メヌエットの王宮。
カペルマイスターのレインが、ロイアに報告に来ていた。

「セレナードへの軍の派遣、終了しました」
「ああ、分かった」

ロイアは大臣からの報告書に目を通しながら頷いた。
特に気にとめる様子もなく、一枚、また一枚と書類をめくっていく。

しばらくして、レインの横にもう一人立っていることに気がついた。

「・・・おい、レイン、その隣の奴は何だ?」
「えへへ〜」
「・・・は?」

レインは突然照れながら笑った。
その反応は想像していなかったし、レインのそんな状態も初めて見たためロイアは少し寒気がした。

「・・・おい」
「可愛いでしょ!?」
「・・・・・・。」

寒気を通り越して、ロイアは心配になった。

「・・・部外者を堂々と俺の前に連れてくるな」
「先ほど物取りの手から救出したんですけど、とりあえず報告しようと思って連れて来てしまいました」
「物取り・・・まあ良い、それで名前は?どこに住んでるんだ?」

ロイアは片手で顔を支えながら尋ねた。

「バルゴと言います・・・身寄りはないんです・・・」

ラスアは小さな声でそう答えた。
それを聞いて、またレインは顔を輝かせた。

「身寄りがない?!聞きましたかロイア様?!」
「俺が質問したんだから聞こえてるに決まってる」
「是非、私の側に居てくださいませんか?!」

ロイアは頭を抱えて下を向いた。

「・・・・・・。」

レインが思い込みが強く一直線な性格なのは知っていたが、今日はいつにもまして酷いようだった。
ラスアはレインのその言葉に両手で口を押さえた。

「そっ、そんな・・・」
「本人の意思を無視するな、レイン」

ロイアはたしなめる様に言ったが、ラスアは嬉しそうに微笑んだ。

「・・・喜んで・・・」

「・・・・・・・・・。」

ロイアは机に腕を置いて目を閉じた。

「・・・恋愛は自由だけどな、一番最初に言っておくべきだったことを言っておく」
「あ、はい何ですか?」

ロイアはラスアのベルトを指差した。

「そんな刀剣を携えて王の部屋に入ってくるような女を信用して良いのか?」
「あれ?本当だいつの間に?」

ラスアは女の子の服を着ているが、腰にはいつもの帯剣ベルトが巻いてあり剣をさしていた。

「ちょっとその剣 見せてみろ」

ちょいちょい、とロイアは手招きした。
少し頭を下げてからラスアはロイアの方に歩み寄った。

周りにいた大臣達は、剣を持った人間がロイアに近づくなんてと驚いて身構えたがロイアは平然としていた。
ロイアの人を見る目を信用しているし、レイン自体もラスアに不信感を抱いていなかったのでレインもそのまま立っていた。

ラスアの持っている長くて青い剣を、ロイアは手にとって眺めた。

「バルゴ、だったか?お前この剣どうしたんだ?」
「これは・・・父から譲り受けました」
「・・・・・・」

剣を鞘から引き抜いて、今度は刃をじっと見た。

「名剣レギュリエだな。モデラートに伝わる1000年間切れ味が衰えないと言われる剣だ」
「えっ・・・バルゴさん、そんなすごい剣持ってるんですか!」

女の子が剣を持っていることには特に疑問を抱かないらしい。

「ま、どうしてお前が持っているのかは聞かれたら困るんだろ」

どうせ尋ねても本当のことは言わないと判断し、ロイアは剣を鞘におさめてからラスアに手渡した。

「大事に持っておけよ」
「ど、どうも・・・」

ラスアはおどおどしながらロイアから剣を受け取った。
そして、ロイアはレインを目を細めて見た。

「レイン」
「はい?」
「とりあえず軍の派遣ご苦労だった、次のバルカローレへ行く話は後で呼ぶから待っていろ」
「分かりました」

レインは手のひらを額に当ててビシッと礼をした。

「バルゴさんも一緒に行きましょうか!」
「え?」
「・・・何考えてるんだ・・・」

どうせレインには届かない言葉をロイアは呟いた。
見て分かるほどレインはうきうきしている。

その時、兵士が一人入り口近くの大臣に報告をした。
そしてその大臣がロイアの方へやってきた。

「ロイア様」
「どうした?」

耳打ちでロイアに大臣は報告をした。
ロイアはそれを聞いて少し顔を上げた。

「シオンが替えの馬をよこせだと?」

その名前を聞いたとき、レインは顔を曇らせた。

「・・・シオン?まさかあのシオンじゃ・・・」

「あのセレナードのカペルマイスターも一緒ってことはマラカ姫の護送か」

ロイアは一人で頷いた。

「急いでいるそうです」
「そりゃそうだろ。分かった分かった、ここに連れて来い」
「かしこまりました」

大臣は一礼して下がり、そして部屋から出て行った。

「では我々も失礼します」

レインもラスアの手をしっかり持ったまま深々と頭を下げた。
そして部屋からとっとと出て行ってしまった。

また報告書をめくりながらロイアはため息をついた。

「全く・・・女が絡むとろくなことがない」

目を閉じて、首を左右に振った。
そして、レインとラスアが出て行った大きな扉をじとっと見つめた。

「・・・それにあの女・・・でかすぎるだろ・・・」

ラスアの身長は、男としては普通の高さのレインより少し高かった。



メヌエットの城の廊下。
シオンとフレイがマラカを挟むかたちでロイアの待つ部屋へ向かっていた。

城の召使いも案内に前を2人が歩き、後ろにも数名続いている。

3人が歩いていく途中、レインとラスアが向こうからやってきた。
その二人は向かってくる大勢の人たちに道をあけるため、廊下の端に避けた。

「あ・・・?」

フレイは、すれ違った人物の顔を見て、思わず声を上げた。

「ラっ・・・」

立ち止まろうとしたが周りの歩く速度は変わらず、そのままロイアが待つ部屋に入ることになった。
一方のレインとラスアは個々の人物にはあまり気をとめずに歩いて行ってしまった。






ところ変わって、またここはコンチェルト。
バイエルはシオンの部屋の中で、タウルスを抱っこしたまま床でゴロゴロしていた。

ついでにアリエスも出して、二匹を両腕で抱えたまま また床に転がった。
イルもアルスも部屋からいなくなってしまったが、熱は下がったので動く元気はあるようだ。

「ただいま〜」

その時、アルスが部屋に帰ってきた。
一瞬バイエルは顔を上げて帰って来た人物を見たが、またすぐにその視線はホロスコープたちに戻ってしまった。

「ゆ、床で何してるの?ベッドで寝てないと・・・」

そう言いながらアルスはバイエルに近寄った。
体を二つに折り曲げてバイエルの額に手をやった。

「熱・・・下がったみたいだね、良かった」

よいしょ、と体を起こしてアルスはにっこり笑った。

「イリス様のお食事が終わったんだ、あとは夜まで自由時間だよ」
「ふーん・・・」

バイエルは興味なさげに声を出した。
両手に持っていた本を机の上に置いて、アルスはまたバイエルに近寄った。

「外に出ない?」
「なんで」
「あー・・・散歩すると気分がすっきりするよ?」
「・・・ふーん」

ゆっくりとバイエルは起き上がった。
そしてタウルスを手の中に戻した。

「行く?」
「・・・お腹すいた」
「えーと・・・・・・」

まさかの訴えに、アルスは止まってしまった。
しばらく考えて、そうだと思い立つ。

「きっと城下町なら色んな食べ物を売ってるよ。だから一緒に行こう?」
「・・・・・・」

手を伸ばしてきたアルスをじっと見てから、バイエルはこくりと頷いた。



コンチェルトの城下町まで二人は歩いてやって来た。
おやつの時間なので、人々はのんびりと行き交っている。

「何が食べたい?ぼくが払える分なら何でも言ってね」

任せて、と胸を叩いたアルスをバイエルは不思議そうに見つめた。

「・・・・・・」

きょろきょろとバイエルは店に出ている商品を見回す。
店は雑貨屋や花屋、果物屋や本屋など様々な種類が出ている。

その内の一つ、パン屋の前でバイエルは立ち止まった。

「パンが良い?」
「うん」
「どのパンにする?」
「これ」

バイエルは迷わずに直径20センチ近い円柱状のパンを指差した。
長さは1メートルほどあり、どう見ても家族で切り分けて食べるサイズだ。

「え・・・大きすぎない?」
「これがいい」
「そ、そう・・・じゃあ、これください」
「はいよー」

パン屋のおばさんは、大きな紙にそのパンを包んだ。

「君たちお使いかい?偉いねえ」
「あー・・・そういうわけじゃ」
「はい、500ビートだよ」
「あ、はい・・・」

アルスは腰につけていた袋の形の財布から硬貨を取り出した。
それをおばさんに渡す代わりにパンを受け取った。

アルスの片手では持てないほど大きい。

「二人ともお友達?仲良いね」

そう言われてアルスは嬉しそうにおばさんに向けて笑顔を作ったが、
横目でバイエルの反応を気にした。

友達だと思っているのが一方的だと、少し寂しいと思ったからだった。
しかし、バイエルの視線はアルスというよりもアルスが持っているパンに注がれていた。

アルスはお釣りを受け取ってから、反対方向に歩き出した。

「何かつけて食べる?」
「このままでいい」
「え・・・そう?」

味がないんじゃ、と思いながらもアルスはバイエルにパンを手渡した。
その代わりに今度はアルスがアリエスを抱っこした。

バイエルはそのパンにがぶっとかじりついた。

「焼き立てだったかな?おいしい?」
「うん」

素直においしいと言ってもらえてアルスは嬉しかった。

「どこかで座って食べる?」
「どこか行くの?」
「丘を見せてあげたいなって思ったんだ、おいでよ」
「うん・・・」

パンにまたかじりつきながら、バイエルは頷いた。



城下町から少し外れてお店がまばらになり、林を抜けた。
すると開けたところに出て、草原が広がっている。

さらに古い石段を登りきると、広く見渡せる高い丘に到着した。

バイエルはそこからの光景を、驚いた様子で眺めている。

「すごいでしょ」

アルスは誇らしい気分で えへへ、と笑った。
そして自分でも景色を見渡した。

「ここは、よく兄さんと二人で来たんだ」
「・・・シオン?」
「そうそう」

アルスは丘の頂上にある四角い岩の上に登った。
それにバイエルもついていき、そこにバイエルは腰掛けた。

「ぼくと兄さんだけの特別な場所なんだよ。でも、バイエル君も特別」
「なんで?」
「ぼくの友達だから」

友達、と言われてバイエルはパンから口を離して、アルスの腕の中のアリエスを見つめた。
それに気づいたアルスは慌てて言葉を繋げた。

「バイエル君の友達は、アリエスみたいな可愛いぬいぐるみがたくさんいるんだろうけど・・・
ぼくも、その中の一人になりたいんだ。バイエル君の友達になりたいんだよ」
「・・・・・・」

今度はバイエルは遠くの景色を見つめた。
草原がどこまでも広がっていて、途中で木が群生している部分もある。
さらに遠くには、高い山も見える。

風が吹いてきて髪が目に入りそうになり、バイエルは目を細めた。

「フレイさんが帰ってくるまでの間だけかもしれないけど、ぼくはバイエル君と仲良くしたいな」
「・・・・・・」

アルスは座っているバイエルの前にしゃがんで視線を合わせた。

「・・・・・・うん」
「ほんとっ?」
「うん」
「やったー!」

アルスは嬉しそうに立ち上がった。
そのアルスを、バイエルは目で追った。

「・・・アルス」
「なに?」

早速名前で呼んでもらえて、アルスは嬉々として振り返った。

「ぼくはどうしたらいい?」
「え・・・・・・」

突然の重い質問に、アルスは止まった。

「ど、どうって?」
「あの部屋に住んでていいの?」
「うん、いいよ!あんまりたくさんご飯を食べさせてあげられるかは分からないけど・・・」

バイエルが持っているパンが既に3分の1ほどなくなっているのを見て、アルスは少し不安になった。

「どうしてあそこにいるの?」
「え、ぼくたちがどうしてコンチェルトに住んでいるのかってこと?」

バイエルは無言で頷いた。
そのあとまたパンをがぶ、とかじった。

「ぼくたちは・・・」

よいしょ、とバイエルの横に座り込んだ。

「兄さんとぼくは、メヌエットで生まれたんだ。父さんはメヌエットで、大事な仕事をしててね」

カペルマイスターだった、とは言わないでおいた。

「でも9歳の時に父さんは死んじゃったんだ。そのせいで母さんも行方不明になって・・・」
「そうなんだ・・・」

バイエルはパンを噛むために口を動かしつつぽつんと呟いた。

「それが5年前。でもそのあとコンチェルトにいたイリス様から、ぼくに指名があったんだ」
「指名?なんの?」
「側付の召使いにって。後から教えてもらったんだけど、未来予知の夢で決められたことだったらしいんだ」
「ふーん・・・」
「だから今は、イリス様の食事係としてコンチェルトに住んでるんだ。
兄さんは少しの間メヌエットのロイア様のところでカペルマイスターとして働いていたけど、
今はコンチェルトで一緒に暮らしてるんだよ。」

今はイリス様のお使いでいないけどね、とアルスは話し終えた。
バイエルは何かを考えるような表情のまま、下を見ていた。

「・・・バイエル君は?詳しく教えてもらってもいい?」

粗方フレイから聞いていたが、直接バイエルから聞いてみたいと思って尋ねてみた。

「ぼく?」
「・・・100年間寝てたって、よく分からなくて・・・」

バイエルは、それまでかなりのスピードでパンを食べていたが、それをストップさせた。

「・・・100年も経ってたなんて、ぼく知らなかったよ」
「え・・・?」
「9歳の誕生日をパパとママがお祝いしてくれて・・・」

バイエルの瞳は虚空を見つめたまま、語り始めた。









         





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