「おいしいですか?」
「うん」
「それは良かったです」

イルは ふふっ、と笑って立ち上がった。

「どこ行くの?」
「私は今日の仕事があるんですよ。医療室に行ってくるんです」
「・・・・・・」
「バイエルが回復したら、連れて行ってあげますけど」
「・・・・・・」
「・・・ん?」

言っていることが耳に入っていない様子だと気づいた。
イルの顔をじっと見ている。

「ど、どうしました?」
「め・・・」
「え?目ですか?」

何を言われるんだろう、とイルは自然と身構えた。
今まで左右違う色の目のことを色々言われてきたことを思い出した。

「私の目・・・変でしょ?」
「ううん」

先手を打ってみたが、予想と違う反応だった。

「面白いね」
「おもっ・・・」

面白い、と言われることは想像していなかったので思わず言葉に詰まった。
パチパチと目を瞬かせてから、ぎこちなく笑顔を作った。

「ど・・・どうも、ありがとうございます」

バイエルはまた下を向いて、おかゆの残りを食べ始めた。
イルはその微妙な表情のまま、部屋を後にした。






コンチェルトとメヌエットの国境近く。
サビクはブラムに言われた通りにメヌエットに入国するのに一番近い道の、橋まで来ていた。

「えーと、確か・・・」

ブラムに言われたことを、頭の中で思い出す。


―今日、コンチェルトから保護されていたセレナードの王女が出発します。
サビクはそれを阻止してください。
無理なら、進行を遅らせるだけでかまいません


「あの時のマラカ王女、何でコンチェルトにいたんだか・・・とにかく、それを阻止すりゃ良いんだな」

よしよし、と頷いてサビクは持っていた魔道書を握り締めた。



一方、その場所に近づいてきている3名。
国境の川に架かっている橋の近くまで、丁度やって来ていた。

馬は二頭だったが、そのうち片方だけがなぜか早くそこに辿り着こうとしていた。

「うわー!!落ち着けって、おい、こらっ!!」

その声の主はシオンだった。
シオンが乗っている馬は、滅茶苦茶な方向に走っている。
後ろ足についている物を振り落とそうという動きをしているようだ。

「も〜!!止まってくれってば!!おーい!!」

シオンは馬の動きに体は振り回されているが、手綱を持ったままなので落ちることはない。
しかしとにかくすごい振動なので、馬をならすために呼びかけるたびに舌を噛みそうだった。

「レオ!放せっての!」

馬の後ろ足にいる物体に叫ぶ。
レオが、馬の足に噛み付いていた。
馬は痛がってレオを振り落とそうと走り回っているようだ。

シオンが乗っている馬が、いよいよサビクが待ち構えている橋の近くまでやってきた。
その光景を見たサビクは、魔法を準備することも忘れて唖然とした。

「なっ・・・なんじゃありゃ!?」

馬が橋の上で暴れ回っている。
サビクは思わず馬を抑えようと立ち上がった。

「おい!大丈夫か?!」
「へっ?!」

シオンは声がする方を必死に見たが、姿を確認する余裕は全くなかった。
手綱を放したら馬がどこかへ走っていってしまう。

シオンはどこの誰か分からない人に向かって叫んだ。

「危ないからどいてろ!もしくは、後ろ足にいるやつをはがしてくれ!!」

橋から落ちそうになり、慌てて手綱を右に引いた。
その時、サビクの目には馬の後ろ足にくっついている変な生き物が映った。

「・・・白猫か?まあ良いか、魔法を試すチャンスだ」

サビクは魔道書の表紙に手を置き、魔法を詠唱した。

「水よ、深淵より出で姿を成せ!」

手が淡く青く輝く。
そして、馬の後ろ足に向かって狙いを定めた。

馬が一瞬大人しくなった時、今だ!とサビクは手に力を込めた。

「アクア!!」

水の魔法が、一直線に打ち出された。
そして、それは見事にレオの右頬にクリーンヒットした。

「うわっ!!」

その衝撃は、シオンにも伝わった。
馬もバランスを失ってよろけ、今にも橋から落ちそうになった。

「危ない・・・!!」

サビクが駆け寄り、馬の顔の近くの綱を引っ張った。
そのおかげで馬は落ちなかった。

しかし、ついにシオンが手綱から手を離してしまった。

勢いがついたまま反動で体が浮き上がり、そして放り出された。
シオンは自分の視界がやけにゆっくりと回転するのを感じた。

レンガの地面に叩きつけられる、と覚悟した瞬間に別の衝撃がシオンを襲った。

「いったたたた・・・」
「えっ?」

シオンはそっと目を開けた。
目の前には、自分と同じ白い髪の少年がいた。

目の前というか、下敷きになっていた。

「あ・・・!!ゴメン、いやありがとう、大丈夫か?!」

謝罪と感謝と心配をしようと思ったが、良い優先順位が分からなかった。

サビクは強く打った背中と頭をさすりながら、目を開けた。
慌ててシオンはサビクの上からどいた。

「痛かっただろ?!頭とか・・・」
「いってー・・・いや、大したことない。防御魔法でクッションにしてたから」
「魔法・・・?」

シオンはきょとん、として立ち上がってサビクを見下ろした。
さっきまで大暴れしていた馬は、落ち着きを取り戻して橋の向こうで軽く足踏みをしている。

「そういやさっき、レオをはがしたのも魔法だったような・・・」
「それは水の攻撃魔法で・・・まあ、だから怪我はねえよ。お前こそ平気か?」
「ああ、俺は大丈夫・・・助けてくれてありがとうな・・・」

サビクに手を伸ばすと、サビクはシオンの手につかまって立ち上がった。

「なんであんなことになってたんだ?」
「あ・・・えーと・・・」

シオンは頬をかきながら、馬が暴れ出すまでを思い出した。



「レオ、ちょっと飛ばすからつかまってろよ」

メヌエットの王宮で替えの馬をもらおうと思ってシオンは出発していた。
そして、メヌエットの近くに来たときに先に話をつけておこうと、シオンだけ先にスピードアップしようとしたのだった。

「揺れるから、ちゃんとつかまってろって!乗ってるだけじゃ落ちるぞ!」

レオは相変わらずシオンには懐かず、触ろうとすると逃げる。
それでもシオンはもっと近くにレオを乗せようと、手を後ろに伸ばした。

「あっ」

しかしレオは後ろに跳んで逃げてしまった。
馬は早足の状態で、このままいったらレオは落ちてしまう。

そこで、レオは落ちないためにある行動をとった。
そのせいで、馬は突然暴れだした。

「う、うわああっ?!」

シオンは必死に手綱を握り締め、振り落とされないように必死にバランスをとった。
馬は後ろ足をばたつかせながら、猛スピードで走り出した。

「レオっ、お前っ、なんて、こと、すんだよっ!!」

跳ね上がるたびに後ろに向かって叫ぶが、馬は止まらないしレオも動かない。

レオは落ちないために、鋭い牙をもった口で、馬の足にしっかり噛み付いていたのである。



「・・・じゃ、あの白猫が馬に噛みついたわけ?」
「そう・・・いや、猫じゃないんだけど・・・」

そう言いながらシオンはきょろきょろと草原や橋の上を見回した。
レオの白い体は背景によっては目立つが、草に高さがあるためレオの姿が見えない。

「とにかく、助けてくれて本当にありがとうな。」
「いや、別に・・・普通助けるだろ」
「いやいや、ありがとありがと」

シオンは首を振ってサビクの手を両手で握ってお礼を言った。

「ちょっと今急いでるから、行かなきゃいけないけど・・・」
「あ、俺もこの辺にいないといけないから」
「そうなんだ・・・じゃ、俺ちょっとレオを探しに・・・」

そう言った時、馬が地面を蹴る音が聞こえてきた。
それと重なって、聞き覚えのある声がする。

「シオンー!どこー!?」

パカッパカッという音と一緒に、フレイの声が聞こえてきた。
シオンは橋の向こうまでやってきたフレイに向かって手を振った。

「ごめん、フレイ!レオが馬に噛み付いちゃって・・・」

徐々に近づいてくる馬にはフレイと、その後ろにはマラカが乗っている。
それを見て、サビクは穏やかだった表情を一変させた。

「・・・あ・・・!?」
「で、こいつに助けてもらったんだ、ええっと名前は・・・」

と、シオンがサビクに名前を尋ねようと振り返った。

「・・・あれ?」

しかし、もうそこにサビクはいなかった。
大急ぎで走ってどこかへ行ってしまったらしい。

「え、なに?どうしたって?」

フレイは馬をシオンの前で立ち止まらせてから尋ねた。
メヌエットの方角を探したが、サビクの姿はどこにもない。
シオンは首をかしげながらフレイを見上げた。

「いや・・・俺と同い年ぐらいのテヌートに助けてもらったんだけど・・・」
「テヌートに?こんなところにいるんだ・・・」
「意外だよなー・・・」

その会話を聞いて、マラカが口を挟んだ。

「まあ、どこにでもいますのね。まるで下町のネズミですわ」
「なっ・・・」

シオンはマラカを睨みつけた。

「なんだと?!」
「テヌートなんて寄り添って細々と生きているだけだと思ってましたのに」
「お前なあ、王女だか何だか知らねえけど人間に対してそういう・・・!」

シオンの剣幕を見てフレイは慌てた。

「ま、まあまあ、とにかく良かったね怪我がなくて」

フレイの仲裁に、シオンは むっとしながらも落ち着いた。

「・・・うん・・・あ、そうだ、レオは・・・」
「あっちあっち」

シオンがまたレオを探そうとすると、フレイがシオンが乗っていた馬がいる方を指差した。
そこには、草むらで半分埋もれているレオの姿があった。
馬に乗っていて視界が良いためフレイからは良く見える。

「あんなとこに・・・おいっ、レオ!」

つかつかとレオに歩み寄りながら怒鳴った。

「お前のせいで大変だったんだぞ!いい加減俺に懐け!!」

そんな無茶な、と思いながらもフレイは黙っていた。

シオンがレオを抱き上げようとすると、レオは素早く逃げた。
そして馬の足から駆け上がり、背中に着地した。

「・・・こいつは・・・」

シオンは恨めしそうにレオを見上げ、そしてぱっと馬に飛び乗った。

「・・・じゃ、とりあえずメヌエットに入るか・・・」

若干疲れながら、シオンは馬を歩かせた。
その後ろから、フレイとマラカを乗せた馬もついていった。









         





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