フレイはトルライトからマラカを迎えに行ってくれと言われた次の日に、
大勢の供を断って、バイエルと二人だけでメヌエットに来ていた。

「バイエル、絶対にはぐれちゃダメだからね」
「うん」

ここはメヌエット国の北に位置する大きな町、ホルン。
首都グロッケンとは目と鼻の先だ。

バイエルは大きなアリエスに横向きに座り、フレイの手を掴んでいる。

「あとどれくらい?」
「もうすぐだよ、ここからグロッケンはすぐだからね」
「ふーん・・・」

何気なく周りを見渡したバイエルに、フレイはぎくっとした。

そして、フレイが恐れていた言葉をバイエルは口にした。

「フレイ、お腹空いた」
「・・・・・・。」

フレイはがっくりと肩を落として下を向いた。

「我慢・・・できない?」
「お腹空いた・・・でも・・・」
「・・・でも?」

バイエルはフレイを見上げた。

「我慢しなきゃいけないならするよ。する」
「・・・えーと・・・」

思いがけないバイエルの申し出に、フレイの方が戸惑った。

「・・・本当に大丈夫?平気なの?」
「フレイが困るなら何もいらない。早くお城に行こうよ」
「・・・は、はい」

フレイはぽりぽりと頬をかいた。
そして、口の中で どうしたんだろう・・・と呟いた。






「つ、ついた・・・ほら、ついたよバイエル!」
「・・・・・・。」

バイエルは空腹の限界を超えてアリエスの背中でぐったりしていた。

「た、大変だこれは・・・すみません、そこの人!!」

メヌエットの首都グロッケンの王宮にたどり着いた二人。
フレイは城門にいる兵士に必死に手を振った。
声を掛けられた兵士は何事かと驚いて振り返った。

「ぼくたちセレナードの使いで来ました、王女を引き取りに・・・それで、これが書状で、
ちょっと何か食べさせてください、入りまーす!」
「え、ちょっと・・・」

書状をヒラヒラと見せながら走り、開いていた城門を中央突破した。
アリエスもバイエルを落とさないように気をつけながら走っている。

後ろからちょっと待て、と声が聞こえたがとにかくフレイは城の中に急いだ。

「・・・・・・なんだ貴様は?」

城に入ってすぐの広い廊下に、数名の召使いを従えてロイアが歩いてきていた。
どうやらこれから外にお出かけの様子だ。

「あ・・・初めまして」

フレイとアリエスは立ち止まった。

「・・・もしかして、セレナードのカペルマイスターか?」
「あ、はい!そうなんですけど・・・」
「けど?」

フレイはバイエルを指差して思い切って言った。

「・・・この子がお腹が空いて死にそうなんです、何か食べさせてください!」
「・・・・・・は?」

ロイアは眼鏡がずれるほどがくっと力が抜けた。



「・・・お前達ほど無作法な来客は初めてだな・・・」
「あ・・・ええと、申し訳ありません・・・」

高官達が食事をする部屋に連れてこられた二人。
ロイアは領地視察を取り止め、フレイの向かいに座っている。

バイエルに早く何か食べさせないと、という一心でいたが落ち着くと急に恥ずかしくなった。

「突然城に入ってしまって・・・」
「・・・まあいい、どう入ろうといずれ入れるんだから同じことだ」
「・・・は、はい」

ロイアは頬杖をついてバイエルを見た。

「この女はお前の何なんだ?」
「へ?」

バイエルはがつがつとパンにかぶりついている。
フレイが何度も正してはいるが、正しい作法とは程遠い食べ方だ。

「この子は・・・訳あってぼくが面倒を見ています。」
「王族か?」
「えっ?」
「髪の色がセレナードのファルゼット王家と同じだろ」
「・・・・・・。」

バイエルのいたラベル城、ラベル家はセレナードの王室と必ず縁のある人物が受け継いでいる。
王家ではないにしろ、バイエルにファルゼット王家と関係はある。

しかしそのことは、禁止魔法の使用により処刑されたバイエルの両親ミュートとネウマのことや、
バイエル自身処刑されるべきだったということが知られてしまうため秘密にしなければならなかった。

ロイアは困った表情を見せたフレイにふふっと笑った。

「訳あって・・・か。本当に訳ありらしいな。セレナードの王室がどうあろうと俺には関係ない。訊かないでおいてやるか」
「・・・は、はい・・・」

フレイは直感的に、この人苦手だなと思った。

その時、また新しい料理が運び込まれてきた。
料理を持ってきたのはレインだった。

「レインか、配膳係にでもなったのか?」
「いいえそこを通りかかったので。重要なお話中ですか?」
「まあな」

レインを手のひらでさした。

「こいつはメヌエットのカペルマイスターだ。名前はレイン」
「はじめまして。」

レインが料理の皿を置いて頭を下げた。
フレイもそれに合わせて戸惑いながらも会釈をした。

「ロイア様、この方々は?客人ですか?」

レインの問いに、ロイアはまた不敵に楽しそうに笑った。

「レイン、この方はセレナードのカペルマイスターで在らせられるぞ」
「・・・ええっ?!」

ロイアの予想通りの反応がかえってきた。

「セレナードのカペルマイスター・・・?あなたが?!」
「は、はい」
「あの難攻不落といわれたラベル城を攻略したカペルマイスター!お会いできて光栄です!」
「そ・・・そーですか・・・」

フレイにとっては思わぬ反応で、これまた戸惑った。

「5年前、先々代カペルマイスターのルシャンの無念を晴らし、無事任務を遂行なさったのですよね!」
「え、えーと・・・」
「どんな方かとずっとお会いしたいと思っていました!思ったよりずっとお若かったですけど・・・」
「・・・・・・。」

早口にまくし立てられてレインのテンションについていけない。
その様子を面白そうにロイアは眺めている。

「おいくつなんですか?私と同じくらいに見えますが」
「・・・それはないと思いますが」
「えっ?」
「それくらいにしておけ、レイン」
「あ・・・はい」

ロイアに止められて、レインは残念そうに発言をストップさせた。
そしてロイアは骨付き肉に噛み付いているバイエルを見た。

「うまいか?」
「?」
「バイエル、ちゃんと答えなきゃ」

フレイは慌てて耳打ちをした。

「おいしいです、ありがとうございますって言うんだよ」
「うん、おいしいよ」
「そ、それを王様に言うの」
「そうなの?おいしいよ」
「・・・そうじゃなくて・・・おいしいですって言わないと・・・」

がくっと肩を落とすフレイを見てロイアは笑った。

「まるで兄弟か親子だな」
「・・・どうも・・・」

そこではたとフレイはここに来た目的を思い出した。

「そ、そうだ、マラカ様は・・・?」
「マラカ?ああそうだったな」
「どちらにいらっしゃるんですか?お会いしたいんですが・・・」

フレイは椅子から立ち上がった。
それを見てレインは首をかしげた。

「・・・マラカ王女?ロイア様、確かセレナードの王女は・・・」
「ここにはいない」
「ですよね」

フレイは目を丸くした。

「え、え?!こ、ここにはいない!?だってメヌエットで保護をなさったんでしょ?!」
「落ち着け、確かにメヌエットで保護はした」
「じゃあどうして・・・」
「・・・・・・」

ロイアは黙って下を向いた。
そして、ふふっと笑みを浮かべた。

「・・・さあな。半分は興味があったからだ。お前にな」
「ぼっ・・・ぼくに?」
「ラベル城を攻略した優秀なカペルマイスターがどれほどの人物かを見たかった・・・というのも理由だ」
「そんな・・・」

そんな理由で、と言いかけてフレイは口をつぐんだ。

「思わぬ収穫だったな。お前は・・・俺に似てるよ」
「・・・え?」

意外な言葉が返ってきて、フレイは思わず後ずさった。
椅子がガタッと音を立てた。

「それはどういう・・・」
「さあな。まあ今のところは安全だがメヌエットも不穏な状態だ。」
「え・・・不穏って・・・」
「俺の方から仕掛けるつもりはないがな。とりあえずマラカは中立国であるコンチェルトに送っておいた」
「コンチェルトですか・・・」

フレイは少し安心したように言った。

「コンチェルトとの国境まではレイン、お前がついて行ってやれ」
「はい、お任せ下さい」

手のひらをびしっと頭に当てて、レインは胸を張った。

「レインさんが・・・」
「道順はバッチリですよ、どうぞお任せ下さい!」
「あ、どうも・・・」

フレイは小さく頭を下げて、また椅子に座った。
その間も、バイエルはひたすら食べることに集中していた。






「はーあ・・・」
「どうした?」

一方ここはバルカローレとメヌエットの間の海を移動する船の中。
大中小、3種類の大きさの影が動いている。

貨物室の中で、荷物の間の狭いスペースに3人座っているようだ。

「何ため息ついてんだよ リム。珍しいな」
「そお?サビクみたいな兄を持つと弟は苦労するんだよぅ」
「な、なんだとっ?!」
「サビク・・・静かに」
「あ、ゴメン兄貴・・・」

3人とも白い髪、テヌートの三兄弟らしい。
ランプが真ん中に灯っていて、それにより3人の顔が照らされている。

「セレナードが戦意を持っているって情報をバルカローレに流したはいいけどさぁ」
「サビクが船のチケット海に落としたんだよね・・・」
「だ、だから悪かったって言ってるだろ・・・!」
「おかげで密航者の真似事じゃん。ラスアも偉いよねぇ怒らないなんて」
「・・・本当にゴメンな兄貴・・・」
「・・・・・・別に、あの」

長男はラスア、随分とおっとりした性格らしい。
しゃべるのも遅い。

「でも、元はと言えばリムが橋の上で俺を蹴り飛ばしたせいだろっ!」
「あれぐらいの攻撃を避けられないなんてぇ、サビクもまだまだだね」
「お前なっ・・・!」

いじられている次男がサビク。
小さいがサビクをからかっているのが末のリムで、人を食った性格である。

「兄貴、それでこれからメヌエットに戻ってどうするんだ?」
「ブラムさんの・・・話によると・・・えーと・・・」
「・・・・・・・・・。」

ラスアに話してもらうと日が暮れると思ったサビクは、無言でリムに説明を求めた。

「ブラムさんは、とりあえずぼくらにメヌエットにいてくれって言っただけだよ」
「じゃ、指示待ちか」
「そうだねぇ、とにかくぼくらが頑張らなきゃね」
「ああ、王子のためか・・・」

その時、貨物室の扉の前で足音がした。
船員の誰かがやってきたらしい。

「今、話し声がしませんでしたか?」
「まさか・・・ここには荷物しかないはずだが」
「ちょっと開けてみますよ」

「・・・・・・!」

三兄弟は驚いて硬直した。

「やめておけ、荷物はかなり不安定に積まれている。面倒なことになるぞ」
「そうですか・・・そんな部屋じゃ人も入れませんね」
「バルカローレもセレナードと戦争か・・・あっちの定期船は大打撃だな」
「本当ですねー」

足音は遠のいていった。
3人は同時に、ほっとため息をついた。

「よかった・・・」
「リムの高い声は響くんだよっ」
「サビクのでかい声で気づかれそうだったんだよ?」
「なんだと!」
「わー、こわーい」
「・・・二人とも、また見つかる」
「あ、ゴメンなさい・・・」
「ゴメン・・・」

そしてまた3人は静かになった。
その時、ランプがふっと消えた。

「・・・燃料切れか?」
「・・・うわー、真っ暗だぁ」
「もう油ないんだけど・・・」

「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

真っ暗になった貨物室で、さらに3人は静かになった。






「この道を抜けたら、コンチェルトです」
「そっか・・・どうもありがとうございますレインさん」
「いえいえ!もう仲間内に自慢しまくりますよ、セレナードのカペルマイスターと話せたなんて!」
「あ、ああ・・・そうですか・・・」

帰り道の足のための馬の手綱を振り回しながら話すレインを見て、フレイはまた苦笑した。

「・・・あの、そういえば」
「え?」

レインが振り返ってバイエルの方を見た。
バイエルは道中ずっと長いパンをかじりながら歩いていた。

「あの子が持っていたぬいぐるみ・・・あれって、何なんです?」
「え・・・あ」
「ホロスコープだよ」

後ろからバイエルがレインを見上げながら言った。

「・・・ほろすこーぷ?」
「パパとママが作ってくれた人形。ぼくのお友達」
「へえ・・・?」

よく分からない、という表情でレインは頷いた。

「ぬいぐるみが・・・お友達ですか・・・?」
「いや、まだぼくが面倒を見始めたばかりなので、あまり気にしないでください」
「なるほど・・・たくさんお友達ができるといいですね!」

バイエルに向かって笑顔を作った。
しかしバイエルは不思議そうに首をかしげた。

「お友達・・・たくさん?今たくさんいるよ」
「え・・・」
「ホロスコープも、フレイもいるから、もうたくさんいるよ」
「あ・・・でも、他の人間を・・・」
「・・・すみませんレインさん、この子には本当に色々事情があって・・・」

説明することは出来ないし、説明しきる時間もない。
話題を変えようとフレイは思った。

「そういえばレインさんは、なぜカペルマイスターに?」
「えっ、私ですか?」

きょとん、とレインがフレイを見た。
自分の話題になるとは思っていなかったらしい。

「私は昔から、リレイヴァート王家の役に立つことがしたかったんですよ!」
「・・・王家の?」
「王家の方をお守りする、願わくばそれがロイア様であるように・・・。
ずっとそう思っていました。異国からシオンというカペルマイスターが選ばれた時は、
ものすごく落ち込んだんですが・・・彼がロイア様の元を去って私が選ばれたんです!
もうその時は嬉しくて嬉しくて部屋で騒いでいたのですが、カーテンを引っ張って引き裂いちゃいまして・・・」

「・・・・・・」

想像してフレイはぞっとした。

「先代カペルマイスターは・・・確か、ロイア王が政権を取った際のクーデターの功労者でしたっけ」
「ええ、まあ・・・でもいかなる業績があろうとも、ロイア様から離れていくなんて信じられませんよ。
私は一生、ロイア様にお仕えしますから。四六時中お守りしていたいです」

「・・・・・・そ、そうですか」

どうにもレインの重すぎる忠誠心にフレイはずっと引いていた。

「それでは、私はここまでです。お気をつけて」
「あ、ありがとうございました」

フレイはバイエルに小声で言った。

「バイエル、ありがとうございましたって言って」
「え?ありがとうございました」
「レインさんに言うの・・・」

ひらりと馬に乗り、レインは手を振りながら走って行った。
レインが見えなくなり、フレイはくるっと向き直った。

「さ、じゃあもう少しだから頑張って歩いてねバイエル」
「うん」









         





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