみたい・・・」

突然ロイアが外から帰ってきた騒動が静まりつつある城の中に、二人はゆっくり入っていった。






予言者イリスを殺害しようとした二人組の、処分がついに決定した。
その内容は「厳重なる監視の下、生活を許可する」というものだった。

内容を知ったイルは、狂喜乱舞していた。

「やったー!!やったやった!!」
「・・・・・・」

部屋の中を走り回りながら喜んでいるイルを、アルスとバイエルは ぼーっと眺めていた。
こんなにはしゃいでいるイルを見るのは、アルスも初めてだった。

「イルどうしたの?」
「ええとね、イルさんの好きな女の人が、助命が受け入れられて殺されずにすんだからだよ」
「ふーん・・・?」

主旨は理解し、とりあえずバイエルは頷いておいた。

「イルさん、クラングさんとローチェさんはこの後どうなるんですか?」
「えっ?なんですか?」
「いや・・・・・・」

嬉しさのあまり、聞こえていなかったらしい。
イルは浮かれつつも二人の前にぺとん、と座った。
改めてアルスの質問を聞くつもりらしい。

「え、あの・・・あのお二人は、牢屋から出られるんですか・・・?」
「あっ、そうなんですよ!」

イルはぽんぽん、と膝を叩いた。

「今日、地下牢から離宮の一室に移されるんだそうです、生活にはずっと監視がつきますけど・・・」
「あ、今日なんですか。移動ですか・・・」
「イリヤも移動中の監視人の一人だそうです。それで・・・姉上や、私みたいな天授力を持っている人間を、
どうして殺そうとするのかを詳しく話すまでは厳重に生活を監視されるみたいです」
「そうですか・・・どうしてなんでしょうね」
「さあ・・・早く話してくれるといいですね・・・」

少しだけ部屋の空気が重くなった。
ちなみに、バイエルはタウルスと床を交互にぺちぺちと叩いて遊んでいる。

「そろそろ時間ですね・・・私、ちょっとお二人にお会いしてきますっ」
「あ、はーい いってらっしゃい」

イルは、花瓶に生けてあった花束をさり気なく両手に抱えて、部屋を颯爽と出て行った。

「よっぽど嬉しいんだな・・・でも・・・」

アルスはイルが出て行くのを見送ってから、床にいるバイエルを見下ろした。

「そうしたら、バイエル君・・・セレナードに帰っちゃうのか・・・」



「クラングさん、ローチェさん、こんにちは」

暗い地下牢に、この上なく明るい表情でイルは降りていった。
そして、ローチェの牢屋の前で中に向かって呼びかけた。

「ローチェさーん」
「・・・・・・はあ」

奥からため息が聞こえた。

「・・・お前か。」
「はい、イルって言います」
「・・・知ってる。ずっと前に名乗っただろうが」
「やっとここから出られますね!私、お二人の部屋にも行きますからね」
「・・・来るな」
「あっ、それでこれ、お祝いのお花なんですけど・・・移動の時にお渡ししますね」

花束をばさばさと振り回し、花びらがいくつか石の床に落ちた。

「もうそろそろ、みんな準備を始めてますから」
「準備?」
「あ・・・やっぱり、まだお二人は厳重に監視されるので・・・移動にも、その・・・準備が必要で」
「・・・・・・。」

黙ったローチェに、イルは不安になった。

「その、ですから・・・天授力を持つ人間を狙う理由さえ、お話くだされば・・・」
「言えるわけがないだろ」
「・・・ですが・・・」

その時、後ろから突然肩を叩かれた。

「わっ!」
「やあ、二人とも。今日やっとここから出られるらしいね」
「イリヤ・・・!」

イルの後ろにいたのは、イリヤだった。
腰には長い剣をさげている。

「そろそろ移動の時間みたいだよ。二人を狙う動きもあるらしいからね」
「い、イリヤ!!」

イルが言葉を濁していたのに、イリヤはあっさりとそのことを言ってしまった。
慌ててイリヤの肩をバシッと叩いたが、イリヤは気にせず続けた。

「イリスを殺そうとしたわけだからね。普通ならとんでもない刑罰が待ってるんだから」

クラングとローチェを順番に見た。
イリヤの視線は穏やかだったが、どこか鋭かった。

「今回は、イルのたっての願いってことで死刑は免れたけどね」
「・・・・・・。」

ぷいっ、と顔を背けたのはローチェだった。
それでもイルは満足そうな顔をしている。

「とにかく、二人を守るって意味での厳重な監視でもあるから。早く話しちゃった方が楽だと思うよ」
「あ、お二人の部屋にも行きますから!・・・って、さっきも言いましたっけ」

そう言いながら、イルはクラングの牢屋の前に行った。
そして、格子の間から手を差し出した。

「これから、よろしくお願いしますね」
「・・・ああ、よろしくね」

苦笑しながらクラングは手を差し出して握手をした。

「ローチェさんも」

今度はローチェの方に行って、手を伸ばした。
しばらく不貞腐れていたが、ローチェもしぶしぶ手を出した。

「お綺麗な手ですね」
「ばっ、バカかお前はっ!」

急に真っ赤になって、ローチェは慌てて手を引っ込めた。
その様子を見て、イリヤは少し驚いた。

「・・・やっぱ兄弟なんだな」
「・・・・・・。」

イルはローチェの手をじっと見つめた。

「ローチェさん、指輪なさってたんですね。気づきませんでした」
「・・・ああそうか、とっとと出て行けっ」
「あ、はい・・・」

イルを先頭にして、二人は地下牢の階段を上がっていった。
地下牢の上にはたくさんの人の気配がする。
二人を離宮に移動させるために配置される人たちの話し声のようだ。

「イル、女性に対する接し方が・・・」
「な、なんですか、何か問題でも?」
「いや〜・・・自覚がない方がたちが悪いよ」
「悪いって何ですか!イリヤみたいに見境なしに声なんか掛けませんからね!!」
「・・・そ、そうなんだけどね」

そう言いながら、もう既に並び終えている兵士達の中の一人に、イリヤも加わった。
イルはその近くの別の列に入った。

「・・・イル、危ないと思うよ」
「大丈夫ですよ、この場所に普通の人は来られないですし、お二人を狙うにも無理ですよ」
「・・・うん、まあ・・・」

二人が地下牢から連れ出されてくることだけを楽しみに、イルは花束を握り締めた。









         





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