バイエルの声が聴こえたらしく、アリエスは周りをきょろきょろと見回した。
しかし、またしばらくすると方向を変え、別の店の方向へよちよちと歩き始めた。

このままでは、また別の店が犠牲になりかねない。

「アリエスってば、ねえ、ぼくが見えないの?」

大きなアクションではないが、バイエルは手を振ってアリエスに呼びかけ続ける。
だがやはり、アリエスの目にはバイエルは映っていないようだった。

「・・・どうしたんだろう」
「ば、バイエル、それよりも早く止めないと今度はあっちが・・・」

瀬戸物屋に突っ込んで行きそうになっているアリエスを見て、フレイは気が気でなかった。
弁償させられでもしたら生活が立ち行かなくなる。

「さっきの、ぼくのなかに戻ってってどういう意味なの?どうやったらあれは小さく・・・」
「あ、そうだ、レオだ!」
「へ?」

バイエルは右手を前に出して強く握り締めた。

「レオ、出てきて」

手を開くと淡く白く光る玉が出現した。
そしてその光が変形し、バイエルの目の前に大きなライオンの人形が現れた。

前に、フレイを攻撃するためにバイエルが出したあのぬいぐるみだった。

「レオ・・・大きいね・・・」

フレイは思わずそう呟いた。

アリエスにも、レオのことは見えたらしい。
レオの姿に驚いて、アリエスは後ずさりした。

「レオ、走って!!」

バイエルが手を前に出して指示をすると、レオはアリエスに向かって走り出した。
そして、そのままの勢いでアリエスに体当たりをし、アリエスは数十メートル後ろに吹っ飛ばされた。

アリエスがぶつかった噴水が、ガラガラと音を立てて崩れた。
たまっていた水が、どっと流れ出す。

「・・・ああ」

フレイはそれを見て頭を抱えた。

地面に倒れたアリエスに、レオはさらに突進していった。
前足の鋭い爪でアリエスに攻撃を仕掛けたが、その一撃はアリエスが張ったバリアで防がれた。

「あっ!・・・レオ、頑張って!」
「・・・・・・」

フレイは、目の前で繰り広げられている怪獣大戦に、ただ呆然と突っ立っているしか出来なかった。

レオは少し後ろに下がってから再び走り出し、アリエスの横に素早く回りこんで体当たりした。
噴水の瓦礫の中に、アリエスは倒れこんだ。

起き上がろうとするアリエスにバイエルは駆け寄った。
そして、アリエスの頭にそっと手を添えた。

「戻ってきて」

額にある星の模様に手をかざすと、アリエスの体は見る見るうちに小さくなっていき、
バイエルの手の中に光となって吸い込まれた。

「・・・・・・バイエル、今のは・・・」

まだぼーっとしているフレイだったが、ようやくバイエルに近づいて声をかけた。

「この人形は、ホロスコープっていうんだ」
「ホロスコープ・・・」
「パパとママがぼくにくれて、でも起きたらみんないなくて・・・」

アリエスとの戦いの後いつものサイズに戻っていたレオを抱き寄せた。

「レオだけになってたんだ」

そして手を上向きに開いて、レオも手の中に戻した。

「他のホロスコープも、アリエスみたいに目が見えなくてどこかにいるのかな・・・」
「・・・そうかも」

しれないね、と言おうとした瞬間、フレイは突然顔を上げた。
街の人たちが、二人のところへ集まってきていたからだった。

みんなは口々に店が壊れただの器物破損だのと言って怒っているようだ。

フレイはがっくりと肩を落としながら、人々の要望を一つずつ聞くことにした。
その様子とバイエルは不思議そうに眺めていた。






「・・・結局何も買えなかった・・・」

城に帰ってきたフレイは、自室の椅子に座って はあ、とため息をついた。

「しかも町の修理費をこんなに払わされるなんて・・・」

机の上に置いた請求書を見て、またため息をついた。

アリエスが壊した分は何とかごまかしたものの、レオの攻撃によって壊れた物を弁償することになった。
多めに持って来ていたお金は全てなくなり、足りなかった分が請求書に記されたというわけである。

バイエルは今回の事件の元凶となった小さいサイズのアリエスと遊んでいる。
やはり彼は、外見の年齢に比べて中身はかなり幼いようだ。

バイエルを怒るわけにもいかず、フレイはただ頭を抱えていた。

「あの人形があと10匹近くいるなんて・・・」

その時、部屋の扉がノックされた。

「カペルマイスター、いらっしゃいますか」
「どうぞ」

フレイが返事をすると、扉が開いた。
そこには、フレイも顔見知りの衛兵が立っていた。

「どうかした?」
「トルライト様がお呼びです」
「・・・トルライト様が?」

まさか、城下町の事件を怒られるんじゃ、とフレイは不安になった。
ガタン、と立ち上がってバイエルを見下ろした。

「バイエル」
「なに?」
「ちょっと出かけてくるから、いい子で待っててね」
「・・・いつ帰ってくる?」

バイエルは寝転がったままフレイを見上げた。

「すぐだよ、お城の中にいるからね。じゃあね」

安心させるように笑顔で手を振る。
そして、衛兵に案内されフレイは部屋から出て行った。

「・・・・・・。」

一人取り残されたバイエルは、起き上がって手のひらを上に向けてレオを出した。
人形たちを抱えて今度は仰向けに寝転がった。






「突然呼び出して悪かったね」
「いえ・・・」

大臣や兵士が両脇に縦に居並ぶ先に、トルライトは座っていた。

「バイエルとどこに行っていたの?」
「・・・あ、はい」

恐る恐るフレイは顔を上げた。

「あの子、ものすごい量を食べるので、食材の買出しに城下町へ・・・」
「・・・え?」

トルライトは身を乗り出して驚いた。

「そ、そんなに食べるの?あの子?」
「はい・・・長い間眠っていたらしいので、その反動なのかも・・・」
「・・・へ、へえ・・・」

うなづきながら頬をかいた。

フレイは、バイエルが眠らなかったことと食料を食い尽くしたのは、城で眠り続け、
その代わりに食事をしなかったせいだという推測をしていた。

「それで・・・ご用というのは?」
「・・・ああ」

トルライトは思い出したように声を上げ、視線を逸らした。
何か言いにくいことなのかとフレイは身構えた。

「・・・マラカが行方不明になって、もう1週間になるんだけど」
「は、はい・・・」

フレイは辛そうに下を向いた。

「それで、先ほど元老院からの決議の知らせが来たんだ」
「元老院から?」
「うん・・・」

トルライトはイスの肘掛に寄りかかり、目を閉じた。

「・・・バルカローレに・・・宣戦布告を、だって」
「・・・・・・。」
「もう軍の配備は進んでる。でもフレイの意見を聞きたいと思ってね」
「・・・はい・・・」

フレイはぎゅっと手を握り、トルライトを見上げた。
トルライトの表情は穏やかではあったが、どこか悲しそうに見えた。

「・・・トルライト様の、よろしいように。元老院に従うのなら、それでも構いません。
それがマラカ様のためであるなら、尚更です」
「そうか」

トルライトは ぱっと顔を上げた。

「マラカが生きているなら、この戦争で必ず何らかの動きがあるはずなんだ」
「は、はい」

突然希望に満ちたトルライトにフレイは少し気圧された。

「それを期待し、フレイはマラカの捜索に当たってもらいたいんだ。いい?」
「・・・あ」

てっきり最前線で軍を引っ張るんだと思っていたフレイは少し肩を落とした。

「あ、分かりました・・・」

頭を整理しながらフレイは静かに頷いた。

「フレイには今、バイエルがいるしね」
「えっ・・・」
「ちょっと手のかかる妹が出来たと思って、頑張ってしつけてね」
「ちょっとどころじゃ・・・あと妹・・・しつけって・・・」

反応しきれずに、フレイは口をあわあわと動かす。

「戦地には代理を立てる。今度はぼくもちゃんとよく知った人物を副司令官にするよ。あと、フレイには別のことをしてもらうから」
「別のこと?」
「各地に宣戦布告を知らせ、領主に兵士の要請。明日から朝早くだけど、頼むよ」
「わ、分かりました」

差し出された書状を受け取り、フレイはそれを眺めた。
最後にトルライトの名前のサインと、セレナードの印がしてある正式な文書だ。
大臣がそれを薄い箱に入れ、封をした後またフレイの手に渡された。

「確かに受け取りました。明朝、西トランの町に行きます」
「うん、よろしくね」

フレイは一礼をして、部屋から出て行った。






「ただいま、バイエル」
「・・・・・・。」

バイエルは床に寝転がり、レオと向かい合わせになっていた。
扉が開くと、フレイの方に顔を上げた。

いつもの無表情だが、その声は心なしか明るかった。

「トルライト様と話してきたんだよ」
「なんて?」
「明日、西トランに行くことになったんだ」
「どうして?」

小さい子供のように、バイエルは疑問ばかり返してくる。
フレイは分かりやすく説明するために少し頭で文章を考えた。

「セレナードが、バルカローレと戦争をすることになったんだよ」
「・・・ふーん」
「海を隔てて戦争をするから、もしかしたらこの辺りも戦地になるかもしれないんだ」
「・・・へえ」

そこはもっと驚くだろう、とフレイは内心思った。
よく分かっていないのか、バイエルの反応は軽い。

「それで、ぼくはそのことを国中に知らせに行くんだよ」
「・・・・・・。」

バイエルはゆっくりと立ち上がり、アリエスとレオを手の中に戻した。
そして、顔を上げずに小さく呟いた。

「・・・ぼくは?」
「え?」
「ぼくはどうするの?」

向かい合ったまま黙り込んでしまったバイエルに、フレイは慌てた。

「だ・・・大丈夫、一緒に行きたいなら連れて行くよ」
「ほんと?」

バイエルはそっと顔を上げた。

「朝早いんだけど・・・」
「起きる」
「そ、そう」

即答され、少しうろたえながら頷いた。
すると、バイエルは突然ぺたん、と座り込んだ。

「起きるから」
「うん?」
「置いていかないで」

少し寂しそうにそう言うバイエルに、フレイは苦笑した。
しゃがんで頭をぽん、と撫でる。

「置いていかないよ。一緒にいるって言ったよね。置いていかない、約束するよ」
「・・・・・・うん」

少しだけ嬉しそうに聞こえたその相槌だったが、
バイエルが無表情なのかどうかは、下を向いているためフレイには分からなかった。









         





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