シオンは予想以上に武器庫の点検が早く終わり、再び救護室に向かっていた。
イリヤが、どうして怪我だらけで発見されたのかを訊こうと思っていたからだった。
メヌエットにイルと二人で来たがシオンとイルだけがコンチェルトに帰った。

シオンはメヌエットで何かあったのか、と心配していた。

救護室の中には、イリスとイリヤだけが残っていた。

「まだ眠い?大丈夫かな」
「かなり寝たからね。表面的な傷はまだかなり残ってるみたいだけど中身はすっかり元気だよ」
「そうか、良かった」

イリスはベッドに両手を置いてその上に顔をのせている。

「あのね、イリヤ」
「え?」
「みんなも知りたがっているんだけど・・・何かあったの?メヌエットで・・・何かされたの?」
「ロイアに何かされたのかって?」

イリヤは口に片手を当てて笑った。

「あははまさか、彼はそんな人じゃないよ」
「でも、メヌエットからイリヤだけどうして帰って来なかったの」
「うん・・・」

急に笑みを消して、イリヤは下を向いた。

「・・・魔法で飛ばされたような感覚だけ、覚えてる。」
「魔法で?そんな魔法があるの?」
「ビアンカ様が持ってたあの古い本には、風の魔法の応用でそんなのがあるって・・・」
「それを、ロイアに?」
「・・・ははっ」

またイリヤは心配そうなイリスを見て笑った。

「どうしてイリスはロイアのせいにしたがるかな〜」
「だって・・・」
「けど結論を言うと、覚えてない。どこから飛ばされたのかも全部。どこに行ったのかさえも分からないよ」
「・・・・・・。」
「頭を強く打ったからね・・・良かったんじゃない?名前も何もかも忘れるよりは」
「それはそうだけど・・・」

イリスは頭の向きを変えて、自分の腕の上でごろん、と頭を動かした。

「セレナードとバルカローレが交戦中だから・・・」
「・・・え」

イリヤは目を見開いた。

「・・・戦争中なの?」
「うん、まだコンチェルトには詳しい情報は入ってきていないんだけど。マラカ王女殺害の報復・・・だったかな」
「・・・そうか・・・」

考え込みながら、布団の端をぎゅっと握った。
何かを思い出そうとしながら、視線を動かす。
しかし、頭に痛みが走って思考は中断された。

「いたた・・・」
「大丈夫っ?」
「頭は本当に強く打ったみたいだね〜・・・パーになったらどうしよ」
「あはははっ」

イリスは腕から顔を上げて笑った。

「じゃあ、ロイアに訊いたら分かるよね」
「そりゃあ分かるだろうけど・・・」
「ロイアに訊きに行ってもらおう!」
「誰に?」
「シオンに」
「・・・なんで」

イリスは立ち上がって、手探りで椅子を探してそれに腰を下ろした。

「セレナードとバルカローレの戦争。これは、止めさせないといけない」
「・・・夢?」
「うん。ビジョンはね・・・」

元から閉じていた目をさらにきつく閉じた。

「メルディナの4国の争い・・・その東から何か恐ろしい存在が・・・見えて・・・」
「東?セレナードかな・・・」
「それが、ものすごく怒るの。その怒りは大陸の生物にまで影響を及ぼして凶暴化させて・・・」
「・・・動物ってことか」
「それで・・・白い光のような力で・・・切り裂かれる人が、たくさん見えた・・・」
「・・・うん、もう良いよ」

イリヤは布団をまくってベッドから降りた。
そして、怯えながら夢の内容を話すイリスの頭に手を置いた。

「・・・ぼくは気楽で良いな。イリスもイルも、こんなに自分の力で苦しんでいるのに」
「イルは可哀想だよね・・・」
「イリスも十分可哀想だよ。これもビアンカ様に話そう」
「うん・・・」

そして、その扉の前にずっと立っていて、入るには入れない人物がいた。

「・・・何だか、すごく入りづらいな・・・」

シオンは、イリヤとイリスの会話をずっと聞いていたがノックをするタイミングをずっと逸していた。

「気にすることないんだろうけど・・・」

イリヤがどうして怪我だらけで発見されたのかどこに行っていたのかという話は聞けたので、
とりあえず入ることもないか、と救護室の扉から離れた。

「・・・マラカ様の出発は明日か・・・ぼく一人であの二人のお守りをするなんて・・・」

廊下の曲がり角を、フレイが歩いてきていた。

「フレイ」
「あ、シオン?バイエルを見なかった?」
「いや・・・見てないけど」
「マラカ様の部屋・・・あ、イリスさんの部屋なんだっけ?あそこの前で待っててって言ったんだけどいなくて」
「どこ行ったんだろうな・・・」
「アルス君と一緒に遊んでるのかな」

窓の外を覗きに行ったフレイの後姿を見て、シオンは少し表情を曇らせた。

「何だか仲良くなっちゃったみたいで・・・?」

振り返ったフレイは、その表情の変化を見てセリフを中断した。

「・・・どうしたの?」
「あ・・・いや」

気を遣わせるつもりはなかったシオンは、無理に明るい顔をしようとした。

「ゴメン、初対面で馴れ馴れしすぎるよね」
「いや、一緒に飯も食ったんだしもう初対面じゃないだろ」
「アルス君が心配なの?」
「うー・・・ううん、今はそうじゃない」

シオンは無意識に頬をかいた。

「・・・フレイ、セレナードの・・・カペルマイスターなんだよな」
「え・・・うん、そうだけど」
「メヌエットの王様・・・ロイアが言ってたんだよ。セレナードのカペルマイスターが扇動してメヌエットを攻撃してるって」
「・・・えっ?」

フレイは遅れて返事をした。

「戦争しようとするカペルマイスターなんて・・・って、俺は思ってたんだけど・・・」
「・・・・・・。」
「でも、父さんが攻略しきれなかったラベル城を何とかしたのって・・・フレイなんだろ」
「・・・あれは」
「気持ちの整理がついてないだけ。俺はフレイのこと尊敬してるし、良い奴だと思ってるから」
「え・・・えーと・・・」
「とにかく、俺も一緒に行くから」
「・・・ええっ?!」

フレイは驚いたあまり舌をかみそうになった。

「シオンも一緒にって?もしかして・・・」
「イリス様の命令で、多分メヌエットに行く。そのあとセレナードにも行くことになる」
「じゃあ・・・」
「フレイともっと話したい・・・んだけど、迷惑だったら」
「ありがとうっ!!」

突然フレイはシオンの両手を握り締めた。

「・・・はい?」
「ああー良かった〜!嬉しいよありがとう!!」
「な、何ででしょうか?」
「・・・えっ?」

フレイは少し我に帰った。

「ま、マラカ様とバイエルが・・・」
「こんにちは」

説明しようとした時に、突然背後から声を掛けられた。

「ビアンカ様・・・」

そこには、ビアンカが立っていた。
古い本を数冊と、良く分からない道具をいくつか抱えている。

「シオン、この人は?」

ビアンカがフレイをの方を見て尋ねた。

「セレナードからマラカ姫を引き取りに来た人で、フレイです。」
「フレイ君か・・・」

フレイは誰だろう、と思いながらビアンカを見上げた。

「ビアンカ様・・・フレイに、ビアンカ様のこと言っても大丈夫ですか?」
「どうして?私は構わないよ」
「でもフレイは、セレナードのカペルマイスターで・・・」

シオンが戸惑っていると、ビアンカがフレイに笑いかけた。

「私はビアンカ・ダル・リレイヴァート。メヌエット国王ロイアの兄だよ」
「え・・・!?」

言っちゃった、とシオンはがくっと肩を落とした。

「じっ、じゃあ、あの、クーデターで・・・」
「そう、ロイアに王位を追われてコンチェルトに逃げてきたんだ」
「・・・あの、ビアンカ様ー・・・」
「生きてたんですか・・・あ、すみません・・・」
「セレナードでは死んだことになってた?」
「えーと・・・はい・・・」

ビアンカは妙に嬉しそうに話している。
シオンにはそれが理解できなかった。元々シオンの理解を超えた人ではあったが。

「私はずっとコンチェルトにいるよ、用無しだからね」
「そんな・・・」
「ここならやるべきことができる。私が・・・」

と、言いかけたときにフレイのペンダントに気がついてじっと見つめた。

「な、何ですか?」
「それ・・・どうしたの?」
「これは・・・兄から、譲り受けた物で・・・」
「ちょっと見せてもらえる?」
「どうぞ・・・」

フレイはいつも朱色の宝石が入ったペンダントを首から提げていた。
それを首から外して、ビアンカに渡した。

ビアンカの手の中で、それが仄かに光った。

「綺麗な石だね」

それに二人とも気づいていないようだ。

「・・・今、あれ光ったように見えたけど・・・」

シオンは小さくそう言ったが、二人には気にされなかった。
ビアンカはひっくり返したりして少し眺めていたが、すぐにフレイに返した。

「あ、そうそう、誰に頼もうかなって思っていたんだけど」
「はい?」
「持って行ってほしい物があるんだ」
「持って行ってほしい物?」

全く同じようにシオンは反復した。

「私の部屋においで、二人とも」
「あ、はい・・・」
「・・・・・・?」

シオンとフレイは、良く分からないままビアンカの後ろをついていった。



「・・・うわー、こりゃ・・・」

すごい、という言葉までは言わないでおいた。
ビアンカの部屋は、ビアンカが作った物や作りかけの物、道具、材料その他で酷い有様だった。

シオンも大分散らかす方だが、ビアンカの散らかしようはそれを遥かに上回っていた。

「いたたっ!!」
「その辺ネジが落ちているから気をつけてね」

もう少し早く言ってくれ、と思いながらフレイは片足を上げた。
部屋の奥に、大きな輪が掛かっている。
厚みがあり、幅も手のひらほどはある。

そんな輪が4つ立てかけられていた。

「これなんだけど」
「・・・これですか?何ですかこれ?」
「これは、私が作った鏡だよ」
「鏡っ?」

シオンとフレイは同時に声を上げた。

「何も映らないですけど・・・輪っかじゃないですか」
「未完成なんだ。水の力を入れなければいけない」
「水の力?」
「私が作ったのは外枠だけ。聖水を入れないと使えないんだよ。ホロスコープの水とかね」
「ホロスコープっ?!」

また二人はハモった。

「ビアンカ様、どうしてホロスコープを知ってるんですか!」
「それは・・・えーとね、確かこの辺に」

部屋の床に向かってなにやらごそごそと探し始めた。
そのあと壁に隠れて見えない位置まで歩いて行ってしまった。
物音が色々した後、古びてホコリだらけの何かを持って歩いてきた。

「な、何ですかそれ・・・」
「これをどこで?!」
「へ?」

フレイはビアンカが持ってきた物を見て急に声を荒げた。

「どうしたんだ?」
「え、あの、この本・・・どうしたんですか?」
「これは私が亡き父上から受け継いだ本だよ。「茜の伝承書」っていうんだ」

ぱんぱん、と表紙を叩くとそこからまたホコリが出た。
シオンはその本の表紙を見てみたが、読めない文字だった。

「あかねの・・・伝承書・・・何が書いてあるんですか?」
「全部読めるわけじゃないんだけど。さっき言った、ホロスコープのこと・・・二人とも知ってるの?」
「あ、はい・・・フレイ、言っていいか?バイエルのこと」
「う、うん、いいよ!」

フレイは何度も頷いた。
ビアンカの本を気にしているようだ。



二人は、バイエルのこととホロスコープのことを説明した。

「・・・へえ、セレナードのラベル家のことは、私も昔きいたことがあったなあ・・・」
「俺たちはその子を今探してて・・・」
「ホロスコープについて分かったことを教えてあげようか」
「はい・・・?」
「ジェイドミロワールをメヌエットとセレナードに持って行ってくれるなら。それと交換」
「ジェイドミロワールって・・・この、巨大な輪っかですか?」
「持っていきます!」

フレイが自信満々に答えた。
驚いてシオンはフレイを見たが、今までと違って興奮しているようだ。

「ホロスコープは、星の光の力で作られた生き物。」
「星の光の力?」
「テヌートは、ホロスコープを1つ、体に入れることが出来る。」
「ええ?!」

シオンはぎょっとした。

「か、体に入れる・・・そういやバイエルもあれって、体に入れてんのか・・・」
「他には・・・?」
「色々解読中だよ。ホロスコープに関して完全に分かっているのはこれだけ。」
「・・・・・・。」
「不満だった?火の魔法のページでも見てみる?」
「えっ?」

ビアンカは ぱらぱらとページをめくった。

「そういえば、これには天授力についても書いてあるんだ」
「天授力・・・」

シオンは、ふとイルの怪我を治す力のことを思い出した。

「一つは、「未来予知夢」。イリスのもつあの力だね」
「そのことも書いてあるんですか?これ、何なんですか・・・?」

何かとんでもない物のような気がして、シオンは恐る恐る改めて尋ねた。

「メヌエットに古くから伝わる本・・・っていうことしか分からない」
「・・・・・・。」
「もう一つ、東にも対になるもう一冊の本、伝承書があったらしいよ。名前は何だったかな・・・」
「へえ・・・」
「それでね、未来予知夢のことなんだけど」

火の魔法のページを指で挟みながら、別のページを開いた。

「未来予知夢に従えば大いなる存在の創造を避けられる。メルディナの最善の未来を願う、ってあるんだ」
「メルディナの最善の未来・・・イリス様も似たようなことを言ってたような・・・」
「大いなる存在・・・どんなものなんですか?」

フレイも身を乗り出してビアンカに尋ねた。

「そのことに関しては、これには書かれていないんだ。でもね」

ビアンカはまた別のページを開いた。
そして、ページとページの真ん中を指差した。

「あれ・・・これって・・・」
「うん、切り取られているというか、破られているんだ」
「じゃあ、ここに書かれてたんですかね?」
「そうかもしれない。もしくは、もう一冊の方に書いてあるのかも」
「・・・なんか、不思議な話ですねー」

机から離れて、シオンは両手を組んで頭の後ろに回した。
難しいことはあまり考えたくないらしい。

「じゃあフレイ・・・だったよね、ほら、ここが火の魔法の習得のためのページ」
「あ、はい・・・一応、ファイアーなら使えるんですが・・・」
「もっと威力が高いのもあるんだよ。覚えてみる?」
「はいっ!」

床に散らばるビアンカが作った物たちを見下ろし、シオンは ふう、と息を吐き出した。
そして古びた本、茜の伝承書の前で頑張っているフレイを見た。

「シオンはいいの?」
「俺は風の魔法を教わってあるから。」
「えっ!そうなの?!使えるの?」
「まあ・・・こんな感じだけど」

アルスから習ったように、手の先に意識を集中した。
そしてそれを少し開放して、ふわっと辺りに風を起こした。

「うわ・・・本当だ・・・」
「フレイだったらもっとすごそうだな・・・なんか俺よりずっと素質ありそうだし」
「が、頑張るよ」

フレイはまた真面目な顔でビアンカの説明を聞きながら本を見た。









    





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