「ブラムさん・・・いつもどこで寝てるんですか?」
「え・・・?」
「暗くなるといつもいなくなっちゃうし、今回も宝物庫は暗いから行けないって・・・」
「あはは」

ブラムは手をふらふらと振ってまた歩き始めた。

「・・・暗所恐怖症なんですよ、じゃあまた」

その後姿を、サビクはしばらく眺めていた。
同じくラスアも、ほけっとした顔で佇んでいた。

「じゃあ兄貴」
「はい」
「・・・はい?」

おかしな返答に、恐る恐るラスアの顔を見上げた。
見上げるといっても、それほど身長に差はない。

「兄貴、今なんつった?」
「あ、はい・・・すみません」
「・・・あ、あのー・・・」

おどおどした様子で、ラスアは両手を軽く握って胸の前に当てた。
仕草がまるっきり女の子である。

「・・・兄貴?大丈夫?」
「は、はい、大丈夫です。どうかなさったんですか?」
「・・・いえ」

サビクは頭に手を当ててため息をついた。

「もしかして、バルゴが体に入ったから・・・」

と言いながら、またラスアを見た。
ラスアはサビクの様子を気にして困ったような表情をしている。

「女の子みたいになっちゃったのか・・・?」

考えていても仕方ないので、サビクは行動を起こすことにした。
本日の宿の確保、できれば暗くならないうちに森で木の実や油なども採取したかった。

「とりあえず行くぞ兄貴」
「きゃあっ!」

手を握って引っ張っていこうとしたら、ラスアが驚いて手を引っ込めた。
道行く人たちが、不審そうにサビクのことを見て行く。

「な、なんつー声を出すんだよ!」
「すみません、びっくりして・・・ど、どこに行くんですか?」
「宿探しに・・・ランプの燃料とか採りに・・・兄貴は部屋で待ってて良いけど」
「え、宿・・・?」

ラスアは可愛らしく首をかしげた。

「分かりました、お任せします」

そう言ってにっこり笑った。
その愛らしい笑顔に、サビクは焦った。

「?」

ラスアは不思議そうにサビクを覗き込んだ。

「い、いかん、これは兄貴なんだ・・・!可愛い女の子じゃねえんだぞ・・・!」
「私・・・何かしました・・・?」
「えっ、ああいいえ!!行きましょうか!!」

サビクまでおかしいテンションになっていた。






アルスとバイエルを見かけた、というビアンカの情報から、シオンとフレイは二人の居場所をつきとめた。
休憩室のような広間で、バイエルは長椅子に寝ている。
その横に、アルスがいた。

シオンは二人のもとへ駆け寄った。

「アルス!バイエルどうしたんだ?」

バイエルは仰向けで椅子の上に転がっている。
アリエスをぎゅっと抱きしめて、目を閉じている。

「すごく熱があって・・・とりあえずここに運んでもらったんです」
「風邪か・・・あ!川に落ちたからか?!」

シオンは慌ててバイエルの側に屈んだ。

「俺のせいじゃん・・・おーいバイエル、ごめんな〜・・・」

しかし、バイエルからの反応はない。
暑そうに弱く息を吐き出すだけだった。

「・・・どうしよう」
「もうすぐお医者さんが来てくれるそうです」
「病気じゃイルは治せないもんな・・・」

その間も、ずっとフレイは心配そうにバイエルを見下ろしていた。

「・・・明日出発なのに・・・」

そうぽつりと呟いた。

「あ、そうだった・・・どうするんだ・・・?」
「寝かせておいてあげないと、ダメだと思いますよ」
「うん・・・でもマラカ様は明日の朝に出て、早く帰りたいと仰っていたから・・・」

うーん、と悩んでいると部屋に二人の人が入ってきた。
お医者さんとその助手らしい。

「お、来た来た」
「よろしくお願いします」

ぺこっとアルスは頭を下げて、道をあけた。



その診察は15分ほどだった。

「熱が上がり過ぎないように様子を見ながら安静にさせる・・・か・・・」
「ただの風邪で良かったですね」
「でも城の外には出られないよね・・・」

また3人は考え始めた。
しばらくして、アルスが口を開いた。

「・・・バイエル君は、後でセレナードに行ったら良いんじゃないですか?」
「やっぱそうなるか・・・」

しかし当の本人、バイエルの意見を聞くことが出来ないのでやっぱり動けないままだった。

「とりあえず、この部屋は他の人も使うだろうからバイエルを運ぼう」
「どこに運ぶの?」
「俺の部屋。良いよなアルス?」
「はい、ぼくもそうしたいと思ってました」

シオンが持っていた剣をフレイが持ち、シオンはバイエルを抱え上げた。
バイエルの上にいたアリエスは、アルスが抱っこした。



シオンとアルスの部屋に、バイエルを運び込んだ。
アルスは先に部屋に入ってアリエスをおろし、バイエルを寝かせるためにベッドを整えに行った。

「大丈夫?」
「え、ああこいつ軽いから。」
「そっか・・・」

ベッドにバイエルを寝かせて、シオンは ふう、とため息をついた。

「フレイもゴメンな、俺のせいで」
「ううん、シオンのせいじゃない、ぼくがバイエルの管理をしなきゃいけないのに」
「管理って・・・ほんと保護者だな」

アルスが白いタオルと氷水が入った桶を持ってきた。

「熱、早く下がると良いですね・・・」
「そうだな」

タオルをしぼって、バイエルの額の上にのせた。

「この部屋で看病した方が良いですね、ぼくが看てますから」
「本当に?」
「任せてください」

アルスはベッドの側に椅子を一つ移動させ、それに腰をかけた。
それを見てフレイは立ち上がった。

「じゃあシオン、明日の朝にマラカ様と出発するけど・・・良いかな」
「おう、じゃあ俺イリス様のとこに行ってくる」
「ぼくがいればセレナードに入国はできると思うけど・・・」
「まあそうだけど」

そう言った時、フレイは気づいてシオンの剣を差し出した。

「はいこれ」
「あ、ありがとな」

シオンはルプランドルを受け取った。
しかしフレイは、ずっとその剣を見つめていた。

「・・・それ、その剣ってどうしたの?」
「え、これ?ロイアからもらったんだけど」
「ロイア・・・メヌエットの王様から?」
「ご褒美なんだってさ」
「へえ・・・」

シオンはフレイが背中に背負っている大きな剣を指差した。

「フレイだって立派な剣持ってるじゃん」
「ほんと、大きな剣ですねー」
「ああ、これ?」

振り返れば剣の持ち手が見えるほど長い剣だ。

「・・・上手く扱えないんだけどね」
「でかいもんなー、力がないと逆に振り回されそうだ」
「ぼくじゃ持てないと思いますよ・・・」

シオンは身を翻して扉に向かった。

「じゃ、行ってくる。フレイは今日どこで寝るんだ?」
「え・・・」
「良かったら、この部屋に泊まってけよ、明日どうせ一緒に出るんだし」
「う、うん・・・」

申し訳ないな、と思いながらフレイは小さく頷いた。



「イリス様、失礼しまーす」

コンコン、とイリスの部屋の扉をノックした。
しばらくして、イリスのお付の人が扉を開けてくれた。

「・・・あ」

イリスの部屋には、イリスと世話係が数名と、マラカ王女がいた。

「そうだった、姫さんがいるんだったな・・・」
「どなたですの?」

イリスとマラカは椅子に向かい合って座っている。
マラカがシオンを見て首をかしげた。

「あ、どうも初めまして・・・コンチェルトの王宮剣士のシオンです」
「王宮剣士・・・テヌートが?」

それを聞いて、シオンは少しむっとした。

「はいはいそーですよ、イリス様明日のことなんですけど」
「あ、そうだったね」

イリスは世話係がいる方向に顔を上げた。
世話係の女性は、机に置いてあった何枚かの書類をたたみ始めた。

「なんですかそれ?」
「セレナードに行ったときに、王様に見せてね」
「王様に?もしかして・・・」

封筒を渡されたので、シオンはそれを受け取った。

「シオン、貴方セレナードに来ますの?」
「はあ・・・明日そっち方向に向かいますけど・・・っていうか・・・」

この姫と同行するのか、と思うとそのことが言い出しづらくなった。

「・・・なんですの?ハッキリおっしゃいなさい!」
「へえ・・・あの、明日フレイと一緒に行くことになってんですよ・・・」
「フレイと?フレイをご存知ですの?一緒にってどういうこと?」
「だから明日、姫さんをセレナードに連れて帰るのに俺も一緒に行くんです!」

シオンのやけっぱちな声を聞いて、イリスは少し不安になった。
マラカは目を見開いた。

「まあ!貴方礼儀というものをご存じないの!?私はセレナードの王女ですのよ!」
「何も悪いことは言ってないでしょうが!フレイと約束してあるんで行きますから」
「・・・まったく、なんてことかしら」

マラカは目を閉じて首を横に振った。
シオンより年下、14歳か15歳ぐらいなのに妙に大人びている。

「礼儀知らずというのは大目に見ますわ。あとは護衛の腕次第ですわね」
「はいはい、できるだけ頑張りますからよろしくお願いしますねっ!」

シオンは吐き捨てるように言った。
イリスはおろおろしながら立ち上がった。

「わっ、イリス様危ないですよ!」

自分のほうに歩いてきたイリスを慌てて支えた。

「シオンには、バルカローレとセレナードの戦争を止めさせてほしいの。事の発端になったマラカ王女を連れて帰ることによってね」
「は、はあ・・・」

マラカには聞こえないように、小さな声で言った。
声が多少掠れていたので、シオンはイリスの口を見て言葉を理解した。

「だから、仲良くしておけってことですか・・・」
「まあ、気位の高い方みたいだからね・・・」

二人でマラカの方に振り返った。
マラカは自分の髪をいじりながら二人を見上げた。

「・・・とにかく、イリヤさんのことをロイアに聞いて、そのあとセレナードに行ってきますね。」

長旅だなあ、とシオンは遠い目をした。

「ビアンカ様が、鏡を持って行ってくれって言ってなかった?」
「あ、そうだ、言われてました!」

他にも大きな荷物があったんだ、とシオンは思い出した。

「あれ、鏡なんですか?」
「水の力が入ると鏡になるんですって。メヌエットからここまで、簡単に連絡が取れるの」
「えっ・・・そりゃすごいですね・・・」

やっぱビアンカは良くわからないがすごいんだ、と改めて思った。

「大変かもしれないけど、よろしくね。メヌエットで鏡を置けたら、使ってみて」
「はい分かりました」

そう言ってから、マラカを見下ろした。

「・・・姫さん、客人用の部屋が他にあるんですけど」
「私ここが気に入りましたの!イリスさんも居ても構わないと仰ってますのよ」
「・・・そりゃそう言うでしょうよ」

こりゃ大変だ、と思いながらシオンは部屋の外に向かった。

「じゃあおやすみなさいイリス様、書類ありがとうございます」
「うん、気をつけてね」

そしてシオンは、二人とお世話係さんたちがいるイリスの部屋を後にした。









         





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