「おーい、アルス」
「あ、兄さんお帰りなさい。イルさんも」
「こんにちはアルス」

シオンの部屋に帰ってきた。
シオン、イル、バイエルの順で部屋に入る。
最後尾の人物に、アルスは首をかしげた。

「・・・あれ?その子は?」
「マラカ姫だと思って声掛けたら、こいつだったんだよ」
「へえ・・・初めまして」

アルスはバイエルの前まで歩み寄り、微笑みながら頭を下げた。
バイエルはどうして良いか分からず戸惑っている。

「・・・・・・。」
「・・・ええと」

反応がなく、アルスは自己紹介をすることにした。

「ぼくはアルス・キュラアルティっていうんだ、きみは?」
「・・・バイエル」
「何歳?ぼくと同い年ぐらい?」
「・・・・・・」

またバイエルは黙ってしまった。
アルスは慌ててシオンに話題を振った。

「兄さん、この子女の子みたいに可愛いですね」
「ああ・・・え、男っ?!」
「男の子なんですかこの子?!」

シオンとイルは飛び上がって驚いた。

「おい、お前男なのか!?」
「・・・ぼくは女の子じゃないよ」
「そ、そうだったんですか・・・」
「兄さんたち、分からなかったんですか・・・?」

アルスはぽかんとして言った。

「全然・・・アルス、良く分かったなあ・・・」
「男の子ならシオンも悪さしようがありませんね」
「人聞きが悪いな!大体お前は・・・」
「ねえ」

またバイエルがシオンの服を引っ張った。

「お腹すいた」
「・・・・・・。」

バイエルを見下ろして、シオンは止まった。

「・・・あ、そーだったな・・・アルス、何か適当に作ってやってくれ」
「適当にって・・・何が良いですか?」
「パンでも焼いといてくれよ、俺 魚釣ってくるから」
「え、シオン、今からですか?」
「すぐだよ裏の川だし。バイエル、お前も一緒に来いよ」
「・・・・・・?」

バイエルは不思議そうな顔でシオンを見上げた。

「面白いぞ釣りは。イルも来るか?」
「そんな遊びに付き合ってられません」
「釣りを馬鹿にすんなよ!奥が深いんだからな。浅いお前には分かんねーなっ」
「何ですって?!そんな退屈なお遊びはシオンにお似合いですね!」
「大物が釣れても食わせねえぞ!」
「結構ですよ!」

それを見てアルスは苦笑した。

「まあまあ・・・」
「アルス、シオンが川で遊んでいる間にとっととパン焼いちゃいましょう」
「即行で釣ってきてやるからな、待ってろよアルス」
「あ・・・はい・・・」

どちらにも返事をする意味でアルスは頷いた。

「じゃ、行くぞバイエル。これ持っとけ」
「・・・何これ?」
「バケツ。あとこの道具箱も持って」
「・・・うん」

自分は釣竿を持って、シオンはバイエルを連れて部屋から出て行った。

「じゃ、私も手伝いますよアルス」
「ありがとうございます、じゃあそこの棚の薄力粉とってください」
「はいはい」

居残り組は、楽しくクッキングを始めた。



城の裏門から細い道を抜けると、そこには王宮の裏を流れる川がある。
そこへバイエルを引っ張ってきて、シオンはうきうきと準備を始めた。

「・・・ねえ」
「ほらこれは毛ばりって言うんだぞ、これに魚が食いつくんだよ」
「・・・・・・。」
「でも今使うのはこっちな。ルアーっていうんだ」
「・・・・・・。」

バイエルはぺたん、と大きな石の上に座り込んだ。

「・・・あれ、どうした?」
「お腹すいた・・・」
「もーすぐだって。ほら釣るから見てろー」
「・・・・・・。」

浮かない表情ではあったが、興味深そうにバイエルはシオンを見ていた。
釣り糸の先の浮きを目で追う。

上手く釣竿を動かすと、すぐにあたりが来た。

「よーっしゃ釣れたっ!バイエル、バケツに水入れて」
「・・・うん」

石から立ち上がり、バイエルはバケツを持って川に向かった。
その間にシオンは網を使って魚を引き上げていた。

釣り針を魚から外している間に、バイエルがよろよろとバケツを持ってきた。

「はい」
「お、ありがと・・・って、水少なすぎるな」

網に入ったビチビチと跳ねる魚を置いて、バイエルから受け取ったバケツを持った。
そしてまた水を入れ直しに行った。

「よしっ。なかなかでかいな」
「・・・・・・」

バイエルはバケツの中の魚を見て、あからさまに嫌そうな顔をした。

「どうした?」
「・・・気持ち悪い」
「へっ?」
「変だよこれ・・・気持ち悪い・・・」
「食材に対して失礼だぞっ!」
「・・・え?」

シオンはバイエルの肩をぽんぽん、と叩いて言い聞かせた。

「この魚はライギョっていうんだ、本当に美味いんだぞ。感謝して食べないと」
「・・・感謝して?」
「そ。魚さんにありがとうって言いなさい」
「・・・・・・」

バケツの中でゆっくり泳いでいる魚を見下ろして、バイエルは むーっと口を尖らせた。

「・・・ありがとう魚さん」
「よしよし!偉いぞ!」

バイエルは訳が分からず、じとっとシオンを見た。
魚の入ったバケツを平らなところに置いてから、またシオンは釣り糸をたらした。

「あと2匹ぐらい釣れたら良いかな。待ってろよ〜」
「・・・うん」

シオンは、魚釣りをしている時は魚以上に生き生きしている。
しかしバイエルの空腹は、すでに限界近くまで来ていた。

「・・・お腹空いた・・・」

そして、じーっとバケツの中のライギョを見つめた。

シオンは真剣にルアーを動かしている。
全神経を、手元に集中させて、そして今だ!という瞬間に竿を引き上げた。

見事2匹目の魚がかかった。

網でまた魚をすくい上げる。
バイエルにバケツを持ってきてもらおう、と振り返った。

後ろでは信じられない光景が広がっていた。

「ばっ・・・馬鹿!!何やってんだバイエル!!」
「・・・ん」

魚が入った網を足元に放ってバイエルに駆け寄った。

「川魚をそのまま食うな!!寄生虫も食う気かっ!!」
「・・・んー」
「んーじゃない!!早く口から出せ!頭からかじるな!!」

うえっ、とバイエルは口から魚を吐き出した。
ライギョのエラの辺りにバイエルの歯形がついてしまった。

「・・・信じられねえことをするな・・・」
「お腹空いたんだもん」
「料理するまでも待てねえのか!あと5分待ってろ!!」
「・・・はーい」

名残惜しそうに魚を見下ろして、バイエルは立ち上がった。

「・・・魚をそのまま食べようとするなんて・・・何じゃこいつは・・・」

バイエルは、シオンの横に座って釣りを見始めた。
変な子供を引き受けたな、とシオンは思った。

しかし、数秒するとまた魚がかかった。
剣術より、釣りの技術の方が優れているのかもしれない。

そして、シオンはわずか数分で5匹もの魚を釣り上げた。

「そろそろ良いか・・・よし、帰ろ」

道具一式をまとめて、シオンは立ち上がった。
バイエルは空腹のあまり、川の縁にへたり込んでいる。

「おーい、待たせてゴメンな。もう帰るぞー」
「・・・うう」
「大丈夫か?そんなに腹減ってんの・・・?」

何日間も飲まず食わずだった人のような状態のバイエルを見てシオンは不安になった。

「な、なんでそんなに腹空かしてんだ?」
「全然・・・食べてないから・・・」
「どれくらい食べてなかった?」
「・・・うーん・・・寝てた間ずっと」
「・・・そりゃ人間はそうだろうよ?」

とにかく立ち上がって歩いて帰らなければ料理もできない。
シオンはバイエルを立ち上がらせるために腕を持ち上げた。

「ほら立って立って。美味しい魚のフライのサンドが待ってるぞ」
「・・・うん・・・」

よろけつつも、何とか立ち上がった。
しかし膝に力が入らずふらふらしている。

「おいしっかりしろよ」

と手をつなごうとした時、バイエルは力尽きて倒れてしまった。
川の方向へ。

「わーっ!!おい!!」

ざばーん。
と、音を立ててバイエルは川に落ちてしまった。

シオンは急ぎつつも丁寧にバケツを地面に置き、バイエルに向かって手を伸ばした。

「おい、つかまれっ」

バイエルの腰ほどしか水位がないので、おぼれることはない。
しかし頭から足まで完全に着水したバイエルは、全身びしょ濡れだった。

「・・・・・・。」
「・・・ほ、本当に何なんだよ・・・」

バイエルを引き上げて、シオンはため息をついた。
あまりの空腹にバイエルの目は虚ろだ。

「おーい、歩けないぐらい腹減ってんのか・・・?」
「・・・フレイ・・・」
「へ?」

バイエルはへたり込んでしまった。

「フレイの部屋に行きたい・・・」
「はっ?フレイって、お前を連れてきたあいつ?」
「お腹すいたもん・・・もうやだ・・・」
「ちょ、ちょっと・・・」

シオンはおろおろと辺りを見回した。
もう今すぐ何かを食べさせないとダメなようだ。

しかしここには釣ったばかりの魚と、釣り道具しかない。

頭をフル回転させて、そうだ、とシオンは思いついた。

「そうだ、エサ箱!この中に確か・・・」

今日は使う予定がなかったが、道具箱の中にエサを入れる箱があった。
急いで ぱこっ とそれを開け、中身を掴んだ。

丁度箱に収まるように、硬くなった食パンが入っていた。

「あの、これ2日前のパンだけど・・・食うか?」
「パン?」

シオンの手の上の豆腐のような真四角のパンを見た。
そしてそれをぱっと手から奪い取り口の中に放り込んだ。

「・・・うわお」

がりがりがりと音を立てて固いパンを噛み砕く。
シオンはいよいよ恐怖を覚えた。

「と、とにかくバイエル、もうここには食い物はないから城に戻るぞ」
「・・・ん」
「アルスも待ってるだろうから。早く」
「・・・レオ、出てきて」

バイエルはパンを咀嚼しつつ手のひらを上に向け、レオを出した。
そしてその上によじ登った。

「うわ、このライオンは・・・」
「レオ、お城に戻って。急いで」

その声を聞いたレオは、一目散に走り出した。
バイエルは振り落とされないようにレオのたてがみを握っている。

「お、おい、ちょっと待てっ!」

あっという間に遠くに行ってしまったレオを、シオンは道具一式を抱えて走って追いかけた。
だが魚が入ったバケツを持ってでは、なかなか思うように走れなかった。









         





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