「あ、カプリコーン」

コキアと呼ばれたぬいぐるみを見て、バイエルはまた別の名前でそれを呼んだ。
フレイは絶望的な表情でそれを見下ろした。

「・・・・・・うそ」

フォリアの足にぶつかり、その後フォリアに擦り寄った。
やはり目は見えていないらしい。

「・・・フォリアさん、もしかしてそれも・・・」
「ええ、私が村人から買いました。赤い目のヤギも珍しいでしょう?」
「・・・はい」

フレイは一応バイエルに尋ねた。

「バイエル、これもバイエルの・・・?」
「ホロスコープのカプリコーンだよ。走るの早いんだ」
「そうですか・・・」

がっくりと肩を落としつつ、頷いた。

「あの、それも・・・」
「コキアもバイエルさんのだったんですか?」
「はい・・・」
「困りましたね・・・コキアは25万ビートで買ったんですよ」
「に、25万ビート!?」

さすが領主の妹は買い物の仕方も違うらしい。

「あのフォリアさん、このぬいぐるみたちは危ないんですよ。」
「危ない?」
「巨大化して暴れたり、他にもどんなことをするか・・・」
「・・・私を脅してこの子達を騙し取るつもりですか?」
「・・・・・・。」

そう思われても仕方ない、とフレイは黙った。
こうなったらどっちも買い戻すしかない。

「今日はあの、ぼくは持ち合わせが・・・」
「あら、お気の毒に」

お気の毒じゃなくて・・・と視線を逸らして話を続けた。

「とにかく代金は何とかしますから、その二匹を・・・」

と、言ったところで気になったことを訊いてみた。

「こういうぬいぐるみはこの二匹だけですね?」

これ以上出てこられたら金額が大変なことになる。
しかしフォリアは頷いた。

「はい、二匹だけですよ。それで、どうするんですか?」
「・・・買います・・・その、牛の・・・クテナって方を」
「毎度ありがとうございます。じゃあ15万ビートで」
「・・・・・・。」

何かあるといけないと思って多めにもってきていた財布の中身のほとんどを、フォリアに渡した。
それと引き換えに、タウルスを受け取った。

「じゃあコキアをお返しするのはまた今度ですね。お待ちしています」
「それはどうも・・・」

バイエルはタウルスを受け取って嬉しそうだ。
しかしフレイの表情は浮かない。

そしてトリアング家にお仕えしている召使い達に見送られ、二人は外に出て行った。



「そういえば、西トランは商業で栄えていてトリアング家もそれで財産を築いたんだっけな・・・」

商談のいろはを、フォリアはよく分かっているようだった。
トリアング家に代々受け継がれているのかもしれない。

「ぼく、あーゆーの苦手だからな・・・」
「ねえカプリコーンは?」
「・・・・・・。」

有り金ほとんど尽きてすっかり意気消沈。
とぼとぼとシロフォンに帰る途中に、バイエルは更に追い討ちをかけた。

「タウルスはぼくの中に戻ってきたから、目が見えるよね」

タウルスを抱っこしながらバイエルは歩いている。
バイエルの視線とタウルスの視線はちゃんと合っているため、目は見えているらしい。

「あの、バイエル、その・・・」
「?」
「フォリアさんに、お金を払わないとカプリコーンは返してもらえないんだよ」
「お金を払うの?ぼくのなのに?」
「うん・・・そう・・・ん?」

突然、バイエルが立ち止まった。

「何か食べたい」
「えっ」

街中ではあるが、何かを買うお金はない。
バイエルが食べる恐ろしい量の代金はもうなかった。

「が、我慢してくれる?」
「歩くの疲れた・・・」
「・・・・・・。」

フレイは本当に困った。
面倒を見るのは本当に大変だと身にしみた。

バイエルは、手のひらを上にした。

「レオ、出てきて」

タウルスと入れ替わりに、レオがバイエルの足元に出現した。
道行く人が驚いているのを見てフレイは慌てた。

しかしバイエルはお構いなしに大きくなったレオの上に乗った。

「レオ、フレイについて行ってね」
「あの・・・」

バイエルがそう言うと、レオはフレイの後について歩き始めた。
周囲から奇異な視線を浴びながら、トコトコとついてくる巨大なレオを気にしながら、
フレイは寂しくシロフォンの王宮に帰った。






「ただいま戻りました、フレイで」
「おかえりフレイ!!」

フレイです、と言おうとしたが嬉しそうな声にそれはかき消された。

「と、トルライト様・・・?あの、西トランの援軍が・・・」
「マラカが見つかったんだ!メヌエットで見つかったんだって!」
「えっ?!」

謁見の部屋でもトルライトの部屋でもなく、普通の廊下。
セレナードは元老院が有力なので王は割りと自由時間があるらしい。

「バルカローレに行っていたはずなのにメヌエットで見つかるのはおかしいんだけど・・・」
「そうですよね・・・」
「メヌエットから先ほどカペルマイスターのレインという人から知らせが届いてね。」
「レイン?」
「とにかく、早く迎えに行ってもらいたいんだ」
「はい・・・」

トルライトはひたすら嬉しそうだった。
一方フレイは、大きな出費と飲まず食わずの帰還に疲れきっていた。
ちなみにフレイの後ろには大きなレオの上に無表情で二人を見上げているバイエルがいる。

そして現在は真夜中である。

「それで、出発はいつに・・・?」
「今すぐ・・・は、嫌だよね」
「・・・・・・。」

マラカに早く会いたいトルライトの気持ちは分かるが、フレイの体力は限界だった。

「・・・申し訳ありません、明日のなるべく早朝に出かけますから・・・」
「そうか!」

早朝と聞いて、またトルライトの表情は明るくなった。
バルカローレへの宣戦布告の相談をされた日とは別人のようだ。

「じゃあよろしく!あ、これ、メヌエットのグロッケンの王宮に入る時に見せてね」

嬉々として自分の直筆の書状を渡した。

そして、バイエルの側に歩み寄った。

「バイエル」
「・・・うん?」

疲れた表情のバイエルは、レオのたてがみに埋めていたあごを少し浮かせた。

「バイエルに喜んでもらえるように、プレゼントを考えたんだ。」
「ぼくに?」
「今、お腹空いてる?」
「・・・うん」

トルライトはにっこり笑って背後の扉を指差した。

「二人のために、今日は特別にたくさん料理を作らせたんだ。好きなだけ食べていいよ」
「ほんと?」
「そんな、トルライト様・・・」
「食べ物なんてと思ったんだけどね。あとフレイ、今日の報酬渡すからあとで来てね」
「ああ、はい!」

今度はフレイが嬉しそうに頷いた。
普段と違うフレイの様子に、トルライトは少し違和感を覚えた。

「・・・もしかして、給料が生活に足りてない?いつでも言ってね?」
「あはは・・・実は今日、西トランの領主の妹さんに」
「フレイ、何か食べたい」
「・・・・・・ああ、そうだったね行ってきていいよ」
「じゃあレオ、あの部屋に」
「ストーップ!!」

フレイが叫びながら走って行き、レオの前に立ちはだかった。

その行動に、一同は驚いた。

「ど、どうしたの?」
「レオから降りて。扉を壊しちゃいけません」
「・・・はーい」

突進開始の体勢に入っていたレオから、バイエルは降りた。
ここで王宮内で修理必要なことをされたらまた大変だ。

「じゃあフレイは先にこっちに。バイエルも今日はお疲れ様」
「うん・・・」

レオを手の中に戻し、案内係に挟まれてバイエルは部屋に入っていった。



「・・・お疲れ様」
「い、いえ」

大きな机を挟んで、トルライトとフレイは向かい合って座った。
目の前に飲み物が置かれ、フレイはそれにそっと手を伸ばした。

「西トランの援軍は無理だって?」
「・・・え?」

飲み物を飲もうとしてコップを傾けたが、そのまま止まった。

「どうしてそれを・・・?」
「まあそんなところかなとは思ってたんだ。トリアング家はぼくらを嫌っているみたいだから」
「あ・・・・・・」

フレイは何か言おうとして止めて、飲み物を一気に流し込んだ。

「いいんだ、バルカローレは海を隔てた国だから陸軍より海の方が都合がいいし」
「はい・・・」
「じゃ、これ受け取って」

トルライトが手を差し伸べた方から召使いが一人やってきた。
両手に持っている台の上に、紙ではさまれたお金がのっていた。

「今回の報酬。」
「でも、援軍の要請が・・・」
「西トランの人に宣戦布告を知らせるっていうのがフレイの仕事だったでしょ?」
「・・・・・・。」

にっこりと微笑まれて、フレイは遠慮がちにお金を受け取った。
タウルスを買い取ったお金で所持金がゼロに近かったため、多少は嬉しいことだ。

「じゃ、フレイもバイエルと食事をとっておいでよ。」
「あ、はい・・・ありがとうございます」

椅子から立ち上がり、お辞儀をして召使いが開けた扉から出て行った。

そしてフレイは、反対側のバイエルが食事をしているであろう部屋に入った。

「・・・・・・。」

その中の光景を見て、またフレイは凍りついた。

「あ、フレイ」

お食事中のバイエルが振り返った。

「・・・やっぱりか・・・」

たくさんのご馳走があったであろうお皿はほとんど空っぽで床に散乱している。
食べ物の残骸もそこら中に散らばっていた。

当のバイエルはグレープフルーツの皮をむかずにかぶりつき、食いちぎっていた。

「野生的・・・」
「え?」
「あ、ううん、グレープフルーツの食べ方・・・知らないっけ?」
「うーん・・・知ってる」
「え、知ってるの!?」
「お腹空いてて早く食べたいから」
「・・・そうですか」

フレイはますます頭を抱えた。
そして、ひとまずバイエルの手からグレープフルーツを取り上げた。

「食べちゃいけないの?」
「いいやそうじゃないんだけど・・・お行儀良くしないとね、皮はむいてあげるから」
「うー・・・」

物ほしそうにフレイの手の中にあるかじりかけのフルーツを見つめる。
だがしばらくして、ちゃんとフレイの皮のむき方を観察し始めた。

「はい、どうぞ」
「あ、いつも食べてたやつになった・・・」
「ああなるほど・・・いつもは皮ごと食卓には出てこなかったんだね・・・」

そして、部屋で料理を供給していた召使い達に振り返った。

「あのさあ」
「は、はい」

女の人がフレイに声を掛けられて慌てて返事をした。

「バイエルがこんなすごい食べ方してるんだから、見てないで何とかしてあげてよ・・・」
「申し訳ありません、そのように教育なさっているのかと・・・」
「ぼくがこんなこと教えるわけないでしょ!」

と怒鳴ってから、彼女達にイライラをぶつけても意味がないことに気づいた。
そしてサラダを手づかみで食べようとしたバイエルを止めた。






数日前。
メヌエット国の首都、グロッケンの王宮で、ロイアは使節を呼び寄せていた。

「ロイア様、お呼びでしょうか」

数名のロイアも信頼を置いている高官たち。
ロイアは彼らを、セレナードへの使節として送ることにしていた。

「レインか」

メヌエットのカペルマイスターだったシオンが国を出てから、その地位に就いた人物。
黒髪で灰色の瞳の青年だ。

ロイアはレインと使節に選ばれた数人に向って顔を上げた。

「セレナードに行ってこれを渡して来い」

そう言ってロイアは、封筒を渡した。
表にはロイアのサインと印が押してある。

「かしこまりました。書状の内容はなんでしょうか?」
「先日保護した、セレナードの王女の件だ」

ロイアは組んでいた足を戻し、立ち上がった。

「セレナード国王トルライトの妹マラカはメヌエットにいる。とっとと引き取りに来い、とな」
「はい」
「そして、引き取りに来る人間は必ずカペルマイスターをよこせと書いてある」
「カペルマイスター・・・?なぜですか?」

封筒を持ったままレインが尋ねた。

「ラベル城を攻略したらしいからな。会ってどんな人間かを見てやろうと思っている。
そして、それほど腕の立つカペルマイスターなら戦時下のセレナードが、
そいつを失っている間にバルカローレとどう戦うのかも見ものだな」
「・・・・・・承知いたしました」

彼らは一礼をして、部屋から出て行った。

ロイアはくるりと振り返り、机の上の書類をまとめた。

「・・・バルカローレへ向ったはずのマラカ姫がメヌエットで発見され・・・
セレナードに送ったイリヤがコンチェルトで重傷で見つかり・・・」

そして、下を向いて目を閉じた。

「・・・何かが起こっているようだな・・・兄上ならば、ご存知だったかもしれないが」









         





inserted by FC2 system