ロイアの私室に連れて来られた。
その部屋は、数年前ロイアが手紙でシオンを呼び出したときにクーデターの話をした部屋だった。

第二王子としての扱いだった頃の部屋だが、ロイアの個人的な空間はまだこの部屋のようだ。

「・・・兄上は、本をお持ちではなかったか?」
「え?」

剣は部屋の外で預かられたのでシオンは手ぶらになっている。
ロイアは机の方を向いたまま、シオンに背を向けて尋ねた。

「本って・・・何の・・・」

と、言いかけた時にシオンはビアンカが持っていた赤い表紙の本のことを思い出した。
その本から、ビアンカはホロスコープについて説明をしてくれた。

「えっと・・・持ってたよ。本の名前は確か・・・」
「茜の伝承書」
「え?」

シオンが思い出そうとしたのにロイアは先に言ってしまった。

「そうだったと思う・・・ロイアも知ってんの?」
「・・・その本は、リレイヴァート王家に代々伝わっている」
「王家に・・・?」

王であるロイアではなくメヌエットから離れた場所にいるビアンカが持っていたら、
これからどうやって王家に伝わるんだろう、とシオンは考えた。
その考えを読み取ったかのようにロイアは首を振った。

「大丈夫だ。その本の役目は俺の代で終わる」
「・・・へ?や、役目って?」
「シオンには頼みたいことがある。そのためにも、俺が知っていることは話してやる」
「あ、ああ・・・」

頭の中が整理しきれなかったが、シオンはとりあえず頷いた。



「メルディナには、二つの伝承書と呼ばれる古い本があるらしい。一つはメヌエットに伝わる「茜の伝承書」。
もう一つは、モデラートのオーレオ王家に伝わる「藍の伝承書」だ」
「藍の?・・・え、モデラート・・・?」

既に滅んだモデラートの王家の名前が出てきて、思わず聞き返した。

「そう、モデラートにあったんだ。しかし今はセレナードがメルディナの東を統一してしまった。
藍の伝承書はどこにあるのか今は分からない。」
「その本・・・何のために伝わってるんだよ?」
「「誰の手にも渡らないように伝え続ける」「二冊で一つの意味を持つ」。この二つは父上から聞いた。
兄上によると、大昔の賢者が書き残した物らしい。」
「・・・・・・。」
「だが内容は、兄上にしか読めない。茜の伝承書には火と風の魔法の習得方法が書いてあったんだが、
その内容を兄上が残して下さったためにメヌエットにも魔法が広まりつつある」
「へえ・・・ケッセル様も読めなかったのか」
「そうだ。もちろん俺もな」

ロイアは小さく頷いて目を伏せた。

ビアンカが持っている茜の伝承書に風の魔法の習得方法が書いてあったからアルスも風の魔法を習うことができた。
そういえばフレイにも火の魔法を教えてあげてたな、とシオンは納得した。

「すごい本なんだな・・・なんか俺には良く分かんないけど」
「他にも天授力について書かれている」
「あ、ビアンカ様が教えてくれたよ。未来予知夢・・・イリス様のことについて」
「イリスの天授力か・・・」

ロイアは顔の前で手を組んだ。

「なに?」
「「大いなる存在の創造を避け、メルディナに最善の未来を願う」・・・」
「・・・あっ」

ロイアが呟いた言葉に、シオンは何となく聞き覚えがあった。

「・・・それ、ビアンカ様が言ってた・・・未来予知夢に従えば「大いなる存在」の創造が避けられるって・・・。
大いなる存在って何なんだよ?ロイアは知ってんのか?」
「全てを知っているわけじゃないが・・・」

ロイアは顔は動かさず、視線だけシオンに向けた。

「その「大いなる存在」というのは全てのホロスコープの力により生まれる生き物だそうだ。
大いなる、というぐらいだから相当強力なんだろう」
「全部のホロスコープの力って・・・何匹いるんだろ・・・」

あの凶暴なのが・・・とシオンは想像した。
ちなみに今はレオはフレイと一緒にいるはずで、シオンのそばにはいない。

「どちらにしろ、伝承書が2冊ないと何も分からない。俺が知っていることも兄上から聞いたことだけだ」
「へえ・・・もう1冊・・・藍の、伝承書だっけ?どこにあるんだろな」
「探して来い」
「・・・・・・え?」

かなり遅れてシオンは振り返った。

「・・・なんて?」
「セレナードで探して来い、藍の伝承書を。魔法の発展にも役立つし、大いなる存在についても分かるだろ」
「いや、でもな、俺は今・・・」
「どうせセレナードに行くんだろ?フレイに口きいてもらって王宮内探って来い」
「んなこと出来るわけねえだろっ!!」

シオンは机をばん、と叩いて怒鳴った。

「人使い荒すぎ!!俺はマラカ王女を送り届けたらすぐ」
「すぐアルスのところに帰るんだよ!か?」
「ちがっ・・・」

突然口を挟まれてまくし立てるタイミングがずれた。

「ち、がう、こっ、コンチェルトに帰るんだよ!!」
「はいはい」

苦笑しながらロイアは立ち上がった。
小ばかにするように首を振っている。

「お前な、国と弟どっちが大事なんだ?」
「アルスに決まってるだろ」
「・・・・・・。」

即答されてロイアもさすがに一瞬言葉を失った。

「・・・ああ、そうだよな」
「寂しがるだろうし、早く帰るって約束したし・・・」
「約束か」
「え?ああ」

ロイアがふと窓の縁に手をかけて外を眺めた。
急にどうしたんだろう、とシオンは首をかしげた。

「「大いなる存在」は・・・使い方を誤ればメルディナ全体の脅威と成り得る」
「・・・・・・」
「伝承書を揃えるのは必要なことだ。2冊なければ内容も分からない」
「はあ・・・」
「アルスとの約束も大事だろうが・・・」

横顔なのでロイアの顔は半分しかシオンからは見えない。
眼鏡のレンズに隠れた右目が伏せられた。

「・・・俺との約束もあるだろ」
「・・・・・・」

シオンはロイアから顔を逸らして床を見つめた。
溜めていた空気を一気に吐き出して肩を落として笑った。

「・・・はいはい、分かったよ」
「よし、じゃあ頼んだぞ」
「・・・・・・」

承諾した瞬間ロイアは顔を上げてシオンの肩を叩いた。

「・・・お前な」
「お礼に俺が知っていることをもう一つ教えてやろう。天授力を持っている人間は、
メルディナに6人しかいないらしい。つまり力も6種類ってわけだ」
「6種類?イルの怪我治すやつと、イリス様の未来予知夢と・・・」
「それとバイエルの「星座の統率」。ホロスコープを複数体に入れられる力だ」
「へえ・・・それって天授力なんだ・・・」

ビアンカは、テヌートは1種類のホロスコープを体に入れられると言っていた。
しかしバイエルの天授力に関しては何も言わなかったため、
シオンにとってはバイエルがホロスコープを操るのは何度か見た光景だったが新鮮な情報だった。

「じゃあ、あと3種類は何なんだ?」
「茜の伝承書には3種類しか書かれていない」
「そっか」
「だが、イルの力については書かれていない」
「は?」

突然訳が分からなくなって聞き返す。

「イルの力は恐らく藍の伝承書の方に書いてあるんだろう。茜の伝承書に書かれた天授力は、
未来予知夢、星座の統率、そして祝福の唄だ」
「・・・しゅくふくのうた?どういう能力なんだ?」
「兄上が・・・俺に話してくださった時にはまだ分からなかったみたいで、俺は名前しか知らない」
「ふーん・・・そういや1ページ破られてるって言ってたかも」
「とにかく、もう一冊探して来い。もしくは破れているページでもいい、どうして破られたのかでも構わない。
とにかく情報集めて来い、いいな」
「簡単に言うけどな・・・そんな1ページなんてどこに・・・」

と、また反論しても同じことなのでやめておいた。

「・・・まあやれるだけのことはやるよ。何か分かったら連絡するから、鏡を大事にしろよ」
「ああ、分かった。期待しててやるからな」
「そりゃどーも・・・」

とにかくマラカ王女にいつセレナードに向けて出発するか尋ねるのが先決だと考え、
シオンは重い頭を抱えて部屋を出て行った。

「・・・あれ?」

シオンは扉を開け、後ろ手で扉を閉めた。
その直後、扉の前にいた人物とぶつかりそうになった。

「お前何してんだ・・・?ずっとここにいたのか?」
「あ、ううん!たまたま通りかかっただけだよ!」

そこにいたのはリムだった。
少し離れたところにラスアも立っている。

「・・・立ち聞きしてたんだな?」
「ち、違うよっ!ほとんど聞こえなかったもん!」
「聞いてたんじゃねえかよっ!!」
「わ〜ん・・・」

頭から怒鳴られてリムはすくみ上がった。

「・・・サビクみたいだなあ」

遠くからその様子を見ていたラスアはのほほんと呟いて二人の方に歩いてきた。
ラスアの近くにいたシオンの剣を預かっていた人も歩いてやってきてシオンに剣を手渡した。

「おい、あんたも一緒か?どうやってロイアの部屋まで来たんだよ」

ロイアの私室に来るにはいくつも護衛が立っている場所を通過しなければならない。
一般人が入ってくることはまず不可能だ。

「リムが、まだ入っていない場所も見てみたいって言うので・・・」
「そりゃここは来られねえだろうけど・・・」
「レインさんにお願いしたら入れて下さいました」
「・・・あいつかよ」

はあ、とシオンは頭を抱えた。

「・・・まーいいや・・・そういやあいつ、何て名前なんだっけ?」
「リムのことですか?」
「あ、リムっていうの?で、あんたはバルゴ・・・だっけ」
「はい」

ラスアはにっこり笑って頷いた。
あまりの女の子らしさ愛らしさに少しだけシオンは赤くなった。

「あ・・・じゃあ俺はこれで・・・」
「はい、失礼します」

シオンはとりあえずその場から離れようと思った。
頬を自分でぺちぺちと叩きながら、マラカ王女を探そうと歩き出した。






「・・・・・・。」

ところ変わって、オルガンの街。
街から少し離れた森の、川の近くにサビクは立っていた。

「・・・ブラムさん」

サビクが声をかけた先には、草むらにしゃがんでいるブラムがいた。
腕を組んで睨みつけるように見下ろすが、ブラムは特に反応しない。

「さっきの俺の質問に、答えてもらってないですよ」
「ん?」

ブラムはとぼけたように顔を上げた。
とは言っても布と髪に隠れて顔はほとんど見えない。

「俺はマラカ王女がセレナードに到着するのを遅らせるため妨害をしろと命令されましたよね」
「うん、そうだね」
「マラカ王女の護衛は思ったより少なかったから楽だと思いました。でも・・・」

サビクは顔をしかめて手を握り締めた。

「・・・護衛が王子だなんて、俺 全然聞いてませんでしたよ」
「そうだっけ?」
「そうですよ!どういうことなんですか?!」

声を荒げ、泣きそうな顔で首を振った。
その様子を見てブラムも驚いた。

「なんで、全然教えてくれないんですか!?王子のためにブラムさんの言うことなら何だって聞きたいと思ってますよ!
でも、肝心なことはいつも教えてくれない・・・なんで・・・ちゃんと教えてくれないんですか・・・」
「・・・サビク・・・」

ブラムは立ち上がってサビクにゆっくり近づいた。

「分かりました、私が言えることは全部教えてあげます」









         





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