一方、メヌエットの城下町の目立たない宿屋の一室。
すっかり夜は更けている。

「・・・あのさ、兄貴」
「なんですか?」

部屋にはベッドが一つしかなかったので、サビクは長椅子に布団を掛けて寝ている。
ベッドで寝ているラスアに向かって話しかけた。

「その・・・」
「やっぱり寝られないでしょう、私もう大丈夫ですから・・・」
「あ、いやいや、そうじゃなくてっ!」

布団をまくろうとしたラスアを、慌てて止めた。

「・・・兄貴さ、自分で変な感じしねえの?」
「変な感じ?」
「だから、ホロス・・・何とかの、バルゴって人が兄貴と一体化してんだろ?思考とかどうなってる?」
「うーん・・・」

ラスアは視線を上に向けて考えた。

「いつもと違うことは違いますね。口が良く回るので楽しいですよ」
「はあ・・・」
「大丈夫ですよ、サビクが弟だって事も私忘れてないですから」
「そうなんだ・・・」

でも手を触ろうとしたり、近づこうとしたら女の子の反応で驚かれている。
寝るときも、ラスアは最初自分は床で寝る、と言い出してサビクが椅子で寝ることになったのだった。

「でも、もうちょっとオシャレしたいかな」
「・・・はいっ?!」

サビクは耳を疑った。
ラスアは長い髪も面倒なので切らないだけだし、邪魔なので一まとめにしている。
服も何もかも、いつも気にしていなかった。

「オシャレとは?!」
「髪飾りとか・・・アクセサリーがほしいかなって」
「そっ・・・」

そんな、と言おうとしたが止めておいた。

「そ、そうですか・・・はい」
「明日、決行しますから頑張りましょうね。そろそろ寝ませんか?」
「あ、そうだった・・・じゃあ兄貴、おやすみー・・・」
「おやすみなさい」

可愛らしく微笑むラスアを見て、サビクはまた慌てて顔を背けた。
必死に目を閉じて、眠ろうと試みる。

「・・・ううう」

しばらくしてラスアが静かに寝息を立て始めても、それすら気になってサビクは眠れなかった。

「・・・あー、あれぐらい女の子らしいのも可愛くていいかも・・・」

またラスアの方を見て、はあ、とため息をついた。
そしてはたと気づいて首を思い切り振った。

「いやいやいや!何言ってんだ俺?!寝るんだ、早く寝ろ・・・!」

目を必死につぶった。
心の中をカラッポにして、そしてヒツジを数え始めた。



一方、リムは。

「・・・あーあ、何なんだーもう〜・・・」

兵士達に連れて行かれた後、カペルマイスターが不在だったため留置場に入れられていた。
狭い部屋で、椅子と硬そうなベッドがあり鉄格子付きの窓が一つあいているだけだ。

「この部屋もひっどいなぁ・・・もう夜になっちゃったし、酷い国だな、もぅ」

窓から外を見ると、空はすっかり暗くなっていて星がたくさん出ていた。
あまりにも暇なので、一区画に自分で区切った範囲内の星を数えて遊んでいた。

「ラスアもサビクも、ぼくを置いて逃げちゃうなんてぇ・・・」

ベッドを踏み台にして、窓に両腕を置いて外を見ている。
月が出ていないため、星が降りそうなほどの満天の星空だ。

急に複数人の足音がしたため、リムは振り返った。

「なに?晩ご飯?遅いよ〜」
「・・・・・・これが?」

鉄格子の扉の向こう側には、メヌエットのカペルマイスター、レインが立っていた。
ベッドの上に立っているリムを見て指差し、番兵に尋ねている。

「宝物庫への侵入者だなんていうから、どんな悪党かと思えば・・・子供じゃないですか」
「ですがカペルマイスター、城の厳重な警備を抜け宝物庫に侵入をしていたのです」
「二人の仲間がいたようですが・・・素早い身のこなしでして、只者ではないと思われます」
「・・・へえ・・・」

その話を聞いて、またレインはリムを見上げた。

「・・・君、名前は?」
「リム」
「そっか・・・私はレイン。メヌエットのカペルマイスターです」
「カペルマイスター?なんでここに来たの?」

リムはベッドからひょい、と飛び降りて扉の近くまで歩いて行った。

「宝物庫へ侵入される、なんて滅多にないことですから。目的は何だったんです?」

尋ねられて、リムは一瞬考えた。
本当のことを言うつもりはないらしい。

「あと二人、仲間がいたとか・・・どういう関係の二人なんですか?」
「それは・・・」

リムは急に悲しそうな泣きそうな顔をした。

「ど、どうしたんです?」
「ぼく・・・身寄りがなくて、変な人たちに8万ビートで売り飛ばされたんですぅ〜・・・」
「ええっ?!」
「それで、メヌエットの宝物庫で金目になるものを盗んで来いって・・・」
「そんな・・・」
「でも、ぼくだけ見捨てられて置いていかれちゃって・・・ぐすっ・・・」

泣き出したリムを見て、レインたちは慌てた。

「そ、そうだったんですか・・・!」
「うわあああぁ〜ん!」
「わわっ!な、泣かないで下さい!」

鉄格子に手を入れて、リムの方と頭をぽん、と叩いた。

「・・・・・・。」

リムは、意外と騙されやすい人だな、と思ってそっとレインを見上げた。

「見え透いた芝居だな、まあ子供にしては上出来の演技だ」

突然、レインの背後から声が響いた。

「ええっ?!ろ、ロイア様っ!?」

なんと、そこにはロイアが立っていた。
二人の護衛も一緒だ。

「な、なんでロイア様がこんなところに!?地下牢にだなんて、王が来るところじゃありませんよ!」
「レインもカペルマイスターが一個の囚人に構うもんじゃないだろ」
「あー・・・でも・・・」

ロイアはリムが入っている牢屋へ歩み寄った。
リムは、ロイアの金色の目に見つめられて思わず身がすくんだ。

「・・・な、なに?」
「お前、リムだったか」
「そ、そうだけど」

泣き真似とは言っても本当に涙を流していたので、リムは慌てて涙を拭った。

「残念だったな、目当ての物が宝物庫になくて」
「・・・へっ?」

リムは両手を顔の前で軽く握った状態で硬直した。

「どこの国から来た?テヌートだからセレナード出身だろうが」
「ちっ・・・」

違う、と言おうとしてリムは口を閉じた。

「別に国の人に言われたわけじゃないもん」
「そうか、セレナードじゃないんだな?」
「セレナードなんかじゃないよ!」

急にリムは大声を上げた。

「ロイア様になんていう言葉遣いですかっ!」
「ほっとけ、それを正していたら話が進まん」
「あ、はい・・・」
「・・・セレナードに恨みでもあるのか?」
「う、ううん」

ロイアの目から自分の目を逸らし、リムは下を向いた。

「お前の言うことを信じるなら、お前は身寄りがないんだな」
「えっ・・・あ、そうだよっ」
「王宮内への無許可の侵入、未遂だが窃盗の罪もある」
「・・・・・・。」
「ま、それは大目に見てやろう。子供だからな」
「えっ?」
「ロイア様?!」

レインや兵士達が驚いて声を上げた。

「ただし、条件がある。良いか?」
「な、なに?」
「壷を割っただろ。バルカローレからの献上品を」
「あ・・・」

リムの頭上に落下してきて割れた壷と、そのとき大層痛い思いをしたのを思い出した。

「その償いだ、バルカローレに行って来てもらう」
「へっ?」
「ロイア様、こんな信用できない子供に・・・」
「お前も行って来い、レイン」
「ええっ?!」

レインは飛び上がった。

「で、でも、私は明日セレナードに遠征に・・・」
「お前の部下を立てておけ。ちょっかい程度の攻撃で良いんだからな」
「は・・・はい・・・」

レインはしゅん、として肩を落とした。

「壷の料金を稼ぐんだと考えろ。詳しくは後日だ、じゃあな」

そう言ってロイアは地下牢の階段を上り始めた。

「あいつに適当に何か食わせてやれ」

上の方からそう言ったロイアの声が聞こえてきた。

地下牢に入ったままのリムと、数名の兵士とレインが残された。

「・・・ねえ、あれがメヌエットの王様なの?」
「そうですよ、メヌエット国王ロイア・ダル・リレイヴァート様です。素晴らしいお方でしょ」
「うん・・・?」

嬉しそうに話すレインを不思議そうにリムは眺めた。

「それにしても、なぜロイア様はあの大事な役目をこんな子供に・・・」
「うん、なんで・・・?」

一同、しばらく考えるために黙った。
そして、リムはうんうん、と頷きながら口を開いた。

「とにかく、お腹空いたから晩ご飯。晩ご飯ちょうだい。ね?」






次の日。ところ変わってコンチェルトの王宮。
シオンは持っていく荷物を、城の出口へ運び出していた。

「・・・うわー、こんなのを2つも持って行くのか・・・」
「落としたりしても大丈夫だからね」
「そういうわけには行かないですよ・・・」

ビアンカの部屋から、鏡を運び出した。
思ったよりも軽かったが、重いし形が形なので邪魔だ。

「シオン、大丈夫?」

フレイが階段を駆け下りてきた。

「あ、うん・・・馬に乗るかなこれ?」
「首に引っ掛ける・・・?嫌がりそうだよね・・・」

3人でうーん、と考えた。
製作者のビアンカも、深くは考えていなかったらしい。

「転がして行っても良いよ?」
「いやビアンカ様、ここからメヌエットまで転がし続けるのは厳しいですよ・・・」
「そうか」
「あっ!」

突然フレイが声を上げた。

「ど、どした?」
「アリエスとか、レオなら楽に運べるかも」
「あ・・・バイエルからホロスコープを借りるのか・・・」
「行ってみよう!」

荷物をまとめて、出発の直前になったら一度部屋に戻ろうと思っていた二人だったが、
その前に戻ることになった。

残されたビアンカはしばらくぽつん、と立っていたが、やがてとぼとぼと城の外に出て行った。

「バイエル!」
「あ、兄さん・・・もう行くんですか?」

部屋には相変わらず眠ったままのバイエルと、その横の椅子にアルスが座っていた。

「いや、荷物が運びきれなくて・・・それ、借りようと思って」
「それ?」

シオンが指差した先には、バイエルが抱きかかえているレオがいた。

「これがバイエルみたいに自由に出せるようになったら楽だろうけど・・・」

とにかく、借りるにはバイエルの許可が必要だった。
シオンはしゃがみ込んで、バイエルの肩をそっと叩いた。

「おーい、バイエル・・・」









         





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