メヌエット国、首都グロッケン。
その王宮に何者かが数名侵入していた。

ここは王宮の中の、様々な重要物や宝が収められている宝物庫。
そこに、テヌートの三兄弟がいた。

「兄貴、そっちはどう?」
「うーん・・・金とか銀とか・・・」
「ほらぁ、口動かしてないで手を動かしなよサビクー」
「リムも手伝えよっ!」

暗くて広い宝物庫の中で、ラスア、サビク、リムの3人は棚や布の下を探っていた。

「はいはい、形跡を残しちゃダメだよぉ〜」
「・・・ええと、どんなやつなんだっけ?」
「本・・・」

しゃがんで棚を開けたサビクの問いに、ラスアが一言返答した。

「本だってかなりあるけど・・・大きさは?色は?タイトルは?」
「ブラムさんの話によるとぉ、赤い表紙らしいよ。タイトルはぼくたちには読めない文字だってさ」
「よ、読めない?なんじゃそりゃ?」
「あっ!」
「え?」

急にリムが声を上げた。
ラスアたちにはのぼれなさそうな位置にあるが、身軽なリムは壁のわずかなでっぱりを足場にして、
ガラス張りの小さな棚を開けている。

サビクは期待を抱いて上を向いてリムに呼びかけた。

「あったか?!」
「ほら見て!すごく綺麗な壷!」

サビクはずっこけた。

「壷はどーでもいーんだよ!!赤い本なんだろ!とっとと降りて来いバカ野郎っ!」
「あ〜、バカにバカって言われたぁ・・・ショックだなぁ・・・」
「このやろっ!!」

片手に持っていた化石っぽい石を、構わず投げつけた。
リムはそれを見切り、さっと顔を横に動かし避けた。
壁に化石がゴン、と当たりまたサビクの手に返ってきた。

「当たるところだったじゃん」
「当てようとしたんだよ!」
「・・・二人とも、見つかると思うよ大声出してると」

ラスアの声も、サビクには聞こえていないようだ。

「降りて来い!本を探せ!」
「はいはい〜、とうっ!アクセルジャンプキック!」
「ぐはっ!!」

壁を蹴って一回転し、その勢いのままサビクの頭を蹴りつけた。

「なにすんだ!パーになるだろ!」
「元からパーじゃん」
「うるせえっ!」

ぱこんっ、と至近距離からリムの頭を持っていた銅でできた円柱状の物で殴った。

「いったぁーい・・・」

リムは頭を両手で押さえて後ろにあった棚に寄りかかった。

「ラスアー、サビクが殴ったぁ〜・・・」
「あ、兄貴、リムだって俺を蹴りつけたんだぞ!」
「・・・あ」

二人の訴えよりも、ラスアは上を気にしていた。
そしてリムの後ろの棚を指差した。

サビクとリムも、振り返って棚の上を見た。

「危ない・・・」

と、ラスアが言った瞬間、リムの頭の上に先ほどの壷が勢い良く落ちてきた。
ゴンっ、と頭に当たった後床に落ちて派手な音を立ててその壷は割れてしまった。

「・・・ううう」

リムはあまりの痛さにまた頭を両手で押さえた。
しゃがみ込んだリムを、サビクは慌てて覗き込んだ。

「痛いよぉ・・・死んじゃう〜・・・」
「お、おい、大丈夫か?!出血は・・・」
「血は出てないけど〜・・・痛い〜・・・」

しゃがんでいる二人を、ラスアは見下ろしていた。
そして、ふと扉の方に目をやった。

「・・・誰か来る・・・逃げないと」
「へ?」
「あ、本当だ、声がする!」

耳をすませてみると、確かに人の声がした。

「物音がしたぞ!」
「宝物庫からだ!」
「賊が侵入したぞー!」

どやどやと人が集まってきている音がする。
足音も大分増えて近づいてきた。

「・・・間に合わねえな、扉が開いた瞬間駆け抜けるぞ!」
「脱出経路だった窓から出よう」

サビクとラスアは順に脱出手順を確かめた。

大勢の声と共に、宝物庫の扉が開いた。
逆光で、城の兵士達の影が見える。

扉の近くに待機していた二人は、体勢を低くして素早く兵士達の間を抜けて走った。

「侵入者だ、捕まえろ!!」

二人を追いかけて、兵士の半分が廊下を走っていった。
あらかじめ開けておいた窓に、素早くサビクは飛び込んだ。
ラスアもその後に続いた。

そこは3階だったが、空中で体勢を整えて二人は難なく着地をした。
兵士達は飛び降りることが出来ず、下へ向かう階段の方向へ向かった。

一方、宝物庫を荒らされたとあっては一大事、と残った兵士達は中を調べ始めた。

緊急時以外は、宝物庫に許可がない人間が立ち入ってはいけないことになっている。

「・・・おい、子供がいるぞ」

割れた壷の横に、頭を抑えてしゃがみ込んでいるリムがいた。

「さっきの2人の仲間か!おいお前!」
「・・・はい〜・・・」

頭がくらくらして、リムは動けなかった。
兵士からかけられた言葉ですら、頭の中で反響して良く聞こえなかった。

「こいつを捕まえろ、カペルマイスターに報告だ」
「はっ」

頭のあまりの痛さにリムは立ち上がれなかったが、両腕をつかまれて無理矢理立たされた。
二人に抱え上げられて連行されるがリムはほとんど無抵抗だった。

「こんな子供が盗みなど・・・何という世界になったんだか」
「全くだな」

目を閉じてその言葉を聞いたリムは、口の中で本当だよねぇ・・・と呟いた。



王宮の中庭の草むらの中に、ラスアとサビクは駆け込んだ。

「ふう・・・追ってこねえみたいだな」
「早く城から出て、城下町まで行かないと・・・」
「・・・・・・ん?」

荷物を探ろうとした時、サビクは自分の後ろにもう一人がいないことに気づいた。

「リム・・・またどこかから俺を蹴ろうとしてんだろ!その手はくわねえぞ!!」

隙のない体勢を取り、どこからでも反撃できるようにサビクは意識を集中した。
ラスアもどこから来るんだろう、と視線を動かした。

しかし、いつも来るはずのリムからの奇襲はなかった。

「・・・リム?あれ?」
「リムー?もしかして・・・」

二人は顔を見合わせた。

「・・・逃げ遅れた?」



城壁をサビクの所持品のロープで登り、城の外に出た。
そして城下町までとりあえず移動した。

そこに、二人を待っている人物がいた。

「お帰りなさい、どうでした?」
「あ、ブラムさん・・・」

セレナードの西シロフォンでイリヤを襲い文書を奪った、あのブラムだった。
頭にかぶっている布のせいで、顔は良く見えない。

「一人足りませんけど・・・リムは?」
「えーと・・・その・・・」

ラスアとサビクは横目で視線を合わせた。

「どうやら・・・捕まったらしくて・・・」
「えっ?リムが?!」
「リムが割った壷の音に気づいて、人がたくさん来たんですよ。で、逃げ出したらリムはいなくて・・・」
「あら・・・」

ブラムは手を組んであごを上に乗せた。
彼は花壇の壁の上に足を組んで座っている。

「どうしましょうね・・・」
「助けないと」

ラスアがいつものぼーっとした表情だが少し焦ったような声で言った。

「でもどうやるんだよ?メヌエットの地下牢からどうやって助けるんだ?」
「うーん・・・侵入、ですかね」
「けどブラムさん・・・」

と言った時、サビクはブラムの後ろにいる人物に気がついた。
花壇の草の中に、座ってブラムの背の後ろに隠れている。

「・・・ぶ、ブラムさん、その人って・・・」

自分たちと同じ、白い髪の女性だった。
白い服を着ていて赤い星のペンダントをしている。

「ゆ、幽霊ですか?!死んだんじゃなかったんですか!!」

何も言わないが、ラスアも目を丸くしている。

イリヤを襲撃した際、最初にイリヤに声をかけた女性だった。
しかし、攻撃を受けたイリヤが剣で斬りつけ、光となって消えて死んでしまったはずだ。

「あの、なんか言ってくださいよ・・・」

サビクは後ろにいるその女性に恐々と呼びかけた。
だが彼女はブラムの両肩をぎゅっと握って、顔を隠してしまった。

「しゃべれないんですか?」

ラスアはブラムに聞いてみた。

「バルゴは・・・誰かに言われたことしか言えないんだ」

イリヤに声をかける前も、何度も言葉を教え込んでいたのをサビクは思い出した。

「突然連れてきた人だったから・・・バルゴさんって言うんですか、その人」
「人じゃないですよ」
「え゛」

またサビクはぎょっとした。

「じゃ、じゃあやっぱり、ゆうれ・・・」
「オバケが好きなんですかサビクは?」
「いいや滅相もありません」

ふるふるとサビクは首を横に振った。
その様子を見てラスアは少し笑った。

「バルゴはホロスコープです。イリヤに殺されましたが、また再生させました」
「へ・・・ほろ・・・なんですって・・・??」
「ホロスコープについては追々教えて差し上げます。今はとりあえず、バルゴを使いましょう」
「使う?どうやって?」

バルゴはそっと花壇から出てきた。
ブラムの横に立って、ラスアと向かい合った。

「メヌエットの王宮に、怪しまれないように入り込みましょう。潜伏しててください」

そう言って、ラスアとバルゴを順番に見た。

「兄貴と、バルゴさ・・・んが?」
「テヌートはホロスコープを一つ体に入れられます。サビクは私と一緒に来てもらいたいので」
「はあ」
「ラスア、バルゴを受け入れる気持ちで両手を出してください」
「はい」

ラスアは剣の柄から手を離してバルゴに向かって手を伸ばした。
すると、バルゴは光となってラスアの体に吸い込まれていった。

「え・・・?え?!何が起きたんですかっ!」
「バルゴに作戦は話してあります、頑張ってくださいラスア」
「さ、作戦って?」
「三人が茜の伝承書を持って来られなかった場合の潜入作戦ですよ。」
「あ、すみません・・・」

本を見つけられなかったんだ、ということを思い出してサビクはしゅんとした。

「今日はもう遅いですから、明日にしましょう。じゃあ私はこれで」
「あ、あのブラムさん」
「はい?」

くるりと方向転換して歩き始めたブラムを、サビクは呼び止めた。









         





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