メヌエットの騎士たちの一団だった。

「ではこれよりセレナードへ向けて進軍する!」

先頭に二人偉そうな人がいる。
片方はレインだった。

「カペルマイスター、あれを・・・」
「え?」

副隊長がレインに声をかけて指をさした。
その先には、ラスアとサビクがいた。

「大人しく金を出せ!有り金全部置いていきな!!」
「きゃー!誰かー!!」

しょうもない芝居を、二人でやっていた。
しかしリムの例もあった騙されやすいレインは、慌てて二人の方に馬を走らせた。

「待て!その女性を放せ盗人め!」

馬を二人の間に割り込ませ、ラスアからサビクが離れた。
そしてレインは馬から軽やかに下りて剣を抜いた。

ラスアはレインの背中にくっついてサビクを見て、目で合図をした。

「ちっ、邪魔が入りやがったか!」
「逃げるのか、待てっ!!」

サビクはくるりと方向転換してとっとと走って逃げ出した。
これで、サビクの役目は終了だった。

「・・・さー、頑張れよ兄貴・・・」

レインは再び馬に乗ってサビクを追おうとしたが、
あっという間にサビクはいなくなってしまったので見失ってしまった。

ラスアは、わざとらしくレインに寄りかかった。

「危ないところを、ありがとうござい・・・」

レインの顔を見てラスアは目を見開いた。
ラスアを見たレインも驚いた顔をした。

「えっ、ええと、ありがとうございました・・・」
「い、いえ、男として当然のことをしたまでで・・・」

妙にどぎまぎしている。
その時、部下達がレインの側に数名走ってきた。

「カペルマイスター、あの者を追いましょうか?」
「いや・・・それよりもセレナードへ行くのが遅れてはいけない。予定通り進んでくれ」
「かしこまりました・・・では」

副隊長は振り返り、全軍を率いて城から出て行った。
レインは、ロイアにバルカローレへ行くように言われていたため今日セレナードには行かない予定だった。

城の前に残ったのは他の見送りのレインの部下と、レインと、助けられた少女だった。
レインはラスアをじっと見たあと、手綱をぎゅっと握り締めた。

「大丈夫でしたかお嬢さん?」
「あ、はい・・・」
「とにかく、ロイア様に報告しよう!」

レインに引っ張られ、ラスアはメヌエットの王宮の中に入っていった。



「ふう、誰も追いかけて来ねえみたいだな・・・」
「お疲れ様ですサビク」
「うわああっ!?」

茂みにいたのに突然後ろから声を掛けられてサビクは飛び上がった。

「そ、そんなに驚かなくても」
「急に出てこないでくださいよ!あー心臓縮んだ・・・!」

サビクは胸を抑えて思い切り息を吐き出した。

「ラスアは上手くメヌエットの王宮に入り込めたみたいですね。」
「・・・・・・」
「じゃ、サビクにはやってもらいたいことがありますから来てください」
「・・・・・・はい」

急に声が暗くなったサビクに、ブラムは首をかしげた。

「・・・どうしたんですか?」
「・・・・・・。」

サビクはブラムに続いて歩き始めたが、その様子も少し投げやりなようだった。

「サビク?」
「・・・・・・ブラムさん」

下を向いたまま、サビクは目を細めた。

「俺たち、ブラムさんの言うとおりに動いてます。今回リムが捕まったのはあいつのせいだけど・・・」
「・・・はい?」
「でも、やっぱちゃんと知りたいんです。教えてください、俺たちは何のためにこんなことしてるのか。
それと、ブラムさんのこと」

ブラムは顔に掛かっている布を手で持ってサビクの方に振り返った。

「最初に言ったじゃないですか。私たちは王子が再び王国を手にするために行動しているんですよ?」
「・・・そうですけど」
「そのためにはメルディナの国々を従える強大な力が必要です」
「それは分かってます、それが“大いなる存在”の力なんでしょ?」

サビクは腕を組んでブラムを見た。
ブラムは丁度良い場所にあった石の上に腰をおろした。

「大いなる存在を正当化させるためにはメルディナの国同士の争いが必要です。
そのために各国に戦争の火種をまいているんですから」
「それは知ってます!」

急に声を荒げてしまって、サビクは慌てて自分で口を押さえた。

「・・・すみません、ブラムさんに従うように王子から直接言われてるのに」
「いいえ・・・じゃ、何が不満なんですか?」
「・・・ブラムさんのことですよ」
「私のこと?」

ブラムは足を組んで、サビクを見上げた。

「俺たちも王子もお互い良く知っている人間同士ですよ。でも、ブラムさんは何なのか俺たちは知らないんです」
「なるほど・・・」
「王子が信頼を置いている人だってのは良く分かります。
しばらくコンタクトをとれない間ブラムさんの命令に従ってくれって言われましたから」

サビクは どさっとブラムが座っている石の下に座り込んだ。

「・・・でも、命令を受けて動いてるんです。ブラムさんが何者なのか、知る権利ぐらいはありますよね」
「・・・・・・。」
「ブラムさんの言うとおり動いて、そのせいでリムも兄貴も・・・」

ブラムはしばらく視線を動かさず、目の前の草原を見つめた。

「・・・そうですね」

ブラムは息を吐き出しながらそう言った。

「王子のために3人に頑張ってもらうためにも、心にわだかまりがあってはいけませんね」
「い、いや・・・」
「サビク、私は・・・」

サビクを見下ろしてブラムはゆっくり言った。
ブラムの赤い瞳が、布と髪の間から見えた。

「・・・私は、ホロスコープなんですよ」

サビクは目を見開いて、ブラムを見上げた。

「・・・・・・えっ?!」






「・・・うーん」

バイエルは、ベッドの上で身じろいだ。
それを見てアルスは はっと顔を上げた。

「バイエル君?大丈夫?暑い?」

バイエルに乗せていたタオルを持ち上げて、額を手で触った。
その感覚に、バイエルは目を薄っすらと開けた。

「・・・・・・?」
「まだ熱があるね・・・待ってて、取りかえてくるから」

アルスは立ち上がり、タオルを持って水を汲んである桶の方に向かった。

「ビアンカ様に教えてもらった解熱剤で、少しは良くなったみたいだけど・・・」

ざぶざぶとタオルを水につけて、そしてぎゅっと絞った。
その様子を、バイエルは首だけ動かしてじっと見ていた。

「はい、冷たくなったよ」
「・・・・・・」
「・・・どうしたの?」

タオルをまたのせられる。
その間、ずっとバイエルはアルスのことを見ていた。

「・・・今、何時?」
「え?」

ちょっと待ってね、とアルスは窓の外を覗きこんだ。

「うーん・・・お昼じゃないかな?」
「どれくらい経った?」
「どれくらいって、いつから・・・」

と言いかけて、バイエルが言う時間のことを思い立った。

「フレイさんと兄さんが出発してから、5時間ぐらいだよ」
「・・・ふーん・・・」
「心配しないで、ちゃんとまたバイエル君を迎えに帰ってきてくれるよ」
「・・・うん」

眠っていた間に顔の横に移動していたタウルスを手の中に戻した。
その時、扉がノックされた。

「はい?」
「アルス、開けて良いですか?」
「イルさんだ・・・どうぞ」

扉が開き、イルが部屋に入ってきた。
布が掛かった大きめの籠を持っている。

「どうしたんですか?」
「バイエルのお食事を持ってきたんですよ、食べられないかもしれないですけど」
「あ・・・どうだろう、バイエル君食べられる?」

バイエルは少し身を起こして、イルが持っている籠を見た。

「・・・食べる」
「え、でも風邪をひいてる時はあんまり・・・」
「食べる・・・」

熱でぼーっとしている表情で、ゆっくりとベッドから降りてきた。

「だ、大丈夫?」
「・・・・・・。」

体を支えに来たアルスを、バイエルは動きを止めてじっと見た。

「・・・フレイに会いたい」
「えっ・・・」

突然何を言い出すんだ、とアルスは目を丸くした。

「そ、そうだろうけど・・・でも、今すぐには無理だよ」

そう言ったアルスを片手で押し退けて、バイエルはイルの方に向かった。
イルはテーブルの上に籠を置いた。

その様子を、アルスは立ったまま寂しそうに見ていた。

「バイエル君・・・」

イルは布をぱっと取って、バイエルの前に差し出した。

「ほら、牛乳とパンのおかゆですよ。万が一のためにいっぱいありますから」
「・・・うん」

食べ物を見ても、バイエルの表情は暗かった。

「・・・フレイ、いつ帰ってくる?」
「えーと・・・」

急に尋ねられて、イルは頭をかいた。

「セレナードに行ってからまた戻ってくるわけですから・・・ちょっとかかるでしょうね」
「・・・・・・」

スプーンを口に当てたまま、バイエルは下を向いた。

「・・・やだ」
「そんなこと言われても・・・」
「フレイに会いたい・・・なんでぼくを置いていっちゃうの・・・」

無表情のまま、静かにバイエルは口を動かす。

「・・・家族になってくれるって言ったのに・・・」

その間、アルスはベッドを整えていた。
しかしその言葉を聞いて、テーブルの方に急ぎ足で向かった。

「今はぼくがなってあげるよ!バイエル君と一緒にいるよ!」
「・・・・・・」

そう申し出たアルスを、スプーンから口を離して見上げた。
そして少しして視線をアルスから逸らした。

「・・・フレイの方が良い・・・」

そう言うバイエルを、イルもアルスも残念そうに見下ろした。
横目で目を見合わせて軽くため息をついた。

「・・・すみませんイルさん、ぼくイリス様にお食事を運ぶ時間なので」
「あ・・・ああ、分かりました、行ってらっしゃい」
「じゃあバイエル君、ゆっくり食べててね」
「・・・・・・。」

アルスは部屋から出て行った。
その姿をバイエルは食べる手を止めて目で追ったが、特に気にしない様子でまた食べ始めた。

「・・・バイエル」
「・・・・・・。」

しばらくして、イルはバイエルの斜め横に座った。

「私たちはフレイから、バイエルのことを直接頼まれたんですよ」
「・・・フレイから?」
「だから私は、バイエルをフレイのところに戻すまでは世話係ですからね」
「・・・・・・。」

またバイエルは黙り込んだ。
イルは小さくまたため息をついて、手を顔の前に組んでバイエルを見た。

「バイエル、あなたがどんな環境で育ったかは詳しく知りませんけど・・・」

イルは静かに話し始めた。

「人っていうのはたくさんの人と関わらないと生きていけないんですよ。
一人だけで生きていこうとするのは大変だし、寂しいことなんです。」
「・・・・・・」
「・・・あまり外に出たことがないバイエルには想像がつかないかもしれませんが、世界には本当にたくさんの人がいます。
そしてその中には、バイエルのことを好きになって、友達になりたいと思う人が大勢いるんですよ」
「・・・でも・・・」

バイエルは下を向いてしまった。

「ホロスコープもいるし、フレイがいるもん・・・」

そう言ってスプーンを噛んだ。

「・・・はあ」

ため息をついちゃいけない、と思いながらもまたイルは息を吐き出した。
どうやらすぐには説得できないらしい。

「・・・そうですよね」

イルがそう言うと、バイエルは目を上げた。
少し驚いている表情だ。

「・・・・・・。」
「・・・私も同じですよ。」
「同じ?」
「一緒に頑張りましょう。応援しますよバイエルのこと」
「・・・うん・・・」

良く分からない、という顔でバイエルはまたおかゆを食べ始めた。









         





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