「・・・・・・うーん・・・?」
「あ、起きてたか?」
「・・・うん・・・」

まだ熱は高そうで、少し首を動かしてシオンを見た。

「なに・・・?」
「あのさ、後でアルスが詳しく教えてくれると思うんだけど・・・それ、貸してくれるか?」
「・・・どれ?レオを・・・?」
「だ、ダメかなやっぱ」
「・・・・・・。」

バイエルは目を閉じて、レオを両手で抱きかかえた。
そしてシオンの方に差し出した。

「・・・良いよ。強いから・・・気を付けてね・・・」
「えっ!良いのか?!ありがとうな!」

シオンはバイエルの手からレオを受け取った。
渡し終えると今度は手からタウルスを出して、それを抱きかかえてまた眠り始めた。

「あ、あのフレイ、これどうするんだ・・・?」
「バイエルはレオの持ち主じゃなくなったから、今なら入れられるよ」
「い・・・入れるって、どうするわけ?」

シオンがフレイに訊いている間、レオはシオンの腕の中で逃げ出そうと暴れていた。

「入れようと思ってみて、それだけで大丈夫」
「ええ〜!?」

いくらそう考えても、レオは腕から逃げようとするだけだった。

「ぼくが遊んでた時は大人しかったのに・・・」

その様子を見て、アルスはぽつんと呟いた。

「む、無理だよっ!フレイ何とかしてくれ〜!」
「・・・なにやってんですか?」

突然、扉が開いた。
そこにはイルがいた。手に持った籠に、薬草が何種類か入っている。

「イルさん!」
「アルス、頼まれてた薬草これで良いですか?」
「ありがとうございます!これで解熱剤ができますっ」

アルスはイルから籠を受け取った。
その間も、シオンは暴れるレオと格闘していた。

「い、いだだっ!!噛みつきやがったこいつ!」

シオンはついに手を放してしまった。
レオが とん、と床に降り立った。
そして、シオンのことをじーっと見上げている。

シオンの人差し指と中指から、血が流れ始めた。

「いってえ・・・すごい力だな・・・」
「にっ、兄さん!」

アルスは籠を置き、慌てて救急箱を取りに行った。

「いりませんよアルス、ほらシオン手を出しなさい」
「・・・・・・。」

むすっとしながら、シオンはイルに手を差し出した。
片手でシオンの手を持って、もう片方の手を怪我にかざした。

仄かに手の下が光ったと思うと、血は止まり怪我は気にならないほどに治っていた。

「これが・・・イルさんの天授力ですか・・・」

その光景を目の当たりにして、フレイは目を丸くした。

「まったく、外で大怪我して死んでこないでくださいよ、アルスが悲しみますから」
「素直に礼を言わせろよ!」
「感謝なんかしてないくせに」

イルは ふう、とため息をついて両手を後ろに回した。

「ありがとうございますイルさん!」
「アルスは良い子ですね〜、ほらシオン、アルスが言ってくれたじゃないですか」
「俺も言おうとしただろ!ありがとな!」
「感謝の気持ちのカケラも感じられませんね・・・」
「・・・ふんっ、もう言ったからな」

シオンは腕を組んでイルと睨み合いを始めた。

その時、大声に反応してまたバイエルが目を開けた。

「バイエル!う、うるさかったか?」
「・・・あれ?」

肘をベッドについて、上半身を起こした。
タウルスは よちよちとバイエルの足の方に移動した。
牛なので手足が短く丸っこいため、ほとんどお腹は引きずっている。

「バイエル君、もう少ししたら薬作るからね」
「うん・・・フレイ、どうしたの?」

バイエルはフレイを見上げた。

「今からマラカ様をセレナードにお送りするんだ。シオンと一緒にね」
「帰るの・・・?」
「バイエルは熱があるから、ここにいて。また戻ってくるから大丈夫だよ」
「ぼくも一緒に行く・・・!」

ふらふらとベッドから降りようとして、アルスがそれを止めた。

「まだ、無理だよバイエル君・・・」
「一緒に帰る・・・」
「バイエル、ここで待ってて。必ず帰って来るから。ね」
「・・・・・・。」

フレイはバイエルの頭をぽんぽん、と安心させるように撫でてにっこり笑った。
バイエルは悲しそうに下を向いた。

「・・・うん」
「ありがとう、良い子で待っててね」

シオンとフレイは部屋の外に向かった。
レオはフレイの足元について来ている。

「じゃ、行ってくるから」
「兄さんっ・・・」

アルスがシオンの側に走っていった。

「ど、どうした?」
「き・・・気をつけてくださいね、待ってますから、帰ってきてくださいね」
「当たり前だろ」

あはは、と笑いながらシオンはアルスの両肩を叩いた。

「あ、あの・・・これ・・・」
「え?」

アルスは手の中から小さな袋を取り出した。
その中に、さらに小さな巾着袋が入っていた。

「なにこれ?」

アルスは無言でその袋を開けた。
中には、青い石が入っていた。

「綺麗な石だな」
「これ、兄さんにあげます」
「へ?」
「で、ぼくがこっちを持ってます」

シオンの手に青い石が入った袋を渡し、もう片方の袋を開けた。
その中には赤くて丸い石が入っていた。

「アルスは赤?俺が青いやつか」
「これを、ぼくたち兄弟の絆だと思って、大事に持っててください」

それを聞いてシオンは嬉しそうに笑った。

「おーう分かった、大事に持ってるよ!ありがとうなアルスっ!」

そう言いながらアルスの頭を撫で、アルスはその手に自分の手を添えた。

「気をつけてくださいね」
「セレナードには行くけど、俺はもうカペルマイスターじゃないし。何も起こらないし起こさないよ」
「はい・・・」
「心配性ですねアルスは」

イルはアルスの近くに行って頭を片手で抱き寄せた。

「こんなに心配してもらえて良いですね、シオン」
「アルスは良い子だもんなー」
「本当ですね。兄弟でここまで差が出るもんですかね」
「その言葉お前にそのまま返してやるよ!」
「・・・どっ、どこを?」

イルが急に素になって返した。

「イリヤの、あの・・・」
「ちっ、違う、イリヤさんを見習って剣でも習えってことだよ!」

ああなんだ、とイルは ほっとした。

「まっ、もしかしたらメヌエットから連絡が取れるかもしれないんだ」
「え?メヌエットから?」
「だから期待せずに待ってろよ、じゃーなっ」

シオンはアルスに手を振りながら扉の向こうに消えていった。
フレイもそのあとに続き、レオはその足元をついて行った。



「レオ、これを運んでくれる?」

城の出口に戻ってきて、フレイはレオにしゃがみ込んで尋ねた。
すると、レオは突然見上げるほど大きくなった。

「うわわっ!!何だこれ!!」

このサイズで暴れられたら大変なことになる。

「バイエルはこんなのを操ってんのか・・・」

シオンはレオの大きさに圧倒されている。
丸呑みにされてしまいそうなほど大きい。

「これ、お願い」
「はいいっ?!」

レオが丸呑みにしたのは、ビアンカが作った鏡の枠だった。
大きな口に二つ、その鏡を入れてしまった。

「お、おいフレイっ!食っちまったじゃんこいつっ!」
「大丈夫、吐き出せば」
「吐き出・・・いや、それよりもこんなでかいのを連れて歩くのか?!」
「シオンの体の中に入れられたら良いんだけど」
「・・・あ、そーか・・・」

鏡を飲み込み、レオはまたネコより少し大きいくらいのサイズに縮んだ。

「レオ!俺をバイエルだと思って入って来いっ!」

シオンは両手を広げてレオと向き合った。
しかし、レオはきょとんとシオンを見上げるが動こうとはしなかった。

「・・・何でなんだよ」
「どうしようか・・・」

フレイはレオの頭をよしよし、と撫でた。

「おいレオっ!もうすぐ姫さんが来るんだよ、お前がいちゃ困るのっ!」

そう言ってレオを抱き上げようとすると、レオは大きく口を開けた。
噛み付かれる、と思ったシオンはとっさに手を引っ込めた。
がちっ、とレオの口は空気を噛んだ。

「なんつー凶暴なやつだ・・・」
「仕方ないか、シオンとレオが仲良くなるまでレオは連れて歩こう・・・」

よいしょ、とフレイは立ち上がった。
そして、少ない自分の荷物を馬に積んで城に向かった。

フレイが歩いて行った先には、マラカが見送りのコンチェルトの王宮で働く人たちに囲まれていた。
シオンも少し離れたところからついていった。

「マラカ様、出立の準備が出来ました」
「ご苦労様。じゃあ参りましょうか」

マラカは城の方に一礼をしてからフレイと一緒に歩き出した。
それを見たシオンはまた馬の方に戻って行った。

「じゃ、行こうかシオン。馬を飛ばせば今日中にメヌエットに入れるだろうから」
「まあ何事もなきゃね」
「・・・まあっ、本当について来ますのね」

マラカがもう馬に乗っているシオンを見上げて声を上げた。

「王宮剣士、シオンでしたかしら?・・・まあ同行を許可しますわ」
「・・・そりゃあどうもっ」

シオンはそう言いながら必要以上に手綱を握り締めた。
ちなみにレオはシオンの荷物の上にちょこんと座っている。

「じゃ、出発!」

パシン、と手綱を振って馬を走らせた。
二頭の馬は、コンチェルトの人たちの見送りを受けながら東へ向かって行った。






メヌエット国。
ラスアとサビクは王宮から出てくる騎士団を待ち構えていた。

別に急襲しようとかいうためではなく、ブラムからラスアに授かった王宮へ入り込む作戦のためだ。

ラスアは朝早くにとても可愛い服に着替えていた。

「・・・兄貴、本当に変な感じはしてないの?」
「何がですか?」
「その、そんなヒラヒラの服でさ・・・」
「えっ・・・似合いませんか・・・」

ラスアは残念そうにスカートの裾を持ち上げて足元を見た。
髪型も可愛らしく結わえてある。

「似合ってるけど・・・」
「・・・サビクから見たら、可愛くないですか・・・?」
「いや可愛い・・・すごく可愛い・・・」
「ありがとうございます」

嬉しそうにニコっと笑ったラスアに、サビクは頭を抱えた。

「・・・落ち着け自分・・・」
「そうですね、落ち着いていきましょう」
「・・・・・・。」

そうじゃなくて、と言おうとしたのをサビクはやめておいた。

二人は壁に身を隠している。
ラスアがサビクの肩を叩き、門を指差した。

「サビク、出てきますよ門が開きます」
「えっ?」

見ると、王宮の大きな門がゆっくりと開いた。









         





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