「シオン・・・どうしたんですか、何の手紙だったんですか?」
「・・・・・・」

片手に持っている封筒と手紙にゆっくり視線を移しながら、シオンはため息をついた。

「・・・ロイアからの手紙だった」
「ロイア様?!」

イルとアルスは驚いて声を上げた。

ロイアとは、メヌエット王国の第二王子。
ケッセル王には二人の子供がおり、第一王子がビアンカ・ダル・リレイヴァート。
2歳違いの弟、第二王子がロイアである。

シオンの両親はメヌエットで暮らしていたため、シオンはロイアとは知り合いだった。
イルもよくメヌエットには訪れていて、ロイアのことは知っていた。

「それで・・・どういう内容だったんです?」
「なるべく早く、メヌエットに来いだってよ。頼みたいことがあるからって」
「・・・頼みたいこと?」

イルは首をかしげた。

「何をしてもらいたいんでしょうか・・・?」
「メヌエットの状態を考えれば・・・何となく察しはつくよな」
「・・・ま、まさか・・・」

イルとアルスは顔を見合わせた。

「もしそうだとしたら、ロイアはイルにも来てもらいたいだろうけど」
「・・・・・・」
「イルさん・・・」

イルは難しい顔をして下を向いた。

「・・・それで、シオンは行くんですか?」
「んー・・・」

シオンは天井を見ながら頭をかいた。

「仮にも一国の王子さまに呼ばれて、行かないってワケにはなあ・・・」
「兄さん、ぼくも一緒に行きます!」

シオンの服を掴みながらアルスは必死に言った。

「アルス?」
「兄さんを一人で行かせたくないから・・・」
「はは、平気だって」

またシオンはアルスの頭を叩いた。

「何も心配することないだろ、俺の実力はアルスもよーく知ってるだろ。アルスはコンチェルトで待っててくれよ」
「でも・・・」
「じゃあ俺、イリス様と王様に話してくる」
「・・・え、ええ」

シオンは足早に部屋から出て行ってしまった。
バタン、と閉じた扉を見ながら、イルとアルスはしばらく何も言えなかった。






数日後、メヌエットからシオンの迎えが来た。
そしてメヌエットの王宮についたシオンは、いきなりロイアの私室に通された。

「ロイア様、シオン・キュラアルティをお連れしました」
「分かった」

二人の家来に挟まれる形でシオンはロイアの部屋まで連れて来られた。
その二人はロイアの後姿に一礼をして、去っていった。

後ろで扉が閉められる音に顔をしかめながら、シオンはロイアに歩み寄った。

「・・・おい」

呼びかけるが、ロイアは机に向かったまま返事をしない。

「おい、ロイア」

二度目の呼びかけに反応してようやくロイアは持っていたペンを机に置いた。
そして、くるりと椅子を回して振り返る。

メヌエットの王族特有の赤い髪を後ろに振り払いながら、ロイアはシオンを見上げた。

「よく来てくれたな、シオン。久しぶりだな」
「何の用だよ、突然呼びつけやがって」
「まあとりあえず茶でも出してやる。そこに座ってろ」

指差された椅子にしぶしぶ腰をかけ、扉に向かって歩くロイアを目で追った。
ロイアは部屋の外にいる召使たちに指示を出している。

シオンは部屋の中を見渡した。
第二王子とはいえさすが一国の王族の部屋だけあり広くて豪華だ。
床は磨き抜かれた石がぴったりと敷き詰められていて、その上に惜しげもなく毛足の長いじゅうたんが広げられている。

その上に土足で上がるのは気が引けたが、シオンはそれを気にしていない風を装って歩いた。

「・・・わかんねーな、何考えてるのか・・・」
「分からないのか?」

気づけばロイアが背後に立ち、シオンが座っている椅子の背もたれに肘をついてシオンを見下ろしていた。

「あ、えっと・・・違う、そうじゃなくて・・・」

ロイアの金色の目が、シオンは苦手だった。
心を見透かされそうな気がして、シオンは慌てて視線を逸らす。

「な、何の用なのか聞いてんだよ」
「ああ、そうだったな」

ロイアは右目にかけている眼鏡を直しながらシオンの向かいの椅子に座って足を組んだ。
シオンより2歳年上のロイアは、シオンよりも少し背が高い。

テヌートは髪が白くて小柄な者が多い人種である。
シオンはテヌートの中でも背が高い方だったが、ロイアよりは低かった。

「今、この国の・・・」

そうロイアが言い出したとき、扉がノックされた。
ロイアはタイミングの悪さに不満そうに立ち上がり、扉の鍵を開けてお盆を受け取った。

片手でそれを持って、また扉の鍵を閉めた。

「馬鹿に戸締りすんだな・・・ロイアがお茶並べるの?」
「お前にしか今は話せないことだからな。人払いしてある」
「・・・俺しか話せないこと?」

目の前に置かれたティーカップに手を伸ばしていいのか考えた。
シオンのためらいがちな手の動きを見て、ロイアは笑った。

「別に毒なんか入ってないぞ。交換してやろうか?」

可笑しそうにシオンのカップに手を伸ばした。
慌ててシオンはそれを制してカップを自分の方に引き寄せた。

「い、いや・・・そんなこと思ってねえって」

そう言いながら、シュガーポットから角砂糖を4つ取り出してカップに入れた。
そしてティースプーンでがちゃがちゃとかき混ぜる。

「相変わらず甘党だな・・・甘ったるくないか、それ」
「俺はこれでいいんだよ」

シオンは甘いものが好きだったが、ミルクも砂糖も入れない紅茶はそもそも苦手だった。
砂糖を溶かし終わった紅茶をすすり、無表情のままカップをソーサーの上にまた置く。

香りもよく、ものすごくおいしく感じたがシオンは黙っていた。

「うまいだろ?最高級の茶葉だからな」
「・・・俺と紅茶の話がしたかったのか?」

シオンはカップから半分見えるロイアの顔を睨みつけた。
ロイアはそれにまた笑って、自分もカップに口をつける。

「そう焦るなって・・・ま、突然呼び出したのは悪かったよ」

カップを机に置いて両手を目の前で組んだ。

「さっき言いかけたが・・・この国の王権が揺らいでいるのは知ってるな?」
「ケッセル様・・・やっぱりよくないのか?」
「数日間眠り続けて、数時間起きる程度だ。もう危ないだろう」
「・・・・・・。」

シオンは複雑な気持ちで下を向いて黙った。

王様といっても、ロイアにとっては父親である。
あとわずかの命だと思えば、辛いはずだ。

「父上が亡くなれば・・・普通はどうなるか分かるな」
「王位継承者のビアンカ様が、次のメヌエット国王に即位して・・・」
「そうだよな」

ロイアはあごに手を当てて、目を閉じた。

「俺が、国王になりたいと思ってると言ったら?」
「・・・え?」

何となく分かっていたような気がして、シオンは遅れて返事をした。

「兄上より俺の方が国王にふさわしい。俺なら国民を幸せにできる」
「・・・どこからその自信が来るんだよ」
「じゃあシオンは、俺より兄上の方がよくできた人間だと思ってるのか?」
「・・・・・・。」

ロイアの兄ビアンカは、政治には全く無関心な人だった。
普段から王権なんて興味ない、と口ぐせのように言っていて、毎日自分の部屋にいるか外をぶらぶらと散歩していた。

その反面、ロイアは日々勉学に勤しみ父ケッセルの補佐をつとめていた。

「よくできたかはおいといて・・・ロイアの方が王様っぽくはあるけどな」
「そうだろ?」

ロイアは少し嬉しそうに頷いた。

「だから、シオンに協力してもらいたい。俺が政権を取れるようにな」
「・・・・・・。」

またシオンは黙った。

「ビアンカ様と、穏やかに話し合いでもすりゃいいだろ・・・」
「それができればお前を呼んだりはしない」
「何でできねえんだよ・・・それとももう話したのか?」

むすっとしてシオンは聞き返した。

「ケッセル様が起きていらっしゃる時に報告して、覚書を書いてもらえばいいだろ」
「そんなもの、この国じゃ意味がない」

ロイアは目を閉じて首を振った。

「穏やかに解決しようとする奴は、大抵失敗するんだ。前のコンチェルトの内戦だってそうだっただろう」
「・・・まあ」
「たとえ父上がそう書いたとしても、正統な王位継承者は兄上だ。だとすれば兄上につく人間が黙っていない」
「ケッセル様が言っても、やっぱりダメか」
「兄上を慕う人間も多いし、伝統に縛られてる国だからな」
「はあ・・・」

シオンは段々話しているのが嫌になってきた。
ロイアの話の運び方からでは、どうしても逃げられそうもない。

「いいか、シオン。お前は俺の軍のカペルマイスターにする。極秘で俺が集めた軍の頂点に置くからな」
「・・・カペルマイスターか・・・」

カペルマイスターとは、作戦を考えて軍を指揮し動かす実質の最高司令官のこと。
軍隊を持つ国には、必ずカペルマイスターがいる。
そして、カペルマイスターが優秀かどうかで勝敗が決まるものである。

「俺を王位につけようとする人間は大勢いる、シオンなら兄上の軍など一ひねりで倒せるだろう」
「・・・そのクーデターで、ビアンカ様はどうする気なんだ?」

シオンは、一番気になっていたことを尋ねた。
大抵、王位を追われた人間は投獄されるか殺されるものである。

「ビアンカ様を殺せって言うなら・・・俺は断る」
「ふふっ」

それを聞いて、ロイアは不敵に笑った。
眼鏡が怪しく光った気がして、シオンは少しその目に怯えた。

「お前に拒否はできない。」
「え?」
「・・・アルスがどうなってもいいのか?・・・と、言ったらどうする?」
「なっ・・・」

ガタン、と大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
そしてロイアに詰め寄った。

「アルスに何をする気だ!?ロイア、お前でも容赦しねえぞ!」
「・・・弟のことになると急に頭に血が上るんだな」

服を掴まれたまま、ロイアは両手のひらを上に向けて首をゆっくり動かした。

「別にどうもしない。お前が承諾してくれればな」
「・・・・・・」

シオンは、すっとロイアから手を離した。
それでも、ロイアの目を睨みつけたまましばらく動かなかった。

「・・・俺が、今コンチェルトの王宮で剣術や兵法の講師やってるのも、全部アルスのためだ。」

自分にも言い聞かせるように、シオンは言った。

「父さんにも、アルスを頼むって言われてる。俺にとってアルスは一番大切なんだ」
「随分と弟想いだな」
「当たり前だろ」

腕を組んで、向いている方向をふいっと変えた。

「今じゃただ一人の家族だ。アルスに何かあるとしたら・・・俺は本気になるからな」
「分かってる分かってる」

またロイアは首を振って笑った。

「お前と言い争い、ましてや殺し合いをするためにお前を呼んだんじゃないんだからな」

急に表情から笑みを消してシオンを見る。
その視線に、またシオンは身構えてしまった。

「シオン、お前しかいないんだ。引き受けてくれるか?」
「・・・・・・」

シオンは両手を握ってしばらく床を見つめた。

「・・・ああ、いいよ。ロイアには借りがあるからな・・・」
「恩を売った覚えはないけどな?」

ロイアは顔に手を当てて笑った。
それを見て、シオンも少しだけ笑ってしまった。









         





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