その日の夜。
シオンとフレイ、そしてマラカ王女が出発するのは次の日の朝と決定した。

来賓用の部屋のバルコニーに出て、フレイは一人で風に吹かれつつ夜空を眺めていた。

「・・・・・・まだ寝ないのか?」
「・・・あ」

声を掛けられ、髪を押えながらフレイは振り返った。
シオンがフレイの横で、バルコニーに両腕を置いてその上に顔をのせた。

「すごい星だなー・・・月がないからたくさん見えるんだな」
「うん・・・」

フレイの返事が元気がないような気がして、シオンは腕に顔を乗せたままフレイの方を見た。

「どうしたんだよ」
「あ、ううん・・・ごめん」
「・・・いや・・・フレイって、よく謝るよな」
「え、そう・・・?ごめ・・・」
「ほら」
「う、うん」

フレイが納得しながら頷いて、二人で吹き出した。

「あははっ、なんでそんな謝るんだよ、悪いことしてないだろっ」
「ふふっ・・・なんでだろうね、癖なのかも・・・」
「謝るのが癖?変なの」
「うん、ごめん」

また二人は一瞬静まり、そしてまた笑い出した。

しばらくして、シオンは顔を上げて星空を指差した。

「ちっちゃい頃は俺さ、あそこで泳いでみたいって思ってたんだよな」
「あそこって?ミルキーウェイで?」
「そ、きっと甘くて気持ちいいんだろうって」
「ミルクの海かあ・・・なんかべとべとしそう」
「はは、確かにそうかも、すぐに今度は風呂に入らないとな」

フレイは顔に掛かった髪を振り払ってバルコニーの段差を一段上った。

「でも、ぼく泳げないんだよねー・・・」
「え、フレイ泳げないの?」
「うん、足がつかないところに入ったことがないんだ」
「海で泳いだことないのか?楽しいのに」
「・・・うん、小さい頃はあまり外に出なかったから」
「・・・・・・。」

フレイの口調が急に暗くなったのを見て、シオンは質問をためらった。
数日間行動を共にしているが、シオンはフレイのことをあまり尋ねていなかった。

そして今、思い切って、訊いてみようと決心した。

「・・・あのさ、フレイ」
「え・・・な、なに?」
「言いたくなかったらいいんだけど・・・いや、多分言いたくないから言わなかったんだろうけど」
「・・・・・・。」
「フレイって、セレナードに家族はいるのか?どういう経緯で、セレナードのカペルマイスターになったんだ?
俺は父さんの後を継いでなったけど、普通だったら俺たちの年齢じゃそんなことにはならないだろ・・・?」

そう言われた瞬間、フレイは目を逸らしてしまった。
なるべく遠慮して尋ねてみたつもりだったが、やっぱりたくさんの質問になってしまったことをシオンは少し後悔した。

「ごめん、フレイ」
「ううん・・・ぼくの方こそ。家族はね、いないよ」
「いない・・・?両親も、兄弟も?」
「うん・・・お母さんは小さい頃に病気で死んじゃった。お父さんとお兄さんも・・・今はもういない」
「・・・そっか、お兄さんもいたんだ」
「・・・うん」

納得したように頷いて、シオンはまた星空を眺めた。
そのシオンの横顔を見て、フレイは少し口を開きかけたが、息を呑んでまた下を向いた。

「・・・ありがとうシオン」
「え・・・なにが?」

穏やかな表情で目だけをフレイに向けた。

「ぼく、シオンに会えてよかった・・・シオンと話せて嬉しかったよ」
「なんで過去形なんだよ、もう友達じゃねえの?」
「あははっ・・・うん、友達だよね」

照れくさそうにフレイが笑った。

「いつか・・・」
「ん?」
「・・・いつか、全部話せたらいいな・・・シオンには、全部話したい・・・」
「・・・・・・。」
「こんな風に思ったこと、今までなかったかもしれない・・・」
「・・・そっか」

・・・それじゃあ、今は何も訊かないでほしいってことか。

心の中でそう呟き、シオンは体を伸ばしてバルコニーから離れた。
目をつぶって、バルコニーの手すりを引っ張りながら上を向いた。

「その日が、早く来てほしいって俺は思ってる。フレイは本当に気が置けない奴だよ」
「ぼくも・・・何でだろうね」
「・・・さっ、そろそろ寝ようぜ、明日朝早いし」
「あっ・・・うん」

シオンは伸びをしながら部屋に入っていった。
それに続くように、フレイも中に入った。

「・・・本当に、そんな日が来たらいいけどね・・・」

二人の後ろに、流れ星が一つ流れていった。



真夜中。
フレイは突然、ぱかっと目を開いた。
ゆっくりと起き上がり、暗い部屋の中を見回す。

隣のベッドにはシオンが寝ており、側にはいつも彼がつけているヘアバンドが置いてある。
フレイはシオンを横目で見やりながら、窓に忍び足で近づいた。

「・・・・・・どうしたの」

窓の鍵を開けながら、小さく呟いた。

「・・・こんばんは」

窓の外には、茶色い布を頭にかぶった人物が立っていた。

「ブラム・・・どうして直接ぼくのところに・・・」

顔を布で隠した謎の人物、ブラムだった。

「もう一人いますよ」
「えっ・・・」

ブラムはフレイの位置からは見えなかった後ろにいる人が見えるように斜めに動いた。
そこには、サビクがいた。

「さ、サビク・・・!」
「お・・・お久しぶりです、王子・・・」

サビクは照れくさそうに頭をぺこっと下げて笑った。

「サビクだけ?ラスアとリムは?」

フレイはバルコニーを見渡しながら、まだ他にいないかを探した。
問いかけたのは、ブラムに対してのようだ。
しかしフレイに答えたのはサビクだった。

「ええと・・・兄貴とリムは、ここにいるんですよ・・・」
「ここに・・・?どこに」
「いや、だからここに・・・」

サビクは指を床に向けて差した。
そこで、またフレイは辺りを見回したがやっぱり誰も見つからなかった。

「ここっていうのは、メヌエットの王宮って意味ですよ」

横からブラムが口を挟んだ。
フレイは驚いてブラムに振り返った。

「ラスアとリムが、ここにいるの!?」
「お、王子、声が大きいですよ」
「あっ・・・ゴメン」

フレイはまた思わず謝ってしまった。
目をぱちくりさせて両手で口を覆った。

「ええと、どこから訊こう・・・」

フレイは考えをまとめるために起き抜けの頭を必死に回転させた。
驚いたために口は良く回っているが、頭は実はまだ半分寝惚けている。

「どうして二人ともここに?ラスアとリムがどうしてここに・・・?」
「・・・・・・。」

サビクは若干脱力して苦笑した。

「えっと、俺たち、兄貴とリムの3人でメヌエットの宝物庫に忍び込んだんですよ。」
「あ・・・!茜の伝承書を探してたんだっけ?!」
「は、はい」

サビクは、また声が大きい、と思って思わず辺りを見回した。

「あったよ!」
「えっ」

サビクとブラムは顔を見合わせた。

「・・・どこに?」
「コンチェルトの王宮に、メヌエットのビアンカ・ダル・リレイヴァート王子・・・って知ってる?」
「し、知ってますけど、クーデターで亡くなった人でしょ?」
「それが・・・生きてたんだよ、コンチェルトにいたの」
「へえ・・・」
「生かしておかれていたとは・・・」

二人は息を吐き出しながら大きく頷いた。

「で、そのビアンカ王子が茜の伝承書を見せてくれて。中はよく分からなかったけど・・・」
「持ち主のビアンカ王子は、読めている様子でしたか?」

ブラムが身を乗り出して尋ねた。

「完全に読めているとすれば・・・」
「あ、ううん、完全に読めているわけじゃなかったみたい。
ちょっとずつ読めるようになってるって言ってて、まだ全部じゃないみたいだけど」
「・・・けど、理解できているんですね」
「・・・・・・そう、みたいだけど」

ブラムが低くそう言ったので、フレイは慎重に相槌を打った。

「・・・ええと、サビクにも会うのすごく久しぶりだよね」
「ご無事でよかったです・・・ブラムさん、王子がマラカ王女の護衛だって教えてくれなかったんですよ」
「え?」

サビクはブラムを非難するようにじとっと睨みつけた。

「ど、どういうこと?」

フレイは訳が分からず、ブラムに説明を求めた。

「フレイのせいじゃないですか」
「・・・はい?」
「私だって訊きたいですよ、マラカ王女の護衛なんて何を真面目にやってるんですか?」
「だ、だってぼくは今セレナードのカペルマイスターだし・・・仕事はちゃんとしないと・・・」
「そんなの適当に、殺すのが嫌なら王女をどこかに置いておくかして、セレナードとバルカローレの諍いを少しでも長引かせないと。
マラカ王女が帰国すれば、即刻誤解が解けてしまうでしょう?」
「それは・・・そうなんだけど・・・・・・」

ブラムは目を細めてフレイを睨みつけた。
二人の背の高さはほとんど同じで、目線の高さも目を上げれば一直線に合う。
フレイは布や髪の間から見えるブラムの赤い目を見て竦み上がった。

「・・・その、護衛はぼく一人じゃないから・・・」
「え、コンチェルトからセレナードまで誰かついてくるんですか?」
「う、うん、メヌエットのカペルマイスター・・・元、だけど」
「ああ、現在のメヌエット王が即位したクーデターの立役者の青年ですね。みんなの報告からだけですが聞いたことはありますよ」

サビクも指を顔に当てて思い出そうとした。

「あー・・・えーと、俺も知ってますよ、テヌートなんですよね。名前は・・・なんだっけ・・・」
「あっ、そうだブラム、コンチェルトの予言者・・・イリスさんのことなんだけど・・・」
「ええ、先日実行した暗殺計画ですね。近くの町に定期的に夢を告げに行くところを狙う、というものでしたけど」
「あれって、誰に行ってもらったの・・・?」
「クラングとローチェの兄妹です。残念ながら未遂に終わって投獄されたらしいですが」
「・・・あの二人が・・・?」

フレイは愕然とした。
そしてサビクも驚いてブラムに詰め寄った。

「クラングさんとローチェさんが?!あんな剣の使い手の二人が、どうやって失敗するんですか?!」
「仔細は知りません、報告だけですから。早く天授力を持つ人間を消さなければならないというのに・・・。
一人だけでもいいんですから、早く力を別の人間に受け継がせる前に、聖玉に取り込まれる前に消さなければ」
「・・・・・・うん」

フレイは力なく頷いた。

「・・・フレイ」
「・・・・・・え?」

ブラムは、フレイの右肩に手を置いた。

「・・・大丈夫ですか?この後、どうするのか分かってますか?」
「うん・・・セレナードに戻ったら、藍の伝承書の在り処を王宮内で探らないと・・・」
「・・・・・・はい、正しいです」
「・・・・・・。」

おろおろと、サビクはフレイとブラムの両方を交互に見た。

「あ、あの、クラングさんとローチェさん・・・どうなるんです?」
「さあ・・・可哀想ですが、恐らく近々処刑、ということになるでしょうね・・・特赦でもない限り・・・」
「それは・・・出る要素がないよね・・・」
「処刑させる人間が出すものですからね」

ブラムはあまり音が立たないように手をパンパン、と叩いた。

「ま、ここで嘆いていても仕方ありません。私達ができることをしなければね・・・フレイはいつここを発つんですか?」
「明日の朝・・・マラカ王女を連れて、セレナードに帰る」
「なるほど、なるべく早めてほしいということ言いに来たんですけど・・・心配なかったようですね。」
「え・・・早くって・・・」

フレイは思わず聞き返したが、ブラムは説明を続けた。

「ラスアの話によると、ラスアとリムともう一人、メヌエットのカペルマイスターと共に明日バルカローレへ向かうそうです。
そこで藍の伝承書を探すというのが目的らしくて、さらにそれがここの王様の命令なんだそうですよ」
「えっ・・・メヌエットの王様って・・・ロイア・・・王が?」
「どういう目的かは知りませんが、とにかく探しに行くという名目は同じですからね。
しばらく従うようにとラスアには言ってあります。フレイも道中、くれぐれもお気をつけて」

ブラムは小さく頭を下げて、サビクにもう帰る、ということを目で合図をした。
サビクも頷いてバルコニーを越えようとした時、フレイは二人を呼び止めた。

「ま、待ってよ」
「え?」
「ぼくの方はまだ訊いてないよ!二人とも、これからどうするの?」
「私達は少しの間、メヌエットで・・・あっ」
「なに・・・?・・・・・・あっ!」

部屋の中で動く何かの姿を追うと、それはなんとベッドから上半身だけを起こしているシオンだった。
サビクとブラムは大慌ててバルコニーからいなくなってしまった。
城の2、3階ぐらいの高い窓なのに、二人は余裕で飛び降りてしまったらしい。

フレイは冷や汗を流しながらシオンに笑いかけた。

「ど、どうしたの?シオン」
「いや、風が顔に当たるから窓が開いてるのかなと思って・・・」
「ああ・・・ゴメン、ちょっと・・・その、空気を入れ替えようかと思って・・・寒かった?」
「ううん、平気・・・フレイも早く寝ろよ、明日早いんだし・・・」
「そ・・・そうだね、そうする・・・・・・」

フレイはまた窓の鍵をしっかりと閉めて、再びベッドにもぐりこんだ。
少しも気にする様子を見せないシオンは、しばらくするとまた寝息を立て始めた。
それを見て安堵したフレイは、枕に頭を埋めて冴えてしまった頭をまた眠るモードにするために必死に目をつぶった。









         





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