「この駒を、全部こっちの陣地に入れた方の人が勝ちね」

一方ここはコンチェルトの王宮の中でも別の部屋。
特別な魔法の博士兼講師の部屋、つまりビアンカの部屋である。

「進む方向に別の色の駒があったらどうするんですか?」

一つのボードの前に、ビアンカが立って説明している。
その説明を受けているのはアルスとバイエルだ。

「その場合は跳び越えられるんだよ。上手く跳び越えられたら早く全部移動させられるよね」

ボードにはたくさんの駒が並んでいて、どうやらそれはビアンカお手製のゲームらしい。
駒も全部木でできた手作りのようだ。ボードには星の形に線が引いてある。

「じゃあバイエル君から先にどうぞ」
「うん・・・・・・」

バイエルは一つ黄色い駒をつまんで1マス動かした。

「ぼくの番だね・・・えっと、これにしよ」

ひょい、とアルスも青い駒を一つ動かす。
その様子をビアンカはいつもの微笑をたたえて眺めている。

三順目が終了した時、ビアンカはふと自分の机の上に置いてある本をぱらっとめくった。
古い本、ビアンカの茜の伝承書だ。

「・・・アルス」
「・・・・・・はい?」

ゲームに熱中していたアルスが、顔を上げてビアンカの方を見た。
バイエルもゆっくりビアンカを見上げた。

「あのさ・・・シオンって天授力を持ってるのかな」
「えっ・・・」

突然の質問にアルスは息を呑んだ。

「も・・・持ってるって、みんな言ってます・・・兵法の天才的技術は天から授かった力だって・・・」
「うん・・・そうなんだけど」

ビアンカは、本をまたぱらりとめくった。
そして一文を人差し指でなぞった。

「私が持っているこの本には、書かれてないんだ・・・そんな天授力は」
「ど、どんな天授力が書いてあるんですか?」
「3つだけしか書いてないんだけど」

と言いながらビアンカは本を持ち上げ、二人に見えるように立てた。
しかし二人には理解が出来ない難解な文字が並んでいるためあまり意味はない。

「ここにね、イリスの未来予知夢が書かれてる」
「イリス様の・・・」
「もう一つは「祝福の唄」」
「しゅくふくのうた?どういう力なんですか?」

アルスは興味深そうにビアンカに尋ねるが、バイエルはゲームが進まないためつまらないらしい。
あごを机にのせてたくさんの駒をじっと見つめている。

「・・・「白き民から力を取り出す」って書いてある。どう思う?」
「白き民・・・」

アルスは口に出して考えてみた。
その時、バイエルが体を起こした。

「白い人たちのこと?」
「え?」

突然のバイエルの発言に、アルスは驚いて振り返った。

「アルスとかフレイみたいな人のこと?」
「・・・そう」

ビアンカはゆっくりと頷いた。

「テヌートのことなんだろうね。でも「力を取り出す」っていうのが・・・良く分からない」
「何の力なんでしょう・・・?」
「テヌートは、ホロスコープを体に一つ入れられるとも書いてあるんだけどね」
「あ・・・そうみたいですね、兄さんが言ってました」

レオを入れることは出来なかったみたいですけど・・・と、小さく呟いた。

「でも、「取り出す」ってそのことなんでしょうか?」
「どうだろう・・・入れられるものを取り出すとは書かないと思うんだ。「元からある物」に対してなら分かるけど・・・」
「テヌートに元からあるもの・・・」

アルスは うーん、と頭を悩ませたがいい答えは浮かんでこなかった。
バイエルがつまらなさそうにしているのに気づいたビアンカは、本をぱたんと閉じた。

「何か新しいことが分かったらまた教えてあげるよ。ちょっと私は散歩してくるからあとで結果を教えてね」
「あ、はい、お気をつけて」
「・・・・・・。」

バイエルも机から顔を離してビアンカを見送った。

アルスはゲーム盤に向き直ってじっと駒を見た。

「・・・ねえ」
「ん?」

ゲーム盤を見つめているアルスに、バイエルは静かに言った。

「ぼくの風邪、治ったのにどうしてセレナードに行かないんだろう」
「え・・・」

フレイとの約束では、バイエルの風邪が治ったらイルがセレナードへバイエルを連れて行くということだった。
バイエルの風邪は完治して数日が経過しているのにバイエルは何も言われていない。

「そういえば何でだろうね・・・イルさんに聞かないと分からないけど」
「早くフレイに会いたいのに・・・」
「・・・・・・。」

駒を一つ動かし、アルスはぽつりと言った。

「・・・ぼくは、バイエル君にはまだセレナードに帰ってほしくないな・・・」
「え?」
「・・・えっ?ああ、ごめん!!」

アルスはなぜか真っ赤になって下を向いた。

「ご、ごめん、バイエル君はフレイさんに会いたいって言ってるのに・・・!」
「ううん・・・」

バイエルは持っていた駒を置いて首を振った。
きょとんとアルスはバイエルを見つめた。

「・・・・・・?」
「・・・アルスは、ぼくの友達になってくれたんだから、一緒にいたいって思ってる」
「え!ほんと?!」
「うん。遊んでると、楽しいよ」
「本当に?!うわー、嬉しいー!」

アルスは両手を胸の前で握り締めた。
やった、嬉しい、ありがとうと連呼し、相当嬉しいようだ。

「・・・アルスって」
「ん?」
「アルスって、いつも幸せそう」
「・・・ぼくが?」

自分で自分を指差して聞きかえす。

「アルスが笑ってると、ぼくも嬉しい」
「ええ?!」

さっきからのバイエルの思いがけない発言続きで、アルスのテンションは上がりっぱなしだ。

「バイエル君・・・?!」
「なに?」

アルスは驚きのあまり硬直した。
しかしバイエルはそんなアルスを見ても表情を変えなかった。

「バイエル君が・・・・・・笑ってる・・・」

震える声で、アルスは小さく言った。
そして堪らず椅子から立ち上がり、バイエルに駆け寄って手をとった。

「やったー!!バイエル君が笑った!!」
「あ、アルス?どこ行くの?」
「行こう!早く!バイエル君、そのままの顔で!」
「え〜・・・?」

ダイヤモンドゲームの盤に振り返りながら、それでもバイエルは少しだけ笑ったままアルスに引っ張られながら部屋から出た。



「ねえ、イル」
「えっ?」

城の外に出ようとしていたイルを呼び止めたのは、ビアンカだった。

「ビアンカ様・・・!な、なんですか?」
「アルスとバイエルを見なかった?」
「あ、ついさっき会いましたけど・・・」

城門の真ん前にいると他の人たちの通行の邪魔になるので、イルは両端に立っている兵士の近くに移動した。
ビアンカもそれについてきた。

「どこで会った?」
「廊下で・・・バイエルが笑ったとか言って、アルスが大喜びではしゃいでいました」
「へえ・・・!じゃあそれでアルスがバイエルを見せて回ってるんだ」
「そうみたいです・・・」

ふふっ、とイルは苦笑した。

「私も驚きましたけど・・・バイエルが笑うなんて」
「そうだね・・・でも、私は何となく分かってたよ、バイエルは明るい子だって。」
「バイエルが・・・明るい?」
「うん、無邪気で素直でいい子だよ。多分、これからもっともっと笑うと思うよ」
「そ、そうでしょうか・・・」

バイエルの面倒を見ることをフレイとバトンタッチしてから数日間が経過しているが、
イルはバイエルの素直さは見てきたが笑顔は欠片も見たことがなかった。

「フレイが聞いたら喜ぶでしょうね」
「きっとね・・・ところで」

ビアンカは じーっとイルを頭から眺めた。

「な、なんでしょう」
「どこに行くの?」
「ええと・・・その、花を買いに・・・」
「私も行っていい?」
「えっ・・・」

戸惑ったが、断る理由が見つからなかった。

「ど、どうぞ・・・城下町の花屋に行くだけですけど・・・」
「ありがと、じゃあ早く行こう」
「・・・・・・。」

自分より先に歩いて行ってしまうビアンカの後姿を、イルはしばらく呆然と眺めていた。



「その花、誰にあげるの?」
「・・・・・・。」

花屋から白い花のブーケを受け取った。
しかしビアンカの問いにイルは何と返事をしていいか分からず黙り込んだ。

「その・・・」
「・・・ごめん、知ってる」
「えっ」

そっちの花ください、とビアンカも花を受け取った。
その横顔をイルは驚いて見つめた。

「ローチェさん・・・でしょ?」
「な・・・」

イルは思わず花束を握り締めた。

「あの人、やめておいた方がいい」
「・・・はい」

肩を落として、息を吐き出した。

「イリヤも言ってました・・・姉上を殺そうとした人ですし、天授力を持つ者を狙っているなら私の身も危険だと・・・」
「あ、それもそうなんだけど」
「?」

ビアンカは街並みを見ながら手を後ろに回して歩き出した。
今は夕方近くで、人通りも若干多い。

「・・・これ、言っていいのか分からないや」
「な、なんです?」
「イリスから直接、聞いた方がいいと思うんだけど」
「姉上が・・・何か仰ってたんですか・・・?」

歩きながらイルの顔を見て、そして空を見上げて小さく溜め息をついた。

「・・・イリスが見た夢に、イルが出てきたんだって」
「私が?」
「髪がこのぐらいの、テヌートのことを見ながらね」

このぐらい、と首の辺りを手で振って見せた。

「イルが泣いてたんだって。」
「私が泣いて・・・?確かに、ローチェさんの髪はそのぐらいの長さですけど・・・」

意味もなくイルは自分の髪をほわほわと手のひらで触った。

「でも、ローチェさんはテヌートじゃないですよ・・・?茶髪なんですが・・・」
「うーん・・・そうなんだけどね」

ビアンカは頬を花を持っていない方の手でかいた。

「イリスの夢は、外れたことがないでしょ?イルが悲しくなるような、何かがあるってことだよ。
それに・・・ローチェさん、絶対に死刑になるよ」
「・・・・・・!」

イルは目を見開いた。
唇を噛んで、そして立ち止まってしまった。

「・・・イル、ごめん」
「・・・・・・すみません、ビアンカ様・・・」

イルは絞り出すように言い、下を向いてしまった。

「重臣達の話によると、死刑は免れ得ないって・・・セレナードとバルカローレの先行きも不安な状態で、
イリスに何かあったらコンチェルトまで危ないって言うことで、半ば見せしめみたいなものらしいんだけど・・・」

ビアンカはいつもより少し慌てたような表情で、動かないイルの肩を優しく叩きながら言った。

「私はコンチェルトでは何の権限もないから・・・本当にごめん、力になれなくて」
「・・・・・・いいえ・・・それが、普通ですから・・・」

完全に落ち込んでしまったイルを何とかしようと、ビアンカは必死に考えた。

「ローチェさんに、姉上を・・・天授力を持つ者を、狙う理由を尋ねたんですが・・・」
「な、なにか言ってたの?」
「教えて下さいませんでした・・・ただ、それが失敗したなら死ぬ覚悟は出来ている、と・・・」
「・・・・・・。」

ゆっくりとまた歩き出したイルに今度はビアンカがついて行った。

「それなら・・・ローチェさんと、クラングさんの独断じゃないことは確かだね・・・」
「・・・え?」
「上がいるってことだよ・・・命令されているんだ」
「じ、じゃあ・・・」
「その二人の主人よりも、イルの方が大事になれば・・・心を開いてくれるかもしれない」
「本当ですか・・・?!」

突然明るくなったイルにビアンカは驚いた。
さっきまで今にも泣き出しそうだったのが嘘のようだ。

「それなら、これも無駄じゃないってことですね」

これって?と思って首を傾げたビアンカに、イルは自分が持っている花束を指差した。

「あ・・・そう・・・かな・・・」
「ありがとうございますビアンカ様!頑張ります!!」
「あの・・・・・・」

ローチェとクラングへの刑が決まるのは間近に迫っている。
思っていた方向に話が進まなくて、ビアンカは唖然として城の中に先に走って行ってしまったイルを見ていた。









         





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