「もう一人いるの?」
「あ、こいつは・・・」

シオンが説明しようとした時、イルがシオンの目の前に手を出して止めた。

「説明下手なんですから。時間かかりすぎです」
「なんだとっ!?分かりやすくしてるんだよ!・・・イルは小難いだけだろっ」
「しっ、失礼な!悔しかったら語彙を広げなさい!」
「・・・・・・!」

二人は じとっ、と睨み合いを始めた。

その声を聞いて、イリスはまたケンカして、と口に手を当てて笑った。

「名前はなんていうの?」

イリスは、直接バイエルに語りかけた。

「バイエル、名前を言って」

フレイがバイエルの腕をとん、と叩いた。
バイエルはフレイを見上げてから、イリスの方を向いた。

「・・・バイエル。」
「バイエルちゃん?どこから来たの?」
「セレナードのトラン」
「えっ・・・随分遠くから来たんだ」

思いがけない返答だった。
イリスは、そこら辺の子供だと思っていたようだ。

「イリスさん、この子はセレナードの西トランの領主の息子なんです」
「え、西トランの領主?息子って・・・」
「訳あって現在ぼくが保護者になっています。ぼくはセレナードのカペルマイスター、フレイです」
「カペルマイスター?!」

適当にイルの友達辺りだろうと思っていたイリスは更に驚いた。
ついでに、シオンも驚いていた。

「じゃあ、マラカ王女を引き取りに来たっていう?」
「そうです」
「・・・そういや、ロイアがセレナードのカペルマイスターはフレイって名前だって言ってたっけ・・・」
「申し訳ないと言ったら変ですけど、マラカ様がこの度は・・・」

フレイが謝罪の言葉を述べようとした時、急に扉が激しくノックされた。

「な、なんだ?」
「かっ・・・鍵は開いてます、どうぞ」

アルスが扉に向かって呼びかけた。
すると、扉がバタン、と勢い良く開いた。

シオンもイルも顔見知りの、城の救護施設の人だった。
イルはその救護施設でも働いている。

「どうしたんですか・・・?」
「何かあったのか?」

息を切らせていて、上手く話せないようだ。
シオンは思わず身構えた。
イリスもなにかな、と扉の方を向いている。

「イリヤ・・・様が・・・」
「え?」
「イリヤ様が、目を覚ましました!早くおいで下さい!」

イリスの方を見て、嬉しそうにそう言った。

「ほ、本当!?」

イリスは椅子を蹴飛ばさん勢いで立ち上がった。



シオンの部屋にいた全員が、イリヤがいる部屋まで全力疾走している。
フレイとバイエルも、シオンの部屋に客人だけがいるのは変だとシオンに言われ、一緒についてきた。

「イリヤ!」

イルはイリヤの名前を叫びながら医療室の扉を開いた。

「あ、イル。みんなもお揃いで」

イリヤは体中に包帯を巻いてはいるが、元気そうにベッドから手を振った。
すでに起き上がっている。

「もう、大丈夫なんですか?」

シオンもベッドに歩み寄って尋ねた。

「失血と脳の打撃が問題だったらしいんだけど。誰かのおかげでもう心配ないってさ」
「誰かのって・・・」

シオンとアルスは、イルの方を見た。

「わっ・・・私の?」
「・・・・・・イル」
「は、はい?」

イルは戸惑いながら差し出されたイリヤの手と握手した。

「ビアンカ様が教えてくれたよ。イルが天授力でぼくを助けてくれたって。」
「わ、私は別に・・・あれは、ビアンカ様の・・・」
「ありがとう」

いつもとはあまりにも違う真面目なイリヤの言葉に、イルはなぜか顔を真っ赤にして焦った。

「そ、そそそその・・・ど、どういたしまして・・・」

消え入りそうな声で、返答した。
いつものイリヤとの違いに驚いているのは、シオンもアルスも同じだった。

「・・・頭を打ったせいか?」
「兄さん、そんなコト言っちゃダメですよ」

イルに手を引かれて、イリスもイリヤの前にやって来た。

「・・・本当に良かった、イリヤ」
「うん、ただいまイリス」

その二人を見て、フレイはアルスに小さな声で尋ねてみた。

「ゴメンね、あの人は?」
「あの人はイリヤさんです。イルさんのお兄さんで、イリス様とは双子なんですよ」
「そうなんだ・・・」

その間も、バイエルはつまらなさそうに部屋を見渡していた。
お腹すいた、以外に特に言うことはないらしい。

「・・・・・・。」

突然、イリヤが部屋の奥にいるフレイを見つめた。

「どうしたんですか?」
「あの人は誰?」
「彼はセレナードのカペルマイスターで、フレイです。あとおまけでバイエルという少年」

ひょいひょい、と二人を順にイルは指差した。

「・・・・・・。」

しかし、イリヤはまだフレイを見たままだった。
しばらくして、やっと口を開いた。

「・・・君、どこかで会わなかった?」
「え?」

それを聞いてイルはイリヤの頭をぺしっと叩いた。

「何を急にいつものセリフを吐いてるんですか!」
「い、いや〜、そうじゃなくて」
「女性だけじゃ飽き足らず男性まで口説くんですか!見境なさすぎます!!」
「痛い、痛いって、傷が開くってば〜・・・」

全員そのやり取りを見ながら笑った。
だがフレイだけは少し笑顔が引きつっていた。



イリスがイリヤと話し始めたため、全員部屋を出た。
イルはこれから仕事があるため部屋には残らなかった。

「兄さんはこれから予定あるんですか?」
「えーと、今日は兵士の講義と訓練は終わったけど、武器庫の点検があったと思う」

シオンとアルスの横を、フレイとバイエルも歩いていた。
マラカ姫がいるイリスの部屋に案内してもらうためだ。

「・・・兵士の講義?シオン、そんなことしてるの?」

尋ねたのはフレイ。
それに答えたのは、イルだった。

「シオンは頭はからっきしのくせに、兵法だけは得意だから、コンチェルトの王宮剣士なんですよ」
「からっきしとは何だ!!」
「本当のことでしょうがっ!」

お互いの話題になるとすぐにケンカになるらしい。

「兵法の知識・・・すごいね」
「別に、父さんから教わったことと、あとは勘だけど」
「要するに半分は運任せなんです」
「運も実力のうちって言うだろうが!イルは薄幸そうだもんな!」
「はいはいシオンは運だけで生きてきたんですね!!」
「ま、まあまあ・・・」

仲裁するのは、いつもアルスだ。

「さすがはセレナードから要請が来るほどの実力を持つカペルマイスター、ルシャンさんの息子さんだね」

フレイがそう言うと、イルは急に立ち止まった。

「・・・ルシャン?」
「おい、どうした?」

全員が振り返った。

「悪いモンでも食べたか?」
「・・・い、いえ」
「どうしたんだよ?」

イルは上の空で急にふらふらと歩き出した。

「あ、じゃあ私はここで怪我の治療の依頼を待つので・・・フレイ、バイエル、御機嫌よう」
「うん・・・」
「・・・・・・。」

フレイは小さく頷き、バイエルは無言でイルを見送った。

「イルさん、どうしたんでしょう?」
「さあ・・・単なる気まぐれじゃん・・・?悪いんだけどアルス、俺こっち行くから案内しておいてくれるか」
「分かりました、じゃあ頑張ってくださいね兄さん」
「おう」

シオンも手を振って、別館の兵舎がある方へ歩いて行った。

「イリス様の部屋は、ここからちょっと歩かないといけないんですよ」
「・・・広いね」

アルスが張り切って説明しようとすると、バイエルが少しだけしゃべった。

「あ、うん、ここは王宮だからね。すごく広いんだよ」

アルスは少し遅れて返答した。

「フレイさん、バイエル君って何歳ぐらいなんですか?」

自分と同じぐらいかもしれないが、言動などがあまりに幼いため思い切って聞いてみた。

「それが・・・」

フレイはバイエルを横目で見て少し考えた。

「・・・バイエル、自分で何歳か分かる?」
「ぼく?9歳だよ」
「・・・・・・きゅうさいっ!?」

アルスは目を丸くして驚いた。

「う、嘘だ?背はぼくと同じぐらいなのに・・・?」
「パパとママがお祝い、9歳の時が最後」
「・・・あー・・・」

それを聞いてフレイもアルスも戸惑った。
生まれた年が分かれば年齢も分かるかも、と思ってアルスは質問を変えてみた。

「じゃあ、その時のセレナードの王様って、誰だった?」
「セレナードの王様?」

領主の息子なら、王宮にも行っているはずだと考えた。

「王宮に、行ったことってない?」
「うーん・・・」

バイエルは考え込んだ。
しばらく考えて、あ、と顔を上げた。

「行った。パパと一緒に」
「王様の名前は?」
「・・・えーと・・・えーと・・・あー・・・ヨーデル・・・かな」
「ヨーデル?!」

アルスはまた驚いた。

「ヨーデル・シュリットバイゼ・オーレオ・・・」

アルスが呟いた名前を聞いて、フレイは少し目を伏せた。

「ヨーデル王ってことは、まだモデラート国があったときってことですよねフレイさん!」
「あ・・・そうだよね」
「ってことは、100年ぐらい前・・・本当にバイエル君、100年ぐらい寝てたの・・・?」

ヨーデル・シュリットバイゼ・オーレオは、モデラート国最後の王。
100年ほど前、セレナード国との戦争によりモデラートは滅亡した。

「すごく寝てたけど・・・」
「そうなんだ〜・・・じゃあ、4年前に目を覚ましたってことで、今は13か14歳ぐらい・・・」

アルスは手の指を折り曲げて数え始めた。

「・・・やっぱ、ぼくと同じくらいなんだ。仲良くしようね・・・あ、でも」

バイエルの手を触ろうとしたが、急にフレイを見上げた。

「マラカ様を連れて、すぐにセレナードに戻っちゃうんですよね・・・?」
「うん、残念だけど・・・でもマラカ様次第かな」
「そうなんですか?」
「マラカ様が出発なさりたくないかもしれないし。気まぐれな方だから・・・」
「あはは・・・」

イリスが部屋を追い出されたことを、アルスは思い出して苦笑した。

その間もずっと歩き続けており、イリスの部屋の前までやってきていた。
国の予言者として重要な位置にいるイリスは厳重に保護されていて、大きな扉の前に常に兵士が二人立っている。

「食事係のアルスです。マラカ姫のお迎えの人を連れてきました」

兵士にそう言うと、その人は扉を少し開けて中の人に確認しに行った。

「すごい人なんだ・・・」
「コンチェルトが戦争に巻き込まれないのも、みんなイリス様のおかげなんです」
「・・・へえ・・・」

すぐに部屋からさっきの兵士が出てきた。

「王女がお呼びです、どうぞ」
「どうも・・・」

フレイだけが部屋に入っていった。

「バイエル、ちょっと待ってて」
「うん」

バイエルは素直にこくりと頷いた。
アルスは、斜め向かいにあった窓の方へバイエルを連れて行った。

「バイエル君、ぼく同い年ぐらいなんだよ。」
「ふうん・・・」
「ぼくは王宮で学術も習ってるんだけど、もしかしたら同じ先生に習ったりしたかもね」
「先生・・・」
「バイエル君は、家庭教師とかに習ってたの?」
「ううん」

バイエルは首を横に振った。

「え、違うの?」
「パパとママが教えてくれた。」
「そうなんだ・・・」
「勉強も、ホロスコープの使い方も」
「・・・ホロスコープ?なにそれ?」

窓枠に両手をついて、アルスは首をかしげた。

「アリエス、出てきて」

バイエルが手のひらを上に向けて出現した光の玉から、突然白いぬいぐるみが表れた。
ふかふかしたヒツジのぬいぐるみだ。

「わ・・・!今の何?魔法?」
「・・・ホロスコープ」
「可愛い〜!抱っこしていい?」
「うん」

アルスはアリエスをぎゅっと抱っこした。
巨大化サイズではないため、安全な大きさだ。

「使い方ってことは、これを・・・え、バイエル君?」
「・・・・・・。」
「あ、ぬいぐるみが・・・」

急にアリエスの姿がかすんで、細かい光の粒に変わった。
そして、バイエルの体に吸い込まれていった。

「どうしたの?しっかり?!」

バイエルは ぐらっとアルスに倒れ掛かってきた。
慌ててアルスはバイエルの両肩を支えた。

しかし重みで二人とも倒れこんでしまった。

「バイエル君!?・・・うわっ」

頬を触ってみると、熱いと感じるぐらいの温度だった。
次に額に手を置いて、温度を確かめてさらにアルスは慌てた。

「ね、熱が・・・!ど、どうしよう?大丈夫?」
「・・・暑い」
「え、ええと、とにかく・・・救護施設に・・・!」

アルスは近くを通りかかった役人をつかまえて、バイエルを一緒に運んでもらうことにした。









―第三章に続く―










    





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