バイエルを見て驚いた表情をしている。
見つめられているバイエルは少し首をかしげた。

「・・・てんじゅりょく?」
「と・・・とにかくコンチェルトの予言者イリス、貴女には消えて頂く!」
「あっ!!」

女は振り返り、イリスに向かって走り出して剣を振り上げた。

バイエルはそれを止めようとして、キャンサーに指示を出そうとした。

「キャンサー、あっちに・・・」

しかし、それでは間に合わない。
イルは走ってイリスの前に出ようとした。

「姉上!!」

イリスに向かって剣が振り下ろされた。

「なっ・・・?!」

しかし、それはイリスに当たることはなかった。

「イリヤ・・・!」

イリスの前で自分の剣で敵の剣を受け止めているのは、イリヤだった。
手を上げて剣を下向きに、もう片方の手は剣の刃に当てて剣を押し返している。

「・・・残念だったね」

イリヤは刺客の女に向かって笑顔でそう言った。

「くっ!」

女は剣を振り払って後ろに下がった。

「いくら女の子でも、イリスに剣を向けるのは許せないな」

イリヤは剣を持ち直して、一直線に刃を向けた。
その後ろに、イリスは状況が分からずただ立っている。

「天授力を持っている人がどうして邪魔なの?」
「・・・答える必要はない」

女はイリヤを睨みつけて見上げた。
二人の間合いは数メートルしかなく、周りの街の人たちは遠巻きに見ているだけだ。

「君はどこから来たの?」
「黙れっ!!」

イリヤに向かって全力で斬りかかった。
それを素早く後ろに下がりながらイリヤは剣で受け流した。

大きな金属音が辺りに響き渡った。

「セレナード?」
「うるさい!」
「女の子に剣は似合わないよ」

イリヤには余裕があるが、相手には全くそれがない。
このまま攻撃してもイリヤに勝てないと察した女は、再びイリスに向き直った。

そして、顔だけイリヤに向けた。

「お前には用はない。私たちはイリスを殺しに来たんだ」
「あっ・・・」

イリスに向かって走り出した。
護衛が二人イリスの前に出たが、それぞれ肩と腕に斬り付けただけで突進は止められなかった。

イリスの頭上に剣が振り下ろされる瞬間、イリヤは思い切り剣を投げつけた。

「うわあっ!!」

イルもバイエルもその光景に驚いた。
イリヤの剣は、女の手首に突き刺さっていた。

剣は重みで抜け落ち、彼女の剣も勢いを失って地面に落下した。

膝を折って地面に手首を押さえて座り込んだ女に、護衛たちが確保に取り掛かった。
そこにイリヤはゆっくり歩いて行った。

「・・・殺すなんて言うからだよ」
「・・・・・・。」

悔しそうに女は唇を噛み締めた。
剣が刺さった手首が出血がひどいためもう片方の手で腕を押さえている。

「そっちの男も一緒に、とっとと連れて行って」

イリヤはイリスの護衛たちにそう指示を出した。
手を振り払うように動かしていて、どこと無く投げやりだ。

「・・・なにがあったの?」

イリスの周りにいた護衛も暗殺者の確保に掛かっていたため、イリスの手を持っている者がいない。
動けずに立ったままでイリスはその場にいる人たちに尋ねた。

「姉上・・・」

その声を聞いて、イルはイリスの手を取った。

「二人、天授力を持つ姉上を殺しにきたようです・・・」
「私を・・・?どこの国の人たち?」
「髪や目の色からは判断できません。髪は薄い茶色ですね」
「そう・・・」

イリスは開いても見えないが、目を開けて遠くを見つめた。

「ほら、立て!」

あまり役に立たなかった護衛たちが暗殺者に呼びかける。
タウルスの下敷きになっていた男の方は意識が無いようだ。

「タウルス、ぼくの中に戻って」

男の上に乗っている状態でタウルスは小さく縮んで、バイエルの中に戻った。
もう一人の女の方も手を後ろで縛られているが、その様子を見てイルは驚いた。

「血が出ているのに縛って連れて行くんですか!?」

イリスの手を離して、イルは駆け寄った。

「イリス様を殺めようとするなど、もっての外の大罪です」

護衛は淡々と答える。

「で、でも・・・」

イルはおろおろと言葉を詰まらせた。

「・・・どうせ死刑だろう、構わない」

イルを見て女はそう言った。
斬り付けられた肩、腕とイリヤの剣が刺さった手首からの出血がひどい。

決心してイルは手を差し出した。

その時、後ろから声をかけられた。

「・・・治すの?」

驚いて振り返ると、イリヤが立っていた。
イルではなく女を目を細めて睨みつけている。

女性に対してこんな冷たい態度をとるなんて、とイルは少し怖くなった。

「あ、当たり前じゃないですか」
「イリスを殺そうとしたんだよ?それでも治すの?」
「それでも治します!」

腕に両手を当てると、手の下が光に包まれてその怪我が治った。
突然怪我の痛みが無くなって、女は驚いているようだ。

「イリスが殺されていたとしたら、どうするつもり?」
「それは・・・」

手首に手を当てたまま、イルは止まった。
下を向いて顔をしかめた。

「・・・分かりません。でもイリヤのおかげで姉上には何とも無かったんだから良いじゃないですか」
「優しいね」
「・・・・・・。」

イリヤは良く拭いた剣を鞘におさめ、歩いていってしまった。
イルは肩も治した後、女に何か言おうと思ったが息を吸っただけで言葉にならなかった。

振り払うように頭を振り、バイエルの方に走っていった。

背中をどん、と押されて女は護衛に引っ張られて歩き始めた。
そしてイルをしばらく見ていた。






「あーあ・・・」

城に帰ってきて、イルは盛大にため息をついた。

「どうしたんですか?」
「うぁっ」

まさか声をかけられるとは思っておらず、変な声で驚いてしまった。
声がした方を見ると、そこにはアルスがいた。

「お疲れ様でした。ぼくもさっき勉強が終わったんです」
「そうですか、アルスも頑張りましたね」

イルは笑顔を作ってアルスを見た。

「イリス様の護衛の人たちが、誰かを捕まえて来たみたいですけど・・・何かあったんですか?」

アルスが心配そうに尋ねた。
ちなみにバイエルはイルの隣でビンから水をごくごく飲んでいる。
歩き続けて喉が渇いたらしい。

イルは窓の縁に腰掛けて、フルートで起こった厄介な事件について話し始めた。



「イリス様が?!」

アルスは飛び上がって驚いた。

「天授力を持つ者・・・イリス様以外でも狙われてるんですか?」
「全く分かりませんね・・・」

イルは力なく首を振った。

「目的もイリヤが尋ねていましたけど答えませんでした。当然でしょうけど」
「でもそうだとしたら、イルさんも・・・」
「・・・・・・。」

イルの怪我を治す天授力のことは、イリスほどではないがかなり広い地域に広まっている。
イルは手を顔の前で組んで、口に当てた。

「でも、私が怪我を治しても驚いていただけで何も言いませんでしたよあの人」
「じゃあ・・・知らなかったんでしょうか」
「さあ・・・」

分からないことだらけで、イルは頭がいっぱいだった。
イリスが殺されそうになったという事実だけでも、イルにとっては辛いことだ。

とりあえずバイエルをアルスに渡しておこうと立ち上がったとき、遠くから呼びかける声が聞こえた。

「おーい」
「え?」

イルとアルスが振り返ると、ビアンカがのんびりと歩いてきていた。

「ビアンカ様・・・」
「どうしたんですか?」

ビアンカは小脇にまた良く分からない道具を抱えている。
直径1メートルと少しぐらいのわっかに、ヒラヒラした紙がたくさんついている。

「・・・あの、それは何ですか?」
「ああこれ?」

ビアンカは片手でわっかを持って見せた。

「体全体で回して運動する物なんだけど」
「へえ・・・」
「で、飾りがついていると遠心力で広がるから綺麗かなって」

発明した道具らしく、ビアンカは嬉しそうに説明している。
ビアンカがコンチェルトに来てからはたまに真面目な物を作り出してはいるが、
基本的に嬉しそうに持ってくる物は役に立ちそうではない。

「・・・それで、それを見せに来てくださったんですか?」
「あ、ううん違うんだけど」

カツン、と音を立てフラフープを床にぶつけた。
そしてそのままそれを引きずってもう片方の手で手招きをした。

「おいでおいで、ジェイドミロワールが動いたんだよ」
「・・・ジェイドミロワール?」



イル、アルスとおまけでバイエルがビアンカについてきた。
新しく地下にできた部屋のようで、その部屋にはほとんど物がない。

部屋の奥にはジェイドミロワールが置かれている。

そして、その鏡の中にはそこにいる全員が顔見知りの人間が映っていた。

「あ、本当に映ってんのかこれ?!」

中にはこちらを指差しているシオンがいる。
水がジェイドミロワールに入っていて、その水に映像が映っているようだ。

「兄さん?!」

鏡に向かって、アルスが走り寄った。

「アルスか?!うわー、本当に映ってるよ!」

シオンは嬉しそうに手を叩いた。

「バイエルいるか?アルス、何か変わったことあったか?」

鏡が置いてある台に手をついてシオンは身を乗り出している。
アルスが鏡を覗き込んで答えた。

「みんな元気ですよ。兄さん、そこってどこなんですか?」
「ここ?メヌエットの王宮の地下の一室。ロイアの部屋直通の部屋だよ」

シオンの横から、フレイも顔を出した。

「バイエルは大丈夫?」

それを見たバイエルも鏡に駆け寄った。

「フレイ!」
「あ、バイエル・・・良い子にしてる?」
「うん」
「ほんと?」

フレイはアルスに向かって尋ねているようだ。

「良い子・・・すごく良い子ですよ!今日も大活躍だったんです」
「活躍?」
「あ・・・・・・」

今日フルートで起きたイリス暗殺未遂事件のバイエルの活躍のことを言っていたが、
それを伝えるべきかどうかアルスは迷った。

「イルさん、言っても良いですか・・・?」
「・・・言った方が良いでしょう。」

その二人の様子を見て、シオンとフレイは顔を見合わせた。

「実は今日・・・」









         





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