「俺はコンチェルトにいる時だったからあんま知らねえけど・・・そんな有名になってたのかな?」

それを見てラスアが慌てた。

「ば、バルカローレとセレナードの戦争の理由は、各国でももちろん広まっていますよ」
「あ、そっか・・・」

リムはシオンが納得してほっと安心した。

「ところでお前は?」
「え?ぼく?」

指を差されてリムは自分でも自分を指差した。

「ぼくはリム、何か王様にバルカローレに行けって言われて待ってるんだぁ」
「ロイアに?バルカローレに何しに行くんだ?」
「まだ分かんないよ」
「それは後日教えて頂けるそうです」

ラスアが横から言った。

「私はバルゴ。リムの監視役としてお城に置いてもらっています」
「バルゴさんか・・・よろし」

よろしくな、と手を差し出した時シオンのその手が誰かに突然弾かれた。

「いっ?!」

手を押さえてシオンは周りを見た。

「今度は何だよ・・・?」
「バルゴさん、大丈夫でしたか!」
「あ・・・」

ラスアを大事そうに自分の後ろに回してシオンを睨みつけているのは、レインだった。

「何だよお前はっ!」
「私はメヌエットのカペルマイスター、レインと申します」
「えっ・・・」
「あの、レインさん・・・この方は」
「バルゴさん、気安く貴女の手を、誰かに触らせたくありません」
「・・・レインさん・・・」

二人はうっとりして見詰め合った。
その様子をリムとシオンは訳が分からずとりあえず見守っていた。

「・・・おい、お前の姉さんの恋人か?」
「そうじゃないと信じたい・・・何か、お互い一目惚れらしいんだよぅ・・・」
「それはそれは・・・」

ラスアの手を握ったまま、レインはシオンを睨んだ。

「バルゴさんに何をするんですか!」
「ただ握手しようとしただけだろ!?」
「どこの馬の骨とも分からない人にバルゴさんを触らせるわけにはいきません!!」
「馬の・・・って・・・」

酷い言われようだな、とシオンは肩を落とした。

「俺はコンチェルトの王宮剣士!シオン・キュラアルティだ!!」
「えっ?!」

え、に濁点がついたような発音でレインは衝撃を受けた。
シオンはそこまで驚くと思っていなかった。

「ど、どうした?」
「貴方が・・・シオン・・・ですか」
「そうですが・・・」

バルゴからぱっと手を離し、レインは下を向いて考え込んだ。
そして、シオンに向かって大股で歩いてきた。

「な、なんだよ!」
「こっち来てください。剣はお持ちですね」
「持ってるけど・・・何なんだよ!!」

どん、と肩を押され引っ張られてシオンは無理矢理歩かされた。
その様子をぽかん、としてラスアとリムは見送った。



レインに連れてこられたのはメヌエットの王宮のとても広い中庭。
その中の闘技用に広く区切られた一角にやってきた。

シオンもメヌエットにいた頃は何度か来たことがある場所だ。
レインは腕組みをしたままシオンを睨みつけている。

「・・・な、なんだよ?」
「お会いしたいと思っていました、シオン・キュラアルティ」
「それは・・・どうも・・・」

シオンは頭を下げながら上目遣いでレインを見た。
妙に落ち着き払っており、隠す気が少しもない憎悪のオーラを感じる。

「お前、今のカペルマイスターなんだ?」
「そうですよ、その役目を仰せ付かっています。貴方がロイア様を裏切りコンチェルトへ行かれてから」
「う、裏切るってなんだよ!」
「そうでしょうが!!」

反論したが、それよりも強く威圧されてまたシオンは萎縮した。

「・・・・・・こわ」
「ビアンカ王子を退けロイア様を王位につけた貴方の実力は認めます」
「・・・・・・」
「そして今、ビアンカ王子がいるコンチェルトで・・・何を考えているんです?」
「な、何も」
「コンチェルトを唆してメヌエットを攻め滅ぼし、ビアンカ王子を王に立てる気でしょう!?」

レインの剣幕にシオンは怖がりながらも若干呆れた。

「・・・すごいな」
「何がです?」
「お前、ロイア一直線だな。すげーよ・・・」
「それはそうですよ。リレイヴァート王家には我がリブレット家も何代にも続いてご恩を受けています」
「いや、それはそうなんだろうけど・・・」

シオンは肩をすくめた。

「それなら口出しすることじゃねーだろ。メヌエットの王家に仕えるっていうなら」
「え?」
「ビアンカ様だって、リレイヴァート王家の人だ。ましてや王位継承第一位の王子だったんだぞ。
だけどお前は、ロイア以外の王はメヌエットで認めないつもりなんだろ・・・?」
「・・・・・・あー」

レインは視線を逸らした。
突然、さっきの威圧感もなくなってしまった。

「それは、ロイア様がそれだけ素晴らしい方だからですよ。それなのに貴方はロイア様の下を去った」
「・・・だって俺はロイアに無理矢理呼ばれたんだもん」
「更に今はわが国を攻めようと画策している、ビアンカ王子を担ぎ上げようとしている。違いますか!?」
「・・・・・・違う」

と言っても分かってくれなさそうなので聞こえない程度の声で言った。
何とかこの人をなだめる方法はないかとシオンは必死で考えた。

「もし俺がさ・・・そんなこと考えてコンチェルトに行ったなら他所の国に行ってる場合じゃないと思わない?」
「敵情視察ってわけでしょう」
「ビアンカ様は今、王になるどころかコンチェルトで魔法の研究と先生やってるんだけど・・・」
「危険ですね。魔法を使う新たな戦力を作り出そうというわけですか」
「だからね・・・」

やっぱり埒が明かなかった。

シオンは連れて来られたこの場所の周りを見渡した。
床はきっちりと敷き詰められた石畳で、壁はあるがシオンが向いている方向はあいていて中庭に繋がっている。
その正面の方向には王宮の兵士達の武器庫や軍に関する設備がある。

そもそもここに連れて来られた理由をついに尋ねることにした。

「・・・レイン、それでお前はどうしたいんだよ?」
「そうですか。仕方ありませんね」

会話がかみ合っていない。

「・・・あの?」
「ロイア様のカペルマイスターにどちらが相応しいか、この剣を持って決することにしましょう」
「俺はもうカペルマイスターじゃないしなるつもりも・・・」
「問答無用!さあ、剣を抜きなさい!!」
「・・・・・・。」

シオンはため息ついて自分の剣に手をかけた。
ロイアからもらった剣、ルプランドルである。

もちろんそんなことをレインに言えば更に面倒なことになるので言わなかった。

「要するに、俺とどっちが強いか決めたかったんだな・・・」
「何をぶつぶつ言ってるんですか、仕掛けてこないならこちらから行きますよ!!」

剣を抜いていなかったレインが柄に手をかけたまま駆け寄った。
シオンは一歩下がり剣を構えた。

レインは剣を素早く抜きシオンに向かって振り下ろした。

「うわ!!」

とっさにシオンは剣を片手で、刃をもう片方の手で押してレインの太刀を受け止めた。
力で押し合っている間に、シオンは冷や汗を流した。

「お、い・・・レイン・・・!!」
「なん・・・ですか・・・っ」
「真剣で・・・やる気かよ・・・!俺のこと、殺すつもりか・・・!」
「あの斬りを、避けられないとでも・・・言うんですかっ・・・!」
「そういう問題じゃ・・・ねえよっ!!」

シオンは押し返す力を増して、さらにレインの脇腹を蹴り上げた。

「い゛っ・・・!」

レインは怯んで片手で腹を押さえ、後ずさった。
その隙を見てシオンはレインの剣の柄を突こうとしたが、それをレインは剣で薙ぎ払った。

「うわっ!」

がきん、と音がしてシオンの剣が弾かれた。
レインは痛そうに脇腹を押さえながらシオンを睨みつけた。

「いたたた・・・こうなったら、本気を出させてもらいますよ・・・!」
「本気じゃなかったのかよ・・・?」
「いきますよ!」

斬りかかって来るのか、と思って身構えたがレインは距離を置いて立ち止まったままだった。
剣を立て、それに手のひらを添えた。

「・・・水よ、深淵より出で姿を成せ!」
「・・・えっ?」
「アクアエッジ!!」

魔法を詠唱したかと思えば、即座に魔法の力を帯びた剣をシオンに向けて振った。
水の魔法が鋭い刃となり突如シオンに襲い掛かる。

「うわあっ!!」

剣では防ぐことができず、思わずシオンは顔を両腕で覆った。

「ファイアー!!」

シオンとレインの横から声が聞こえた。
と思った瞬間、シオンに向かっていた水の魔法が炎に覆われ掻き消された。

「・・・な、なんだ・・・?」
「あっ・・・!!」

火の魔法が飛んできた方向を目で追うと、そこには二人の良く見知った人物が立っていた。

「ロイア・・・!」
「ろっ、ロイア様・・・」

そこにはロイアがいた。
周りにはいつもの護衛が数名と、さらにラスアとリムも後ろにくっついている。

「・・・レイン」

ロイアは魔法を放った右手を戻し、腕組みをしてレインに低い声で呼びかけた。

「あ、あ、あの・・・これは・・・その・・・」

レインは怯えながら剣を鞘にしまった。
鞘を両手でぎゅっと持ちながら立ち竦んでいる。

「レイン、お前はコンチェルトから客人に意味もなく戦いを挑んだ。傷付けでもしたらどうなるのか分からないのか」
「で、ですがっ・・・」
「言い訳は聞かん、シオンに謝っとけ」
「・・・・・・。」

ぽかん、として立っていたシオンにレインは恨めしそうに振り返った。
そして静かに頭を下げた。

「・・・ごめんなさい」
「心こもってないな」
「・・・・・・。」
「・・・いや、いーけど」

レインは ばっ、と顔を上げてロイアの方に走り出した。
そしてロイアの横を通る時に早口で言った。

「ロイア様、処分は後でお受けします、失礼します」
「・・・・・・。」

ロイアは承諾の意を込めて目で頷いた。
レインはそのまま走って行ってしまった。

「レインさん・・・」

その後姿を名残惜しそうにラスアが見つめた。

「・・・ふう」

ロイアはため息をついて、シオンに近寄った。
シオンが剣を持っていることもあり、護衛の人たちも一緒についてきた。

「どうだったんだ?」
「・・・なにが」

ロイアは少し嬉しそうにシオンに尋ねた。
何を嬉しそうにしてるんだ、とシオンは不貞腐れた。

「何なんだよ、あいつは。俺がいなくなってからあんな奴をカペルマイスターにしたのか?」
「剣の腕はなかなかだろう?」
「そりゃ・・・それは認めるけど」

結構危なかったし、とシオンは剣をしまいながら呟いた。

「・・・忠誠心だけは誰にも負けないだろうな」
「俺にはそれがないって?」
「いいや」

ロイアは目を閉じて首を横に振った。

「何度も言うようだが、俺はシオンを信用してる」
「・・・それは・・・どうも」

素直に喜べず、シオンは戸惑いがちに頷いた。

「そ、そんなことよりも、ロイアもあいつも、魔法が使えるのかよっ?」

剣では勝っていたはずだが、突然魔法を使われてシオンは驚いた。
さらに、その窮地を救ったのもロイアの火の魔法だった。

「見くびってもらっては困るな。魔法の研究をしているのが、コンチェルトだけだと思っていたのか?」
「いや・・・」

シオンはそういやフレイも魔法使ってたな、と思い出した。

「メヌエットでは魔法はどうやって覚えてるんだ?誰でも使えんの?」
「・・・・・・こっちに来い」
「え・・・あ、はい・・・?」

さっきから連行されっぱなしだが、今度はロイアについて行くことになった。









         





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