「火よ、灼熱をもって焼き尽くせ・・・」
「え?」

ビアンカの手が赤く輝き出した。
シオンは、経験したことのない空気の流れを感じて目を瞬かせる

そしてビアンカは静かに目を開き、両手に意識を集中させた。

「バーニング」

炎の塊がビアンカの手から飛び出し、斬りかかろうと走ってきていた兵士に直撃した。
熱い風が弾け散り、シオンは思わず両腕で顔を覆った。

「うわあっ!!」

兵士は衝撃で後ろに大きく吹き飛んだ。

「あ、熱い・・・!」

熱さと痛さに慌てて、兵士は転げるように川に駆け寄った。
増水している川は深く、流れも急だ。

「お、おいっ!」

シオンは慌てて手を伸ばしたが、兵士はあっさりと川に落ちてしまった。
そして、勢いよく流れる川にあっという間に流されていった。

ビアンカはそれを遠い目で見ながら、ゆっくりと手を下ろした。

「・・・い、今のは一体・・・!?」
「にっ・・・逃げろ!!」

残ったロイアの兵士の二人は一目散に逃げ出す。
ビアンカの兵士二人は完全に腰が抜け、呆けたようにビアンカを見上げていた。

シオンも同じような状態だったが、恐る恐るビアンカに近づいた。

「ビアンカ様・・・あの、今のは・・・?」
「さっきのは魔法だよ」
「魔法?!」

素っ頓狂な声をあげて、シオンは驚いた。

「ビアンカ様、魔法が使えたんですか・・・!」
「うん、火の魔法バーニングっていう魔法だよ。最初はファイアーしか使えなかったんだけど、練習してできるようになったんだ」
「魔法・・・話には聞いてましたけど、そんなものが使えるんですか・・・」

シオンはまだ信じられず、ビアンカの手を見つめていた。
しかし首を振って、本来の目的を思い出した。

「ビアンカ様、逃げて下さい」
「どこに?」
「・・・メヌエット国から、出て下さい」

言いづらくて、下を向きながらシオンは少し小さな声で言った。
しかしビアンカはいつものように笑うだけだった。

「ロイアが王になりたいならなればいいし、私は邪魔だろうから消されるつもりでいたんだけど・・・。
国外に出て、私が生きているだけでロイアは不安に思うんじゃないかな」
「・・・それは、大丈夫です」
「どうして?どこに逃げろっていうの?私がいられる国なんてないでしょ」
「あるんです。あります」

シオンは顔を上げた。

「コンチェルトに行って下さい。イリス様には言ってあります、コンチェルトなら大丈夫です」
「・・・コンチェルト?」
「あ、そういえば、魔法のことも・・・」

シオンは、コンチェルトの王宮で聞いた話を思い出した。
魔法の研究が進み、王宮内で訓練し扱える者がいるということだった。

イルの兄イリヤもその研究に加わっていて、少し使えるようになったという話を聞いたこともあった。
何とかしようと、シオンは必死に言った。

「ビアンカ様はコンチェルトに必要な人です、お願いします・・・!」
「・・・・・・。」

無言で、ビアンカはまた遠くを見るような目でシオンを見つめた。

メヌエットにビアンカが残れば、必ず一生投獄されるなり処刑されるなりの対処がなされる。
シオンはどうしてもそれは嫌だった。

ビアンカは、体が二つに折れてしまったのかと思うほど全力で頭を下げるシオンを見てふふっと笑った。

「ありがとう、シオン。そうさせてもらうよ」
「本当ですか?!」
「安全な道を教えてもらえる?」
「は、はい・・・!」

シオンは、自分が立てた作戦で唯一人目が少ない場所を指差した。
川を越えたすぐ先だった。

「俺もついて行った方がいいですか?」
「平気だよ、二人残ってるし」
「あ・・・」

ビアンカは地面に座ったまま動かない兵士二人を指差した。
そして、ゆっくりと二人に歩み寄った。

「私は国外に逃亡するよ。そんな王子について来てくれる?」

驚いたままの表情で、二人は顔を見合わせた。

「も、もちろんですビアンカ様・・・」
「命が尽きるまで、お守りいたします・・・」
「ありがとう。二人の待遇だけは、最優先にさせてもらうからね」

にっこりと笑って、ビアンカは振り返った。

「じゃあねシオン。シオンがコンチェルトに来る頃には、きっとお礼をするよ」
「は・・・はい・・・」

シオンはぎこちなく返事をした。
そして、二人の兵士に守られながら歩いていくビアンカの後姿を見ていた。






そして、首都グロッケンでついにロイアは国王に即位した。
クーデターは成功し、ビアンカの側についた者は多くが投獄された。

ビアンカの捜索も出された。
しかし色々な噂が飛び交っていたため国内、主に城の外ではどの情報が真実か分からないままだった。

殺されただの、ロイアが人知れず投獄しているだの、我こそはビアンカ王子を討ち取っただの様々な話で溢れかえった。
ひとまず、メヌエット国内ではビアンカ王子は死亡したという宣言がなされ他国にもそのように伝わっていった。

それから2ヶ月ほど経ってから、シオンはロイアに呼び出されていた。

「どうしたんだシオン?」
「別に、何もおかしいことは言ってねえだろ」
「・・・・・・。」

普通の謁見の部屋なので、他にも大臣や兵士がたくさん部屋に立っている。
ロイアの座っている椅子はシオンが立っている位置より高い場所にあり、見下ろされている感じがシオンは気に入らなかった。

「もうコンチェルトに帰る。こんなに長いこといるなんて思ってなかったし」
「・・・お前、何も考えてないんだな」
「え?」

ため息混じりにロイアに言われ、シオンは顔を上げた。

「何がだよ」
「シオンが兄上をコンチェルトに逃亡させたという噂があることは知っているだろう」
「・・・・・・。」
「俺のカペルマイスターなのに、王位継承者を助けたと」

ビアンカを助けた折に逃げていった兵士や、戦線を離れて独断行動をして兵士を追いかけていった
シオンの姿を見かけた者の報告があったらしい。
そのため、城や軍の中ではシオンがビアンカを逃がしたのではないかと言う者が少なからず存在していた。

ビアンカ王子は亡くなったという発表はなされたが、一部の人間の間ではそのこと自体に疑問を持たれている。

「・・・世間の目には、どう映るだろうな」

眼鏡の奥の、ロイアの金色の目が光った。

「王子を逃がした国へ自分も行けば・・・コンチェルトを利用して兄上をメヌエットに帰らせようとしている、と思われる」
「俺がそんなことするように見えるのか?」

不服そうにシオンはロイアを見上げた。
ロイアにそう思われるのは、シオンにとっては心外だった。

「世間の話をしているんだ。俺はシオンを信用してカペルマイスターにしたんだからな」
「・・・ああ、そう」

シオンは目を閉じて力なく言った。

「分かるか?これはシオンのためでもある。今コンチェルトに戻るのはやめろ」

そう言われシオンは急に、コンチェルトに残してきた弟のことを考えた。

「でも、アルスが待ってるから・・・」
「アルスには手紙なり使いなりを出せばいいだろう。この城からは出ないのが利口だ」
「・・・・・・。」

悔しそうに唇をかんだ。
何も言わなかったが、恨みがましそうな目でロイアを睨みつける。

「そんな顔をするなよ。ほとぼりが冷めたころに戻ればいいだろう。それと」

ロイアは椅子から立ち上がった。
そして、大臣に持っていた書類を渡した。

「え?」
「渡す物がある。こっちに来い」

ばさっと大きなマントを翻し、ロイアは謁見室の奥の大きな扉を開けた。
シオンもそれについて行った。



謁見室に残っている人たちを気にしながら、シオンは招かれた部屋へ入った。

「何だよここ・・・」
「そっちが俺の私室に続いてる。こっちだこっち」

手招きをされて、シオンはロイアの方へ足早に向かった。

ロイアが床に屈んだ。
そして、頭につけていた冠を外した。

「・・・何するんだ?」

全く予想がつかず、シオンは首をかしげた。

ロイアは、冠についている黄色い宝石を床に当てた。
すると、床がずれて階段が現れた。

「・・・うわっ、何だよこれ・・・」
「ついて来い」

ロイアはまた冠をはめなおして、階段を降りていった。
少し戸惑いながらシオンも後に続いた。

細く暗い道を抜けると、広い部屋になっていた。

透明な柱が何本も立っていて、壁も水晶のようだった。
明かりは見当たらなかったが、中は明るかった。

「ほら、あれをやる」
「・・・へ?」

ロイアが指をさした方向を見た。

部屋の奥の台の上の、大きな水晶球の前にロイアは立っていた。
よく見ると、それは水の玉のようだった。

「・・・何これ?何で浮いてんの?」

不思議な光景に、シオンはその水の玉を指差しながらロイアに尋ねた。
何なのか分からないものに触れるのは少し怖かった。

「いいから、早く手を入れてみろ」
「何か入ってるけど・・・何なんだよこれ?」
「呪われたり痛い目に遭ったりしないから、早く入れろ!」

ロイアはいらいらしながら怒鳴った。
なんなんだよ、と悪態をつきながらシオンは台に手を伸ばす。

すっ、とシオンの手は中に入った。
それを見てロイアは目を丸くした。

「・・・その中の剣をとれ」
「はあ・・・外に出しちゃっていいのかよ・・・?」

水の中に浮いていた剣をつかんで、引き抜いた。
ばしゃん、と音がして水の玉が消えてしまった。

「え、割れちゃったけど・・・」
「もういいんだ。もうそこにそれを戻すことはないからな」
「・・・・・・??」

引き抜いた剣に顔を近づけてまじまじと見てみた。
金色の羽の形をした柄に紫色の鞘の、刃渡りは1メートルより少し長いぐらいの剣だった。

「その剣はお前にやる。今回のことで何の褒美もくれてやってなかったからな。それを持っていけ」
「は?何なんだよ全然わかんねえよ・・・説明しろって」
「俺も、詳しくは知らない。父上からそれを託されたんだ」
「ケッセル様から?」

シオンは今まで使っていた帯剣ベルトにその剣をはめてみた。
いつも使っていた剣は、謁見室に入る時に大臣に渡していたためベルトには何もかかっていなかった。

「代々王家に伝わる剣、名前は「ルプランドル」だ」
「ルプランドル?」
「この部屋に水の封印を施されてずっと置かれていたんだ。この剣は「勇者の証」と言われている」
「・・・ゆうしゃのあかし?なんだそりゃ」

少し笑いながらシオンはルプランドルの柄をぺしっと叩いた。

「それを封印から引き抜ける者は今までいなかったんだ。メヌエットの代々のカペルマイスターに取らせたがだめだった。
ルプランドルを引き抜けたということは、シオンはその資格があったってことだ」
「はあ・・・俺はこれで勇者だって?何すりゃいいんだよ?」
「知るか。その剣をここに封印したヤツに聞け」
「もういないんだろ・・・」

ワケわからない、という風にシオンは肩を落とす。
しかしロイアから剣をもらえたこと自体は、シオンは純粋に嬉しかった。

しかもこの剣はシオンの手によくなじみ、重すぎず軽すぎず非常に使いやすそうだと思っていた。

そして何気なく、剣を鞘から引き抜いてみた。
よく磨かれているらしく、剣に自分の顔が映った。

「綺麗だな・・・切れ味もいいのかな」
「水の中に入ってたけど錆びたりはしていないみたいだな。ま、今回の功績を讃えて俺からの褒美だ。大事にしとけ」
「・・・・・・。」

ルプランドルをじっと見つめたまま、シオンは黙っていた。
さあ出るぞ、とロイアに言われても動かなかった。

「どうしたんだ?」
「・・・ロイア、お前さ」
「え?」

両手でルプランドルを構えて、ロイアを見た。

「俺とこんな狭いところで、俺だけに剣を持たせて・・・俺がお前を殺すかもしれないとか、考えないのかよ?」
「・・・は?」
「隣で俺がいきなり剣を抜いたんだぞ。このまま斬りかかったらどうする?」
「・・・ああ、その剣でシオンが俺に襲い掛かってくるっていうのか」
「世間が言うように、俺がビアンカ様をメヌエットに連れ戻したいと考えてるとか、思わないのか?」
「・・・・・・。」

一歩踏み込んで剣を振り下ろせばロイアを斬ることができる位置に立って、シオンはロイアを見た。









         





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