城の裏門の前で、バイエルは立ち止まっていた。
正確に言うと、立ち止まっていたのはレオである。

シオンはバケツをそっと運びながらようやくバイエルに追いついた。

「な、何なんだよもー・・・俺がいないと入れないだろ」
「うん」

裏門にもちゃんと門番がいる。
門番の兵士に向かってシオンは手を振った。

「王宮剣士のシオンだ、入るぞー」

門が開き、二人と一匹は中に入ることができた。
そして、城内に入ったところに人が立っていた。

「フレイ!」
「あっ、こいつの保護者・・・」
「え?」

フレイだった。
何かを探しているらしく、きょろきょろとしている。

「マラカ姫のお迎えの人だっけ?いきなりこんなのを押し付けて・・・大変だったんだぞ」
「あ、ああ、ゴメンね・・・どうもありがとう。君は?」
「俺はシオン。コンチェルトの王宮剣士だよ」
「王宮剣士・・・あっ、メヌエットのカペルマイスターだった・・・?」
「まあそうだけど・・・とにかくバイエルを乾かさないと」
「乾かす?」

バイエルはいつの間にかレオを戻していた。
そのバイエルはフレイが良く見るとびしょ濡れだった。
髪や服から水が滴り落ちている。

「・・・えっ?バイエル、何があったの!?」
「川に落ちた」

バイエルは短くそれだけを言った。
すかさず、シオンは説明を補足した。

「いやこいつが腹減りすぎて立ち上がったと思ったら川に倒れて・・・」
「そ、そんな・・・」
「俺の部屋で乾かすから。飯も作るし」
「え、でも・・・」
「川に落ちたのは俺の責任でもあるし、フレイも来いよ」
「あ・・・ありがと」

フレイはバイエルから滴り落ちる水の跡を見ながらシオンについて行った。






「ただいまー」
「兄さん!もう少しでパンが焼けますよ。ちょっと作りすぎちゃいましたけど・・・」
「思ったより早かったですね釣果はどうだったんです?早く出してください」
「ったく偉そうに・・・ほらよ」

バケツをイルの足元にドン、と置いた。
その中には5匹の魚が泳いでいる。

「俺とアルス、イルと・・・おっ、5匹で丁度よかったな」
「5人?4人じゃ・・・」

と、イルが言いかけて、シオンの後ろに立っていたフレイに気づいた。

「あ、あなたはさっきの・・・この子の保護者でしたっけ?」
「いいからいいから!早く飯を作れ!」

シオンはバケツをまた持ち上げてイルに突きつけた。

「バイエルが死に掛けてるんだ。頼むから早く料理してくれ」
「・・・・・・はあ」
「俺はこいつを乾かしてくる。それまでに作れよ!」
「・・・・・・はい」

有無を言わさぬシオンの態度に、イルは悪態をつくのも忘れて頷いた。
そしてアルスにそのバケツを渡した。

その様子をバイエルは、ぼーっとうつろな目で見ていた。
そして、シオンに手を引かれて別室に入っていった。



「・・・なんだか突然ご馳走になってしまって・・・」

アルスが即行で魚を料理し、15分ほどで食卓は整った。
フレイも席に座らされ、申し訳ない気持ちになっていた。

シオンの上着を着たバイエルは、目の前のたくさんのパンをじっと見ている。
他の席よりも明らかに量が多い。

「・・・あんなにたくさん食べられるわけないのに・・・」

バイエルの向かいに座ったアルスは、顔がパンで埋まったバイエルを見てため息をついた。

「じゃ、食いながらでいいんだけどさ」

会議の議長が座るような位置にいるシオンが、急に話を切り出した。

「重要なことだと思うから話しておきたい。いーか?」

イルは隣に座ったアルスからフォークを受け取りながら首をかしげた。

「重大なこと?シオンに重大なことなんて」
「イルは関係ねーから黙って聞いてろ」
「なっ・・・失礼な」

と言い掛けたが、シオンがいつもと様子が違うことに気づいて本当に黙っておいた。

「バイエル、俺のことカペルマイスターって言ったよな」
「・・・・・・。」
「両親を殺したカペルマイスターだって。俺は否定したけど、お前は・・・」
「・・・・・・。」
「・・・ん?」

フレイもイルも、話しているシオンを見ていた。
しかし、シオンが話している相手からは反応がなかった。

「・・・バイエル」
「・・・・・・。」
「バイエルっ!!」
「ぅえ?」

バイエルの口の周りはパン粉だらけだ。
食べることに夢中で、シオンの話などかけらも聞いていなかったようである。

「俺は真面目に話してるんだよ!話よりパンの方が大事かっ!」
「う・・・あー・・・」

両手に持っているパンと、目の前で怒っているシオンを交互に見ながら、バイエルは少し困った顔をした。
ここでフレイは、自分が説明しようと静かに頷いた。

「シオン、バイエルは普通の人より何十倍も空腹状態なんだ」
「普通の人より空腹状態?何だそれ」
「ぼくが説明する。いいかな」
「はあ・・・」



フレイは、バイエルが100年前に禁止魔法を使用したため処刑が決定した、
セレナード国の西トランの領主のラベル家の息子だということを説明した。

「・・・じゃあ、バイエルは・・・」
「100年近く眠ってたんですかっ?!」
「そりゃあお腹も空きますね・・・」

シオン、イル、アルスは順番に驚き、納得した。

「100年前に軍がラベル家に派遣された時に、ラベル夫妻は屋敷を封印したんだ。」
「そんなことしたら自分たちも外に出られねえじゃん・・・」
「封印が弱まった数年前、バイエルは目を覚ましてその時両親はセレナードの軍とカペルマイスターと相討ちになって・・・」
「・・・カペルマイスター・・・が・・・」

シオンは唇をかんだ。

「やっぱな。フレイ、そのカペルマイスターは5年前に死んだ俺の父さんだ」
「えっ・・・」

その言葉に、アルスは目を見開いて驚いた。

「メヌエットのカペルマイスターだったんだけど、セレナードが要請を出してきて、それで父さんはセレナードに行った。
でも何をしに行くのかも俺もアルスも知らされずに、結局父さんは帰ってこなかった。戦死したっていう報告だけ来て・・・」
「・・・そう、だったんだ・・・」

フレイはかなり動揺している様子で、目をぱちくりさせて頷いた。

「メヌエットはその時セレナードと戦争することになったんだ。でも、父さんが・・・」
「お父さんが?」

話すのが辛くなったシオンは、そのまま下を向いてしまった。
その様子を見て、アルスが続きをフレイに向かって言った。

「父さんは、戦争はしないでくれって言っていたんです。その遺言により、宣戦布告は出されませんでした」
「・・・・・・。」

フレイは目を伏せて頷いた。
しかし、黙ったままだった。

「母さんはそのあと行方不明。父さんがいなくなって俺たち滅茶苦茶だったんだよ」
「・・・知らなかった」

イルは少し居たたまれなくて目を逸らした。

「そんな苦労してたなんて・・・」

そして、イルはその話の対象の人物に目をやった。
彼は、一心不乱に食べ続けていた。

「バイエル!お前な!!」
「・・・う?」
「今の話!聞いてたか?!俺の父さんはお前の・・・!」
「に、兄さんっ」

バイエルに怒鳴り散らしているシオンをアルスが止めた。
シオンは驚いてアルスを見つめた。

「な・・・何?」
「兄さん、ちょっと」

立ち上がって、シオンに向かって手招きをした。
シオンは他の着席している人たちを気にしながら立ち上がった。

「すみません、ちょっと皆さん食べててください」

イルとフレイは、きょとんとしたまま二人の姿を目で追った。
バイエルはいまだもくもくと食べ続けている。



「・・・アルス、どうしたんだ?」
「その・・・バイエル君が、さっきの話を聞いていなくてぼくは・・・よかったなって思ったんです」
「・・・なんで?」

奥の部屋に入り、扉の前で二人は話していた。

「確かに、ぼくたちの父さんが亡くなったのは・・・バイエル君のご両親のせいかもしれないですけど・・・」
「・・・ああ」
「でも、バイエル君には関係ないと思うんです!」
「え・・・?」
「・・・それに・・・」
「それに?」

アルスは両手をぎゅっと握って、下を向いた。

「ラベル家にどうして軍が派遣されて、バイエル君のご両親が処刑されなければいけなかったのかは、
ぼくにはよく分かりません。でも・・・ぼくたちも、バイエル君と同じだから・・・」
「俺たちとバイエルが同じ?どこが?」

アルスの顔を覗き込みながら、シオンは尋ねた。

「親を殺された子供・・・それが、お互い様だって・・・」
「・・・あ、そっか・・・」

バイエルは両親を殺したカペルマイスター、すなわちルシャンがシオンだと勘違いしていた。
シオンはそれが自分ではないということを説明しようと必死で、そのことしか考えていなかった。

「お互い・・・親の仇、なのか・・・」
「兄さんは、父さんの仇をとりたいと思いますか?」

まっすぐに見上げられて、シオンは思わず目を閉じた。

「・・・ううん、バイエルは関係ない」
「・・・・・・はい」

少し嬉しそうに、アルスは頷いた。

「今までどうして父さんが死んだのか詳しく知らなかったんだし。むしろ、セレナードを恨んでた」
「だからこのことは、バイエル君がもっと大きくなったら話してあげたいです」
「・・・ん?」

にっこり笑って言ったアルスに、シオンはふと首をかしげた。

「・・・大きくなったらって?あいつ何歳だ?」
「・・・えーと?」

二人が考え始めた時に、扉がノックされた。
しかしノックの音は二人の前にある扉ではなく、シオンの部屋に入るための扉から聞こえた。

「あ、誰か来たみたいですね」
「誰だろ?」

元の部屋に戻ると、ノックを聞いたイルがすでに扉を開けていた。

「・・・あっ」

扉の向こうの人物に、イルは声を上げた。

「姉上・・・!」
「イリス様!」

そこには、イリスがいた。
相変わらず目を閉じたままで、召使いが車椅子を後ろから押していた。

イルが手を差し出すと、イリスはその手を取って立ち上がった。

「ここまでで結構です、ありがとう」

イリスは後ろにいた3人の召使いに振り返って微笑んだ。
3人は一礼をして、1人は車椅子を押しながら反対方向に歩いて行った。

「イリス様・・・どうしたんですか、俺の部屋に何か・・・」
「あ、ゴメンなさいね」

アルスが別の部屋から椅子を持ってきて、イルの隣に置いた。
そこに、イリスはゆっくりと座った。

「あの・・・セレナードの王女様が・・・」
「マラカ様が何か?」
「あ、ううん、私は構わないんだけど」

フレイが慌てて聞き返して、イリスは両手を振った。

「その・・・マラカ様がね・・・」
「王女様が何かしたんですか?」

イルも心配そうに尋ねた。

「・・・私の部屋を気に入っちゃったらしくて、追い出されちゃって・・・」

バイエルを除く一同は、目が点になった。

「ええっ?!」
「お、追い出されたって・・・?!」
「・・・・・・。」

「色合いを気に入られたみたい。私は見えないんだけど」
「す、すみません・・・!」
「・・・?」

フレイが立ち上がり、頭を下げて謝った。
しかし、イリスは聞き慣れない声に不思議そうな顔をした。

「今のは誰?」
「フレイです。ええとフレイ、この人はコンチェルトの・・・何ていうんだろ」

シオンが立ち上がってフレイにイリスのことを説明しようとした。
しかし、イリスの立場を説明するのが少し難しかった。
その横からアルスが話し始めた。

「この方はイリス様で、イルさんのお姉さんです。コンチェルトを導く立場にある方なんです」
「導く・・・?」
「イリス様は、夢で未来が見えるんだ。メルディナの最善の未来・・・なんだっけ」
「夢で未来が・・・もしかして、天授力・・・?」
「あはは、断片的だったりおぼろげだったりなんだけどね」

イリスは少し恥ずかしそうに笑った。

「でも姉上は、5年前のコンチェルトの内乱も分かっていらっしゃったんですよね」
「メヌエットとセレナードが戦争を起こさないために、俺をコンチェルトに呼んでくれたり・・・」

それを聞いて、フレイは少し顔をしかめた。

「そうなんだ・・・それはすごいですね。」
「どうでもいいことも多いんだよ、今日の夕ご飯とか・・・ね」

またバイエルは除くが、その場にいた全員がクスクスと笑った。

「・・・ふう」
「あ、食べ終わったのか?」
「ず、随分と食べましたね・・・」

バイエルが突然テーブルから顔を上げた。
どうやらお腹がいっぱいになったらしい。

「・・・あの量を食べちゃったんだ」

アルスは皿の上のパンの減りようを見て驚いた。









         





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