バイエルはフレイの部屋に連れて来られた。

フレイはセレナード国の軍の長なので兵舎の司令官用の部屋に住んでいる。
他の兵士達より数倍大きな部屋だ。

部屋に入ったバイエルは落ちつかなそうにきょろきょろと辺りを見回した。

「今日からここが、バイエルの家だよ。」
「・・・・・・。」

フレイは部屋の奥に歩いて行った。

「今までの城よりずっと狭いけど我慢してね。ここが寝るところだよ」

そう言ってフレイはベッドを指差した。
バイエルは無言で近寄って、ベッドを手でぺんぺんと叩いた。

「今、バイエルの分のベッドも頼んでるから。それまでここで寝てね」
「・・・・・・うん」
「それと、えーとね・・・」

フレイは言い出しづらそうに頭をかいた。

「ぼくは出動命令が出たら、出かけないといけないんだ。今は戦時下じゃないからそんなに忙しくないんだけど」
「・・・出動命令?」
「うん、一応ぼくはこの国のカペルマイスターだからね。閲兵式や訓練の時ぐらいなんだけど・・・」
「カペルマイスター・・・?!」
「え?」

バイエルは突然後ずさった。

「ど、どうしたの?」
「フレイが、カペルマイスターなの!?」

目を見開いて叫んだ。
フレイはバイエルの変貌振りに慌てた。

「パパとママを殺したのはカペルマイスターだって!カペルマイスターって人が来たから、パパとママは・・・」
「え、バイエル、違うって・・・」

思わずフレイは手を伸ばしたが、バイエルはそれを振り払った。

「来ないで!嫌だ・・・!!」

両手を頭に当ててバイエルはしゃがみ込んだ。
それを見て、フレイは肩の力を落とした。

「・・・・・・バイエル」
「・・・・・・。」
「・・・ちゃんとぼくの話を聞いて。ちゃんと説明をするから。聞いてて」
「・・・・・・。」

フレイも屈みこんでバイエルの頭に手を置いた。

「いい?カペルマイスターがバイエルのお父さんとお母さんを殺したのかもしれない。でも、それはぼくじゃない」
「・・・なんで?フレイがカペルマイスターなんでしょ?」
「カペルマイスターっていうのは、国の軍を統率する人のことだよ。人の名前じゃないんだ」
「・・・・・・え」
「だからぼくじゃないんだよ。分かるね?」
「・・・う、うん」

静かに頷いたバイエルを見てフレイは頷いた。

「お父さんとお母さんの分も、バイエルは外の世界で幸せにならないとね。
ぼくが一緒にいて、ぼくがそのお手伝いをするから」
「一緒に・・・」

ようやくバイエルが顔を上げた。

「うん、一緒にいてあげるって約束したよね。
お父さんやお母さんの代わりに色んなことを教えてあげるから、ちゃんと聞いてほしいんだ」
「・・・・・・うん・・・あの、フレイ・・・」

急にバイエルは何かを言いたそうに口を動かした。

「なに?」
「・・・・・・ぼくも、一緒にいたいって思う・・・」

下を向いた小さくそう言うバイエルを見て、フレイはふふっと笑った。
そしてバイエルの頭を撫でた。

「ありがとう。大丈夫、ぼくがついてるよ」
「・・・うん」

フレイが立ち上がると、バイエルもそれに続いて立ち上がった。
そしてフレイは部屋の隅にある大きめの棚を指差した。

「食事はみんなで一緒にとるんだ。兵士達と一緒にだったり、王様達と一緒だったり」

そう言いながら、フレイは棚を開けた。

「でも、まだみんなと顔を合わせたくなかったらここにあるものを好きに食べていいよ。」

棚の中には、パンやハムや野菜など、色んな食料が入っていた。
一週間分ぐらいの食べ物が詰まっている。

「じゃ、ぼくは今日は訓練があるから、帰ってくるのはお昼過ぎになるけど」
「・・・行っちゃうの?」
「バイエルも一緒に行けるぐらい元気になったら連れて行ってあげるよ。」
「・・・うん」
「暇だったら本がたくさんあるから読んでいていいよ。じゃあね」
「・・・・・・うん」

どんどん声が小さくなっていくバイエルに苦笑しながらフレイは近づいた。

「ごめんごめん、今日は早く切り上げてくるから。2時間ぐらいで帰ってくるよ」
「・・・2時間?」
「この影がここにくるくらいまでだよ」

そう言いながらフレイは机の上に固定されている日時計を指差した。

「待っててくれる?」
「うん・・・」
「じゃあ待っててね」

フレイは剣を背負って部屋を出て行った。
バイエルは机にあごをのせて、日時計が作り出す影をじっと見つめた。





「ふうー、ちょっと長引いちゃった、早く帰らないと」

剣の訓練を終えて、フレイは大急ぎで廊下を走っていた。
それと同時に、4、5人ぐらいの衛兵達がすれ違って行った。

「・・・ん?何をそんなに急いでるんだろう・・・?」

早くトルライト様に、という声が遠くから聴こえた。
少し気にしながら、フレイはバイエルが待っている自分の部屋に急いだ。

「・・・・・・え」

部屋に入ってフレイが発した声は、え、に濁点がつくような発音だった。
部屋の真ん中にいるバイエルに、よろよろしながらフレイは近づいた。

「・・・あの、バイエル」
「あ、フレイ・・・」
「えーと・・・これは・・・」

部屋の床には大量の食べ物の残骸が転がっていた。
野菜の芯や果物の皮、パンくずなどが床や家具のそこかしこに散乱している。
タマゴも割れて机の上で広がっていて、思わず目を覆いたくなるような光景だ。

「食べた」
「・・・うん、まあ食べたんだろうけど・・・ええっ?!」
「・・・?」

部屋の奥に進んだフレイは、食料庫を見て飛び上がった。

「ぜっ・・・全部食べちゃったの?!」

中身は、なんと空っぽだった。
あのぎっしり詰まっていた食べ物はすべてなくなっている。

「・・・食べちゃいけなかったの?」
「あ・・・えーと・・・」

心なしか不安そうにバイエルはフレイを見上げてきた。
フレイは思わず視線を逸らした。

思い直してみると、ここにあるものを好きに食べていい、と言ったのは自分だった。

「・・・ううん、いいよ・・・いいんだけど・・・バイエル、お腹空いてたの・・・?」
「うーん・・・わかんない」
「・・・分からない?」

フレイは考えようとしたが、とにかくこの部屋の惨状を何とかしたかった。

「バイエル、ご飯の食べ方とか・・・知らないのかな」
「忘れちゃった・・・」
「わ、忘れ・・・」

とにかく、赤ちゃんを育てるように一から教えないといけないらしいということを悟った。
そう思ったフレイは、少し大きめのゴミ箱を持ってきた。

「バイエル」
「うん?」
「ゴミは、ここに入れるんだよ。そのリンゴの皮とかタマゴの殻とか、全部拾ってここに入れて」
「うん」

バイエルは素直にそれを受け取って部屋を片付け始めた。
放置しておくとまた何が起こるか分からないので、
手伝いながらもフレイはバイエルから目を離せなかった。



「・・・ふー、綺麗になったかな」

雑巾を絞りながらフレイは部屋を見回した。
食べられるところはバイエルがほとんど食べていたので、ゴミの量はそこまで多くはなかった。

しかし、空になった食料庫は何とかしなければならなかった。

「・・・買出しに行くか」
「かいだし?」
「お買い物だよ。一緒に来てみる?」
「・・・外?」
「うん、絶対に離れちゃダメだからね」
「・・・うん」

城下町に食料を買いに行くために、二人は部屋から出て行った。






「・・・ねえ、あれなに?」

ある店の前で、バイエルがフレイの服を引っぱって尋ねた。
バイエルが指差す先には、たくさんの野菜が並んでいる。
ニンジンや白菜、ジャガイモなどがかごに入って置かれていた。

「あれは野菜だよ野菜。食べ物なんだよ」
「草じゃないの?」
「うーん、草みたいなんだけど・・・食べるために育てられた植物なんだよ」
「・・・ふーん」

しばらくバイエルは、その野菜を珍しそうに眺めていた。

しかし、突然通りの奥の方から大きな音が聞こえた。
二人はその方向を振り返った。

「・・・な、何だろう?」

フレイはバイエルの手を強く握って、音がした方に歩き始めた。
それとは逆に、大勢の街の人たちが走ってくる。

「あ、あんたたちも逃げた方がいいよ!」

ぶつかりそうになった男性が、フレイに向かってそう言った。
また別の人が走ってきて、バイエルにぶつかった。

「わっ・・・」
「バイエル!」
「ごめんね、向こうに目が赤い凶暴なヒツジがいるのよ!」
「え・・・?」

バイエルにぶつかったお姉さんは、また走って行ってしまった。

「目が赤いヒツジ?」
「・・・バイエル、行ってみる?」
「うん・・・」

逆流してくる人の流れを掻い潜り、二人は商店街の交差点まで走った。
そこには、3メートルほどの背丈のある、大きなヒツジがいた。
特に悪さをする様子もなく、のほほんと歩いている。

しかし大きさが大きさなので、歩いてくる途中に通ったであろう道は壊れた店の瓦礫だらけだ。

「はあ、はあ・・・」
「大丈夫、バイエル?」
「はあ・・・あ、あれ・・・アリエス・・・だ・・・」
「へ?」

アリエスと呼ばれたその巨大ヒツジを、フレイは見上げた。
バイエルはフレイに必死についてきたため、息を切らせている。

「アリエス?あれって・・・バイエルの人形なの?」
「うん・・・ぼくに気づかないのかな・・・」
「もう少し近づいてみようか・・・うわっ?!」

先ほどから、アリエスは全く何も気にしない様子で歩いている。
そして、そのまま店の生垣に突っ込んで行った。

巨大なアリエスに木や看板が踏み潰されて店は破壊されていく。
障害物があったら普通は避けようとするものだ。
その様子を見て、フレイは首をかしげた。

「・・・もしかして、目が見えてないのかな」
「えっ・・・」

それを聞いて、バイエルはアリエスの目の前まで走って行った。

「ば、バイエル?!」

その行動に慌てたフレイもバイエルを追いかけた。
そして、アリエスを見上げた。

「・・・でかいなあ」

姿かたちは白いヒツジの可愛いぬいぐるみだが、大きさが怪物だった。
アリエスは進行方向を変えて通りの真ん中目がけて歩き始めた。

アリエスに見えるような場所に立ち、バイエルはアリエスに呼びかけた。

「アリエス、ぼくだよ。ぼくの中に戻ってきて」









         





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