ロイアとの話が終わって、シオンはとりあえず部屋の外に出た。
あれこれと考えながら歩いていると、城の庭を一人で散歩している人が目に留まった。

「・・・あの」
「ん?」

ロイアと同じ赤い髪を持つ青年。
彼はシオンの声に気づいて振り返り、微笑みながら手を振った。

「シオン、久しぶりだねー」
「・・・はい」

メヌエット王国の第一王子、ビアンカだった。
一人の供もつけずに、ぶらぶらとしているようだ。

「あの、ビアンカ様」
「元気してた?アルスは元気?あ、そうだシオン、いい物見せてあげるよ」
「え、あの・・・・・・へ?」
「おいでおいで、私の部屋に」
「・・・は、はあ」

ビアンカは嬉しそうにシオンの手を引っぱった。
シオンより4歳年上のはずだが、シオンは自分よりビアンカを幼く感じるほどビアンカの挙動は無邪気だった。



ビアンカの私室に連れて来られたシオンは、突然のことに全く落ち着かなかった。

「えーと・・・ほら、これこれ」
「・・・え?」

ビアンカは嬉しそうに木でできた大きな道具を二つ取り出した。
一つは大きなハンマーのようなもので、もう一つは器のようだった。

「何ですか、これ」

シオンは訳が分からずにそれらを指差しながら尋ねた。

「これは臼と杵っていってね、これを使えばいつでもお餅が食べられるんだよ」
「・・・モチ?」
「あれ、シオンは食べたことないっけ?」
「・・・はあ」

ビアンカと会話することが疲れてきていた。
そのシオンの反応にも構わず、ビアンカはまた両開きの棚から何かを探していた。

「あの、俺、ちょっと・・・」
「じゃあ食べさせてあげるよ!今からもち米を炊くから待ってて」

そう言いながらビアンカは、大きな釜を取り出した。
それを見てシオンは慌てた。

「い、いりません!」
「何で?ほら、これも私が作ったんだよ」

釜をぽんぽんと叩きながらまたビアンカは微笑んだ。
臼と杵も釜も、ビアンカの作品らしい。

「ロイアとご飯食べたからお腹いっぱい?おいしいと思うんだけど・・・ちょっとだけなら入るでしょ?」
「・・・違うんです。俺はご馳走になりにきたんじゃない」
「え、じゃあ何?」
「・・・はあ」

また疲れたようにシオンは息を吐き出した。
少し頭痛がしたが、負けじとビアンカに向き直った。

「ビアンカ様、本当に王位を継ぐ気はないんですか?」

その質問に、ビアンカは少し驚いて目を丸くした。
しかしまたすぐに、いつもの微笑に戻った。

「・・・うん。ないよ。」
「・・・・・・。」
「私はこうやって、自分が好きなものを作っていた方がいいんだ。自分がやりたいことをやりたい」
「でも・・・」
「王位継承者ならしっかりしろって、私をお説教に来たの?ロイアがまた私を怒ってた?」
「・・・いや、そうじゃないですけど・・・」

気まずくなって、シオンは目を逸らして床を見つめた。

「いいんです。それが確認したかっただけですから」
「あ、シオン・・・」

シオンは扉をばん、と開けて部屋から飛び出していった。
ビアンカは寂しそうに、首をかしげた。

そして、誰もいなくなった部屋の中で静かに目を閉じた。

「・・・仕方ないんだよ」

笑うのをやめて、小さく呟いた。

「これが、一番いい方法だと思うんだ。ごめんね」






そして、その3日後。
ついにメヌエットの国王、ケッセルは亡くなった。
国をあげての葬儀が行なわれ、そして次の国王の即位式の準備が進んでいた。

シオンが組んだ、クーデターの作戦も少しずつ実行に移されていた。

「要するに、結局は先に即位式をした方が勝ちだ。その時点で王になるんだからな」

シオンは、これから戦場となるであろう草原を見つめながらロイアに言った。

「まあ、そうだな。それにしても、作戦会議はさすがだったな」
「・・・それはどーも」

ロイアを横目で見ながら、シオンは むすっとしながら言った。

「たかが15歳の子供に、普通の軍人は指図されようとも従わないだろうからな」

シオンよりずっと年上の兵士達に、シオンは作戦を説明した。
反論の意見もあったが、それを全て論駁し説得したのだった。

「天授力か・・・誰にも真似はできないな、その戦い方は」
「・・・・・・。」

シオンは仏頂面をしながら腕を組んで前を見た。

「・・・イリス様が」
「ん?」

声が聞き取れずに、ロイアは首をかしげた。

「何だ?」
「・・・イリス様が、俺の戦いの技術は天授力じゃないかもしれないって」
「え?」

ロイアは驚いてシオンに振り返った。

「天授力じゃない?そんなはずないだろ・・・みんながそう思ってることなのに・・・。イリスがそう言ったのか?」
「・・・うん」
「じゃあすごい才能なのかもな。その剣術も」
「さあ・・・」

シオンは難しい表情のまま、草原を見た。

「ま、それはいいとして。攻撃開始する時間だ」
「・・・ああ、死ぬなよ」

シオンは後ろに待機していたロイアを守る兵士達にロイアを渡し、自分は崖の段差を飛び降りた。






「前に出すぎるな!持ち場を守ってろ!!」

メヌエットの西の草原は、戦場と化していた。
馬に乗って戦う者以外に歩兵が大勢いて、シオンはその丁度中心辺りで指示を出していた。

「・・・あれ?」

シオンは急に顔を上げた。
そして、近くにいた隊長に声をかけた。

「おい、ちょっと」
「はい・・・あ、これはカペルマイスター・・・」
「右から来るはずの第三部隊はどうしたんだ?」

シオンが立てた作戦では、戦いの途中で二つに分けた軍が合流する予定だった。
横合いから奇襲をかける作戦である。

「それが・・・」

甲冑の奥から兵士は小声で言った。

「ビアンカ王子を運ぶ馬車を発見したらしく、十名近くが別方向へ・・・」
「えっ?!」

シオンは目を見開いた。

「ちくしょう・・・命令無視か・・・」
「あ、あの」
「どっちへ行った?!」

息を切らせてシオンは怒鳴った。

「か、川の近くです。森から抜けたところで待ち伏せをするそうで・・・」
「あっちか・・・お前ら、ここから離れて戦うんじゃないぞ!」
「承知しました・・・!」

シオンは一目散に兵士が指をさした方向へ走り出した。
残された兵士達はその後姿を不思議そうに見送った。

「ビアンカ様は相手の大将なんだから、討ち取ればそれで終わりなのに」
「何を考えているんだろうな?」
「さあ・・・ロイア様が指名なさったカペルマイスターだが・・・よく分からないな」






「あそこか・・・」

腰ぐらいの高さの草むらの茂みに身を潜めて、シオンは呟いた。
遠くから馬の足音がする。
馬車を引く車輪の音も聞こえてくる。

ビアンカが通る場所へやってきたシオンは、辺りに誰もいないか注意深く見回した。

「あ、あれは・・・」

向いの草むらに人影を見つけた瞬間、そこから人が飛び出してきた。
そして、川沿いに走ってくる馬車に向かって行った。

「あいつら・・・!」

シオンもそれを追いかけた。
腰に掛けてある剣を右手で抜き、必死に走る。

たどり着いた時には、すでにそこでは戦いが始まっていた。
馬車の馬たちは足を切られて走れなくなっていて、降りてきたビアンカの護衛たちが戦っていた。

「ビアンカ様、お逃げ下さい!」
「王子は馬車の中だ、討ち取れっ!!」

その状況に、シオンは飛び出していった。

「おい、やめろっ!!」

急に出てきた少年に、一同は驚いて固まった。

「シオン・キュラアルティ・・・」
「カペルマイスター?!」
「ロイア王子のカペルマイスターだぞ!」

シオンは味方であるロイアの軍の兵士を睨みつけた。

「持ち場を離れるな!何を勝手なことをしてるんだ!!」

戦いになれば通常の兵士は、なんとしても手柄がほしいものである。
もちろんそのための独断行動だったが、それを口にする者はいなかった。

「・・・・・・」
「・・・おい、お前ら・・・」

3人の、ロイアの兵士達が剣を構えてシオンに向き直った。
元からシオンの敵だったビアンカの兵も同じだった。

「なるほど、俺を消しておこうってのかよ・・・」

無言で、2人が駆け寄ってきた。

「くっ・・・!」

一人の剣を受け止めたら、残りの一人の攻撃を受ける。
そう思ったシオンは、素早く後ろに飛びのいた。

剣を持っていない左手を剣の上に滑らせて、シオンも負けじと相手を睨み返した。

「俺が死んだら、絶対にロイアから厳重な処罰があるぞ。それでもいいのか」

それを聞いて、別の兵士が叫んだ。

「メヌエットの王となるのは、ロイア王子ではない!」
「正当なる王位継承者、ビアンカ王子だ!!」
「わっ!」

駆け寄ってきた一人の剣を剣で弾いて、またシオンは後ろに下がった。
後ろは川で、一昨日まで降り続いていた雨のため増水している。

まずは目先の敵を倒すということで結託した兵士達。
彼らを何とかして突破する方法はないか、とシオンは必死に考えた。

その時。

「待ってよ、みんな」

倒れた馬車の方から、声がした。

「ビアンカ様・・・!?」

赤く長い髪を払いのけながら、ビアンカが立ち上がった。
驚く一同の方に、気だるそうに歩いてきている。

「ビアンカ王子だぞ!」
「あ、おい待てっ!」

また血相を変えてビアンカに斬りかかろうとするロイアの兵士を、シオンは後ろから剣の柄で殴った。
ごん、と痛そうな音がして一人が倒れる。

しかしもう一人は、そのままビアンカに向かっていった。

「ビアンカ様っ!」

ビアンカはその様子をまるで他人事のように見つめて逃げる様子を見せない。
避ける素振りも見せず、片手をゆっくりと上げた。









         





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