一方、ここはフレイが目指しているコンチェルト国。

「今日の講義はここで終わりっ!」

王宮の中庭でシオンは兵士達に号令をかけた。

コンチェルトにはカペルマイスターという身分はないが、王宮剣士という称号を受けた、
国の中で最も兵法と戦術に優れた人間が存在する。

シオンは、その王宮剣士としてコンチェルトに招かれている。
講義と訓練が終わり、シオンは自分の剣ルプランドルを鞘にしまった。

「兄さん、お疲れ様です」

タオルと飲み物を持って、アルスが走ってきた。

「お、ありがとな」

ビンを受け取って、その中の水を飲み干した。
レモンが少し入った水のようだ。

「先ほど、ビアンカ様に会ったんです」
「ビアンカ様?何してた?」
「また何か・・・新しい道具を作ったとかで」
「道具?」

そう言った瞬間、シオンはビアンカからもらったファシールを思い出した。
今も、ポケットの中に入っている。

しかし魔法の道具以外、普通の道具も作ったりするのでビアンカの創作ジャンルは広い。

「・・・また臼と杵みたいなやつ?」
「見せてもらったんですけど、すごく大きなわっかでした。鏡なんだそうです」
「わっか・・・鏡??」

シオンは首をかしげた。

「ジェイド・・・何とかっていう名前でした、綺麗でしたよ」
「ふうん・・・何に使うんだろうな・・・」

自分の部屋に向かってシオンは歩き出した。
その横をアルスが追いかける。

「そういやアルス、イリス様の他にあのマラカ姫の食事も運ぶんだって?」
「あ、そうなんですよ」

あはは、とアルスは頭をかいた。

「何かあったか?」
「いえ・・・セレナードの王族の方に直にお会いできるなんてすごい特権ですから」
「でもあの姫どうするんだろうな・・・置いておくわけにはいかないだろ」
「今日、セレナードから迎えが来るそうですよ。」
「え、そうなの?」

部屋にたどり着き、シオンは扉を開けた。

「そろそろ到着するそうです。団体さんでしょうね」
「だろうな・・・でもさ」
「え?」

部屋の奥に入り、シオンはベッドに ぼすっ と腰をかけた。

「どうしてマラカ姫はメヌエットで見つかったんだろうな・・・」
「あ、バルカローレに行く途中で行方不明になったんでしたっけ?」
「ロイアからもろくに説明がないし、マラカ姫とは俺は会えないしさ」
「兄さんなら大丈夫だと思いますけど・・・」
「アルス、もし話す機会があったらちょっと訊いてみてくれよ」
「そうですね、何があったのか詳しく知りたいですし」

アルスはタオルを水につけてじゃぶじゃぶと洗った。

「・・・そういえば、イリヤさんは・・・」

シオンの言葉に、はっとアルスは手を止めた。

「イルさんの力とあのシードっていう杖で致命傷じゃなくなったみたいですけど・・・」
「でも、まだ目を覚ましてないんだよな・・・」
「そうですね・・・イリス様も心配なさってます」
「衝撃を与えて目を覚ましてもらうわけにもいかないし、どうしたらいいんだろうなー・・・」

と言いながら、シオンはふと窓の外を見た。
そこには、見慣れない青い髪の子供がいた。

「・・・アルス、あれか?マラカ姫って」
「うーん・・・遠くて良く見えないですけど・・・髪の色はあんな感じでしたね」
「一人で外にいるなんて危険だな、ちょっと俺行ってくる」
「あ、はい」

シオンはルプランドルを腰にさげて、部屋から走って出て行った。
それを見送った後、アルスは窓の外をもう一度見下ろした。

「・・・でもちょっと雰囲気が違う気がするなあ・・・」






「セレナードより、マラカ姫を引き取りに参りました。カペルマイスターのフレイ・エコセーズと申します」

書状を見せて、フレイはコンチェルト王宮に入ることが出来た。
コンチェルトは中立国家なので、割とセキュリティも甘いらしい。

「遠いところをご苦労様です、こちらでお待ち下さい」

待機する広い部屋に通されて、フレイは椅子に座った。
反対側にある大きな扉から、連絡があるのだろう。

案内されてここまで歩いてきたが、そこでようやく相棒がいないことに気づいた。

「・・・あ、あれ!?バイエルが・・・!」

後ろからついて来ていると思っていたバイエルの姿が、その部屋のどこにもなかった。
フレイは慌てて立ち上がった。



「フレイが・・・いなくなっちゃった・・・」

門の中には入れたが城の中に入れず、バイエルは庭でうろうろしていた。
王宮の門の中にいる人間は入ることを許可された者ばかりなので、バイエルが歩いていても周りの人は特に気にしていないようだ。

しかしそのことがかえってバイエルにとっては困った。
フレイの姿を探してきょろきょろするが、どこにも見当たらない。

その時、バイエルの後ろからシオンが走ってきた。

「マラカ姫?」
「え?」

声を掛けられ、バイエルは振り返った。
そして、シオンの顔を見て顔を引きつらせた。

「あっ・・・!!」
「え、なに?」

シオンが思っていなかった反応が返ってきた。
バイエルはシオンの方を向きながら、少しずつ後ずさりした。

「逃げないで、城の中に戻ってくださいよ」
「・・・・・・!」

手を差し出されて、バイエルはさらに目を見開いた。
それを見て、シオンはどうもおかしいと思った。

「・・・もしかしてあんた、マラカ姫じゃない?」
「ぼくは・・・そんな名前じゃない・・・」
「あ、人違いか・・・迷子か?」
「・・・・・・お前は・・・」

歩み寄ろうとするシオンを、下からきつく睨みつけた。
初対面の人間になぜこんな反感を買っているのかシオンは分からなかった。

「とにかく一緒に来いよ。謁見に来た人の子供か?ほら」
「アリエスっ!!」
「うわ!」

差し出された手を、アリエスの防護壁で弾いた。
シオンは驚いて手を引っ込めた。

「な、何すんだよ!」
「・・・その顔、間違いない・・・」
「へ・・・何が・・・?」
「ぼくのパパとママを殺しに来たカペルマイスター!許さないっ!」
「ち、ちょっと!!」

バイエルが手を振り下ろすと同時に、アリエスがシオン目がけて走り出した。
アリエスの目の前に出現した透明の壁を、ルプランドルの鞘で受け止めた。

そして、後ろに飛び退いて間合いを取った。

「アリエス、戻ってきて」

その声に反応して、アリエスは光の玉になりバイエルの手の中に戻った。
そして、またバイエルは手のひらを上に向けた。

「・・・な、なんだありゃ?」
「打ち砕け、おうし座のタウルスっ!」
「わっ・・・」

シオンの背ほどもある白い牛のぬいぐるみが現れた。
そして、シオンに向かって突進してきた。
先ほどのアリエスより重そうで、ぶつかったら威力も数段高そうだ。

シオンは今にもぶつかる、という瞬間に跳び上がった。

「あっ!」

避けられたことに驚き、バイエルは声を上げた。
タウルスはそのまま直進して、シオンの後ろにあったレンガの壁に激突した。

「・・・うわわ」

ガラガラと崩れ落ちる壁を見て、その威力にシオンはぞっとした。
タウルスがしばらく動けなさそうなのを見て、バイエルに呼びかけた。

「おい、お前っ!」
「・・・・・・」
「何か変なこと言ってたけど、俺はお前の父さんも母さんも知らねえぞ!」
「・・・え?」
「とにかく、そのカペルマイスターは俺じゃない!な、落ち着けって」
「・・・・・・」

どうしていいのか分からない様子で、バイエルは視線を泳がせた。
シオンはまたあのでかい動物で攻撃されては大変だと思い、必死に説得を続けた。

「お前、どこから来たんだ?家はどこなんだ?」
「・・・セレナード」
「俺はセレナードには行ったことがない、だからそれは別の人だ、だから・・・」
「嘘だっ!!」

バイエルは叫んで首を振った。
そしてタウルスに駆け寄り、タウルスを自分の中に戻した。

「う、嘘じゃねえって・・・」
「だってぼく顔を見たもん!」
「・・・いや、だからそれは・・・」
「いやだ、来ないで!!」

シオンがなだめようとまたバイエルに近づいたが、バイエルはパニック状態だった。
体から出したホロスコープの光の玉を投げつけるように手を振り下ろした。

「噛み砕け、しし座のレオ!!」

至近距離で、レオが大きな口をあけて飛び掛ってきた。
シオンはとっさに後ろに下がりつつ剣を構えて防いだが、レオは牙をむいたまま強い力で押し返してくる。
それを必死に押し退けようと、シオンとレオは力をこめたまま硬直した。

その時。

「バイエル ダメだよ、やめて!!」

二人の横から叫び声が聞こえてきた。
その人物を見て、バイエルは力が抜けたように名前を呟いた。

「・・・フレイ・・・」
「ホロスコープを戻して!はぐれないでって言ったのに・・・!」

息を切らせてフレイが駆け寄ってきた。
バイエルは両手をレオに向けた。

「・・・レオ、戻ってきて」

その声に答えてレオはバイエルの体の中に戻っていった。

急に押されていた力がなくなって、シオンは前につんのめった。

「うわっ・・・」
「あ、大丈夫?!」

フレイは慌ててシオンに駆け寄った。

「ありがとな止めてくれて・・・あの子の保護者?」
「そ、そうだけど・・・ゴメンね・・・」
「・・・いや」

ふう、とため息をつきながらシオンはルプランドルを鞘に戻した。

「ここじゃ見ない顔だけど・・・あんた誰なんだ?」
「ぼくはフレイ。マラカ姫を引き取りにセレナードから来たんだ」
「ああ、姫のお迎えか・・・え、二人だけで?」
「うん・・・」

二人が話している横で、バイエルがフレイの服を引っ張った。

「なに?」
「お腹すいた」
「・・・・・・」
「お前な、人のこと殺しかけといて・・・」
「・・・フレイ」

シオンが悪態をつこうとしたのに、バイエルはまたフレイの服を引っ張った。

「こいつだよ。ぼくのパパとママを殺したカペルマイスター」
「・・・え?」
「だから違うって・・・俺じゃねえんだよそれは・・・」

説明をしようとしたときに、通路からシオンの良く知った人物が顔を出した。

「・・・シオン?何やってるんですかこんなとこで」
「重い一戦を繰り広げてたんだよ」
「訓練中じゃないんだからやめてくださいよ。あの壁壊したのシオンですか?」
「んなわけねーだろっ」

登場したのはイルだった。
手には数冊の本を持っている。

「・・・え、じゃあ誰が?あの頑丈なレンガを・・・」
「こいつ」

親指でバイエルを指差した。

「こんな子供が?冗談は頭の悪さだけにしてくださいよ・・・」
「本当だって言ってるだろ!俺は死にかけたんだぞ?!」
「・・・そんなアホな・・・」

言い合っている二人の前に、フレイが出て行った。

「ごっ、ゴメンね本当に・・・」
「え・・・どちら様ですか?」

イルはきょとん、としてフレイを見た。

「ぼくはフレイ、この子はバイエル。マラカ姫を迎えに来たんだけど・・・」
「保護者ならちゃんと監視しとけよ・・・そんな危ないやつを野放しに・・・」
「だからこの子のどこが危ないんですか!」
「イルは見てないから分からねえだろうけど変なでかい動物が出てきたんだよ!」
「そんなことあるわけないでしょうが!!」

再び言い合いをはじめたシオンとイルを見て、バイエルは手をぱっと上に向けた。

「アリエス、出てきて」

ぽん、とアリエスが出現した。
なぜ出されたのか分からない様子でバイエルをじっと見ている。

「・・・・・・え?」

イルはアリエスを見て凍った。

「・・・これ、どこから出ました?元からいました?」
「だからそのバイエルって子が出したんだよ」
「・・・出す?出すってどうやって・・・」

その時、城の中から人が走ってきた。

「マラカ姫の迎えの方、そこにいらっしゃいましたか!」
「あっ」
「城内の控えの間でお待ち下さい、こちらです」
「は、はい・・・あの」

フレイは使いの人の方に走りながら振り返った。

「なに?」
「申し訳ないんだけど、バイエルを見ておいてくれる?」
「こ、こいつを?!何で!」
「おねがいします!」
「あっ、おい・・・!」

城の中にフレイは走って行ってしまった。
残されたバイエルを見ながら、シオンはため息をついた。

「・・・お前、バイエルだっけ?」
「うん」
「いいか。人を信じることを覚えなさい。俺はお前のことを今日初めて見たんだぞ」
「・・・・・・」

バイエルは難しい顔でシオンを見つめた。

「・・・難しいかもしんねえけど。まあいーやちょっとこっち来い」
「その子をどこに連れて行くんですか?」
「イルも来るなら来いよ、俺の部屋だよ」
「シオンがその子に悪さをするとも限りませんからね、見張りに行きますか」
「誰が!何をするってんだよ!イルみたいな奴の方が案外危ないんだぞ」
「しっ失礼な!こんな子供に何をするって言うんですか!」
「・・・ねえ」
「「え?」」

バイエルは二人の服を引っ張った。

「お腹すいた」
「・・・あ、分かった、何かアルスに作ってもらお」
「私も何か持っていきますか・・・」

バイエルの一言で言い争いが終了した。
3人は城の入り口から中に入っていった。









         





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