ぽんぽん、と肩を叩いた。
サビクは下を向いたままで顔は見えない。

「リムのことが心配なんですよね。優しいですね」
「・・・ちがっ・・・」
「リムなら大丈夫ですよ。ラスアもね」

肩を押してサビクを座らせた。
そしてその横にブラムも座り込んだ。

「私たちが手に入れようとしている「大いなる存在」というのは、名前がないからそう呼んでいるんですよ」
「・・・名前がない?」
「ええ。ホロスコープ全員の力で、ホロスコープの一つがそのものに変わるんです。レオなら「白獅子」という名になるでしょう」
「はくじし・・・?」
「そのために、私達がすべきことは全てのホロスコープを探し出すことです。そして」

ブラムは特に意味もなく草を1本ぷちっと抜いた。
指でその草をくるくると回す様子をサビクも何気なく見つめた。

「大いなる存在を封じる力を排除しておくことです」
「それが・・・天授力ですか」
「その通り。世界に6種類あり、その力は受け継がれているはずです。」
「でもコンチェルトの予言者の暗殺は失敗したって・・・」
「・・・はい」

指で回していた草をピンッと弾いて遠くに飛ばした。

「一つでも欠ければ白蛇を封じることはできなくなります。狙いやすい人から消していきましょう。
未来予知夢を持っている予言者イリスの他にコンチェルトには夢幻の翼や癒しの力を持つ人間もいるはずですが、
確信がないと殺すのは嫌だとみんなに言われましたからね・・・」
「・・・・・・。」

ブラムは頷きながらそう言った。

「全ての天授力を聖玉に戻される前に二冊の伝承書を探し、大いなる存在を生み出す力を得るんです。
これで他のどの国にも敵わない力を手に入れられるんですよ。大体は分かってもらえました?」
「・・・まあ・・・でも・・・」
「え?」

サビクは下を向いて足元の草原を見た。

「ホロスコープが大いなる存在へ変化するってことは・・・ブラムさんってホロスコープなんでしょ?
それなら、ブラムさんがそうなることも・・・?」
「いいえ」
「え・・・」

ブラムは即答して首を横に振った。

「私ではありません。それは確かです・・・なんだ、サビクはそれが心配だったんですか?」
「そっ・・・そういうわけじゃ」
「ありがとうございます」

横を見ながらぺこっとブラムが頭を下げた。

「ですが私には生まれた理由を果たす義務があります。サビクだって同じはずです。ね、一緒に頑張りましょう。
私だって王子だって、絶対にサビクを裏切ることはありませんから」
「・・・・・・。」

サビクはしばらく考え込むような顔をしていたが、やがて ふふっ、と笑った。

「・・・そうですね、俺、頑張りますよ」
「それでこそサビクです」
「どーも」

サビクが立ち上がり、それにあわせてブラムも腰を上げた。

「じゃあ、次の行動と行きましょうか。次はかなり重大なので慎重に。良いですね」
「はい・・・重大って・・・?」
「まず、メヌエットから・・・」

ブラムは周りに人はいないのに、サビクに耳打ちを始めた。






一方、コンチェルト国の中。

イリスがフルートの街で殺されそうになってから数日が経過している。
イルは王宮の中の廊下を急ぎ足で歩いていた。
手には木で編まれた籠が握られている。

階段を降りて鉄の扉の前にいる兵士二人に挨拶をして、イルは中に入った。

そこは、刑が決まるまで罪人が入れられる牢屋だった。

「・・・あのー・・・」
「・・・・・・。」

牢屋の一室にイルは声をかけた。
中には人の気配があるものの、返事はない。

「すみません、起きていらっしゃいますか」
「・・・またお前か」

部屋の奥から気だるそうな声が聞こえた。
ベッドの上に片肘をついて横になっていたらしく、がさがさと起き上がる音がする。

奥から出てきたのは、あのイリスを殺そうとした刺客の女性だった。

「・・・何の用だ」
「あの・・・これを」

イルは籠に掛かっていた布を取った。
その中には蓋がされた瓶が二つ入っていた。

「水だけじゃ体に悪いですから、牛乳をお持ちしました」
「・・・・・・。」
「クラングさんもご一緒にどうぞ。二つありますから」

隣の牢屋にも呼びかけた。

「牛乳?」
「はい、新鮮ですよ。どうぞ」

もう片方の牢屋にいたのは、もう一人の男性の刺客だ。
名前はクラングというらしい。

「もらっておくよ。ありがとう」
「ええ。ローチェさんもどうぞ」
「・・・・・・。」

そう言われても手を出すことはなくイルをじろっと睨みつけている。

「・・・あの・・・」
「・・・なぜ私達に構う?」
「・・・・・・。」

ローチェはイルを睨みつけたまま呟いた。

「予言者イリスに害を加えた者及び加えようとした者は故意ならば死刑、過失でも重罪のはずだ。
どうせ私もクラングも死刑になる身だ、放っておいたらどうなんだ」
「そ、そのことなんですけど・・・」

クラングは扉から離れて奥に引っ込み、座り込んで牛乳を飲み始めた。
二人の会話だけを聞いているらしい。

「理由があるのでしょう?その理由を話してくだされば、私が助命嘆願ができますから・・・」
「・・・助命嘆願?」
「私は、偉そうなことは言えませんがコンチェルトでは一応重要な人物という地位にはいます。
国の予言者の弟ですし、私自身の天授力も重宝はされているんです」

イルは必死に説明しているが、ローチェは腕を組んで目を伏せた。

「・・・私達が何をしているか知っているだろう。天授力を持つ人間を殺すことだ。」
「・・・・・・。」
「お前が天授力を持っているなら、私はお前も抹殺しなければならない」
「だ、だから・・・!」

鉄格子に近寄り、片方の手で扉を掴んだ。

「それは誰かに命令されているのでしょう!?その理由をお話くだされば、お二人の命を助けられるんです!」
「・・・・・・。」
「どうして天授力を持つ人間を殺さなければいけないんですか?天授力について、詳しくご存知なんでしょう?」

ローチェは目を開き、またイルを睨むように見上げた。

「・・・お前、聞いていなかったのか?万が一、助命嘆願が受け入れられ私達が生き延びることがあれば、
私はお前も狙い、殺すんだぞ」
「・・・・・・。」

そう言われ、イルは力なく両手を下ろした。

「・・・なんでですか?どうして・・・教えてくださらないんですか・・・?」
「・・・はあ」

その様子を見てローチェはため息をついて肩を落とした。
そして、扉の方に向かって歩いた。

「・・・牛乳だったな。それはもらっておく」
「え?」

イルは ぱっと顔を上げた。

「ど、どうぞ!」

イルの手から瓶を受け取った。
その瞬間、ローチェは少しだけ微笑んだ。

しかしすぐにまたいつもの硬い表情に戻ってしまった。

「・・・だが、私達の目的は天授力を持つ人間を消すことだ。それに失敗した以上、私達は死ぬ覚悟は出来ている。」
「そんな・・・」
「私達にもう深入りするな。それがお互いのためだ」
「・・・・・・。」

イルは悲しそうに壁の方に歩いて行ってしまったローチェの背を見つめた。



「イル」

牢から出てきたイルは、馴染みのある声に呼び止められた。

「・・・え?」

目を上げてみるとそこにはイリヤが立っていた。

「またあの囚人達のところに行ってたんだね」
「わ、悪いですか!」
「ううん」

イリヤは首を振って即答した。

「へ?」
「イルに言いたいことがあって」
「・・・な、なんですか」

イリヤは牢屋に続く階段の横にある窓の方に歩いていった。

「あの二人・・・クラングとローチェっていうらしいね」
「ええ・・・最初は全然教えてくれませんでしたけど、クラングさんからお聞きしました」
「ふーん・・・」

何気なさそうに頬杖をついたイリヤの横顔を見て、
イルは先日イリスが殺されそうになりイリヤがローチェの手 目がけて剣を投げつけたときのことを思い出した。

あれ以来、イルは何となくイリヤに声を掛けづらかった。

「・・・あの二人、どうしてイリスを殺そうとしたのかは言った?」
「いいえ・・・ただ、天授力を持つ人間を消すことが目的だと・・・」
「天授力を持つ人間ね・・・」

イリヤは空を見上げながら呟いた。

「イルも殺されるかもしれないね、もうあの二人には近づかない方がいい。誰に聞いてもきっとそう言われるよ」
「ええ・・・・・・」

イルもイリヤの横に立って窓の外を見た。
一階なのでそんなに遠くが見渡せるわけではないが、裏庭を整える人たちの仕事ぶりは観察できる。

「・・・でも、何か理由があるのならそれが知りたいんです。そうしたらお二人を救えるかもしれない・・・」

そう言ったイルを、イリヤは驚いた表情で見つめた。

「イル・・・」

そして徐々に笑顔になっていき、最後には笑いながら頭をぽんぽん、と撫でられた。

「な、なにするんですかっ!」
「本当に優しいね。どうしちゃったの?」
「私はいつでもこうですよ!!」
「言いたいことっていうのはね。イルに謝りたかったんだよ」
「・・・えっ」

思いがけない言葉にイルは言葉を詰まらせた。

「・・・な、なんで?」
「あの女性・・・ローチェを治そうとした時、ぼくは酷い態度とったよね。本当にごめん」
「そ、そんな・・・」
「どうかしてた。イリスが殺されそうになったことで・・・なんか、ね。ごめん」
「い・・・いえ・・・別に・・・」

どぎまぎしながらイルは両手を意味なくぎゅっと握り締めた。

「と・・・当然だと思いますよ・・・私の方こそごめんなさい・・・」
「・・・いやー」

イリヤは息を吐き出しながら両手を頭の後ろに持っていった。
その声は妙に明るい。

「・・・?」
「いや、本当にどうかしてたよ。あの子あんなに可愛いのにね。」
「・・・はぁ?」
「イルが助命嘆願するなら死刑は免れるだろうし、今のうちに仲良くなっておこうかな」
「ち、ちょっと!!」

焦って地下牢の方へ歩いて行ってしまいそうになったイリヤの髪の毛を引っ張った。

「・・・いたいんだけど」
「何考えてるんですか!ローチェさんは・・・ダメです!!」
「・・・へえ?」

にやり、と笑いながらイリヤはイルを階段の下の段から見上げた。
イルは う、とたじろいだ。

「さては・・・」
「ちっ、違いますよ!!」
「いいのいいの、分かってるから。」
「何がですかっ!!」
「大声出すと皆に丸聞こえだよ」
「あ・・・」

目を丸くして両手で口を押さえた。

「・・・そうだ、一応忠告しとく」
「・・・・・・?」

口を押さえたまま首をかしげた。

「イリスを殺そうとしたってことで、それを知っている人たちからクラングとローチェ、二人とも相当反感を買ってる」
「・・・え」
「かなり危険な動きもあるみたいだからイルも気をつけといて」
「そ、それってどういうことですか?まさか・・・」
「ぼくから二人には今から話しに行くから。ついでにローチェにはぼくの印象とかも訊いてこようっと」
「そんな・・・・・・え?」

呆然としていたイルだったが、イリヤの言葉にはっと我に帰った。

「だ、だからローチェさんは・・・!っていうか、イリヤの印象なんか最悪に決まってるでしょうが!」

バタン、と閉まった重い地下牢の扉に向かってイルは叫んだ。









         





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