「こ、これは・・・」

大きな白い鳥が二羽、広間で兵士達を追い回していた。
その鳥たちの爪とくちばしは、体全体が白いため元は白かったのであろうが、今は血で赤く染まっていた。

大広間の広い床には、血を流して倒れている兵士が大勢倒れている。

「みんな・・・!」

フレイは倒れている兵士に駆け寄った。

「カペルマイスター・・・」
「し、しっかり・・・うわっ!!」

フレイの頭上を大きな白い鳥が通過した。
とっさに身を伏せたが、あと少し遅ければ頭を鋭利な爪で攻撃されているところだった。

「突然、白い人形が・・・」
「わ、分かったから、しゃべっちゃいけない・・・」

話し続けようとする兵士の顔は見ていられないほど出血していた。
周りに倒れている兵士達も皆そうだった。

逃げ惑っている兵士に無差別に攻撃を仕掛けている白い鳥は、どうやらワシのようだ。
フレイはそのワシを見上げて、剣を握り直した。

「こんなことになるなんて・・・よくも部下たちを・・・」

フレイ目がけて飛んでくる一羽のワシを、睨みつけた。
鋭い爪によるワシの蹴りを素早くかわし、フレイは階段からワシ目掛けて跳んだ。

攻撃対象を見失ったワシは空中でうろたえたが、フレイはその背中に乗っていた。

必死にフレイを振り落とそうとする動きに全く動じることなく、フレイは無言で剣を引き抜いた。
そして両手で剣を握り締め、全力でワシの首に剣を突き立てた。

素早く背中から飛び退き、空中で体勢を立て直しながら床に着地して剣を鞘に収めた。

ワシは空中でバランスを大きく崩し、そのまま壁に激突した。
先ほどのトカゲと同じように、光を放ちながら縮んでそのまま人形の姿になり動かなくなった。

フレイはもう一羽を探して辺りを見回したが、その広い空間のどこにもワシの姿は見当たらなかった。

「・・・カペルマイスター、ご無事ですか?」
「お見事でした・・・」

一緒に部屋から出てきた3人のうち、1人はフレイが戦っている間に攻撃を受けたらしい。
それでも2人はフレイに駆け寄ってきた。

「もう一羽は?」
「先ほど我々が応戦していましたが、階上へ飛んで行きました」
「・・・上か」

フレイは階段の上を見つめた。
その視線の鋭さに、兵士達は少し怯えた。

「あの・・・」
「え、ああ・・・どうしよう、ぼくが一人で行くから、城外待機している部隊に救助を頼んで」
「は、はい・・・お一人でですか?」
「ぼくは大丈夫。とにかく早く救護をして。重傷の者から順ね、頼むよ」
「かしこまりました、お気をつけて」

フレイは大広間に倒れている数十名の部下達を見下ろし、顔をしかめた。

「・・・行こう」

再び、階段を駆け上がっていった。






長い廊下が続いていくつも扉の横を通ったがどの部屋も開けずに、フレイはひたすら広い城の中を走り続けた。
そして、大きな扉を見つけて立ち止まった。

静かに、その扉を押すとその扉は音もなく開いた。

「・・・・・・。」

その部屋は、子供部屋のようだった。
壁紙が星空のようで、じゅうたんの上には絵本やおもちゃが大量に転がっていた。

フレイは、その部屋の奥へ歩いて行った。
たくさんのぬいぐるみの山から、話し声が聞こえてきた。

「・・・・・・みんな」
「え?」

フレイはそのぬいぐるみたちに近寄った。

「・・・アルタイル・・・ラサータも・・・?」

ぬいぐるみに埋もれるように誰かがいるようで、フレイはそっとその中を覗き込んだ。
その気配を感じて、中にいた人物が はっとフレイを見上げた。

それは見た目14、5歳ぐらいの子供だった。
髪は青く肩まであり、目は紫色。スカートのように見える長い上着を着ている。

「・・・誰?」

その子の声に反応して、ぬいぐるみの一匹が動き出した。
鳥のぬいぐるみを抱きかかえたまま、後ずさった。

「お、驚かせてゴメンね」
「アルシャイン、この人がアルタイルとラサータを・・・?」

その子供は、抱きかかえている鳥のぬいぐるみに話しかけているようだった。

フレイは、何の話をしているんだろうと内心慌てつつ考えた。
そして、先ほど戦ったトカゲとワシのことだという結論に至った。

「あれは仕方なかったんだよ、たくさんの人が怪我をして、止めないといけなくて」
「来ないで!・・・噛み砕け、獅子座のレオ!!」

フレイに向かって手を振り下ろした。
その合図と共に、突然現れた大きなライオンのぬいぐるみがフレイに向かって突進してきた。

急だったので剣を構える暇もなく、フレイは体勢を崩して床に倒れた。
そして喉に噛み付かれる、と思ったがそのライオンはフレイに何の危害も加えなかった。

赤い目で、フレイをただ見下ろしてじっとしている。

「・・・あれ?どうしたの、レオ・・・」

子供は立ち上がってライオンに近づいた。
そしてその頭をそっと撫でた。

「レオが攻撃しない・・・きみ、だれ?」
「自己紹介が遅くなってゴメンね。ぼくはフレイだよ」
「フレイ・・・?」
「この城から出よう」

フレイはその子に向かって手を差し出した。

「・・・・・・え?」

差し出された手を驚いて見つめていたが、首を振ってぬいぐるみをきつく抱きしめた。

「・・・やだ」
「こんな部屋に一人でいないで、城の外に行こうよ」

しかし、怯えるように後ずさって、子供は首を横に振った。
それを見て、フレイは少し寂しそうな表情で手を自分の方に戻した。

「・・・いやだ。外になんて出ない」
「どうして?」
「パパとママに、絶対に外に出ちゃいけないって言われたもん。ぼくは絶対にここから出ない」
「・・・・・・。」
「それに、みんなと一緒にいたい。みんなはここから出られないから、ぼくもここにいる」
「みんなって・・・」

またフレイは考えて、そのみんなという言葉がぬいぐるみたちを指していると理解した。

「みんながいなかったら・・・ぼく、本当に一人になっちゃう・・・」

近くにあったぬいぐるみをまた抱えてうつ伏せになった。
そして、ぬいぐるみの山に顔を埋めた。

フレイはしばらく黙っていたが、また手を伸ばして後ろから頭の上にそっと手を置いた。

「きみは、一人ぼっちじゃないよ」
「・・・・・・。」
「ぼくがきみの友達になってあげる。家族になってあげる。ぼくが一緒にいてあげるよ」
「・・・え・・・?」

頭に暖かい手を感じて、顔を上げた。

「お父さんとお母さんはもういないけど、ぼくがお父さんとお母さんになる。友達がいないなら、ぼくが友達だよ。
一緒に城の外に出よう。ぼくが、ついてるから」

その言葉に目を見開いた。
フレイの深緑の瞳を見つめて、そして、ゆっくりとぬいぐるみを抱いていた手を緩めた。

「・・・うん・・・」

そう言って、フレイの手を取り静かに立ち上がった。
ぬいぐるみの山から離れて、フレイと一緒に部屋の外に向かって歩き出した。






「カペルマイスターが、ラベル城を攻略なさったらしい」
「さすがはフレイ殿だ・・・」

ラベル城の中での戦いで負傷した者の手当てで出発は予定より遅れたが、フレイとその一行は首都シロフォンに戻ってきていた。
失った部下たちのことを考えると、フレイの心境は複雑だった。

「・・・せっかく仲良くなれたのに・・・」

裏から突入した後、副司令官の部隊は白い動物たちの奇襲に遭って散り散りになり多くの者が負傷した。
その戦闘での怪我が元で、ラベル城に向かう折にフレイと話していた副司令官カフカは先日亡くなったと報告を受けていた。

「・・・フレイです、ただ今戻りました」

生き残った全員の兵士を率いて、フレイはトルライトに報告に来た。

「10名の犠牲を出してしまいました・・・申し訳ございません」
「・・・ご苦労様、フレイ」

辛そうなフレイの表情を見て、トルライトは労いの言葉をかけた。

「報告書で仔細は知ってる。本当によくやってくれたよ、ありがとう」
「・・・いえ」
「ところで」

トルライトはフレイを指差して首をかしげた。

「その女の子は誰?報告になかったけど」
「あ・・・」

自分も同い年くらいの子供なのに、とフレイは思った。
トルライトが指差したのは、ラベル城から連れて帰ってきた青い髪の子供だった。

「城の一室で、一人でいたところを保護しました。」
「ラベル城に・・・一人で?」

フレイは隣で立っているその子供の背中を軽く叩いた。

「・・・ほら、セレナード国の王様だよ、自分で名前を言ってご覧」

そう小声で促した。
子供はフレイの服をぎゅっと掴んで、フレイの後ろからトルライトを見上げて黙っている。

「・・・・・・バイエル」
「え?」

聞き取れずにトルライトは玉座から身を乗り出した。

「・・・バイエル。バイエル・クァルトフレーテ・ラベル・・・」
「え、ミュートとネウマの子供って、君のこと・・・!?」

トルライトは驚いて目を見開いた。

「禁断の魔法を操る、断絶されたラベル家・・・の、子供・・・」

自分の両端にいる大臣達を、トルライトはそっと見回した。

「それで、フレイは・・・その子をどうするの?」

どうする、と言われてバイエルは不安そうにフレイを見上げた。

「バイエルと約束しました、ぼくが友達になり、家族になると。これからこの子には、色々と教えることがあります」
「約束・・・」
「はい。王宮内のぼくの部屋に住まわせることの許可を頂きたいと思っております」
「・・・そうか、分かった」

トルライトは立ち上がった。

「みんな、この少女バイエルは今までの行い及び両親の罪により罰せられることは何もない。カペルマイスターに全てを委ねる」

処刑対象に入っていたラベル城の人間を生かしておくのか、という抗議の声がざわざわと辺りから聞こえた。
人形によって仲間を殺された兵士達からも不満の声が上がった。

実際、グロッケンに帰り着くまでにもフレイはバイエルを部下から守らなければならなかった。

「ラベル城の完全攻略を祝して、この子の命を容赦したい。ほら、頑張った人にはご褒美をちゃんと配慮するから文句言わないで。
祝杯挙げたいならぼくが計画してあげるよ。はい、それでも異論があるなら2秒以内に言ってね」

そう言ってトルライトは手を2回ゆっくり叩き、立っている者全員に笑みを向けた。

「・・・はい、じゃあこれにて解散。みんな本当によくやってくれたよ。ありがとう」

そのトルライトの言葉を合図に、その部屋にいた人たちは次々にトルライトに一礼をして退室していった。

最後に、一番前にいたフレイとバイエルが残った。

「バイエル、お礼を言って」
「・・・お礼?」
「トルライト様に、ちゃんとお礼を言って」
「・・・・・・。」

バイエルの背中を押して、トルライトの前に立たせた。
不安そうにフレイを振り返ってから、トルライトを見上げた。

「ラベル家は本来断絶させられる重罪を犯したんだ、それでもトルライト様はバイエルが悪くないって言ってくれたんだよ」
「・・・・・・。」

バイエルはぎゅっと目を閉じて、下を向いた。

「・・・お礼・・・」
「そう、お礼はなんて言うんだっけ?」

トルライトを上目で見ながら、小さく声を出した。

「ありがとう・・・」
「そうそう、偉いね」

バイエルがお礼を言うと、トルライトが壇上から降りてきた。
同じ高さの床に来ると、トルライトはバイエルより少し背が高い程度だった。

「バイエル、君は・・・今までラベル城でどうやって暮らしていたの?」
「・・・えーと・・・」

バイエルはトルライトを見上げた。

「・・・寝てた」
「・・・寝てた?どれくらい?」
「ずっと・・・パパとママに部屋から出ちゃいけないって言われたから」
「そうなんだ・・・」

トルライトは辛そうな表情でバイエルを見た。

「・・・可哀相に」

それを見てバイエルは不思議そうな表情をした。

「・・・・・・??」

バイエルの様子に苦笑しながら、トルライトはフレイに向き直った。

「じゃあフレイ、これから大変だと思うけど・・・この子をよろしくね」
「はい、かしこまりました」
「ぼくから後日改めてバイエルに何か贈るよ。何か欲しいものはある?」

バイエルを覗き込んでトルライトは首をかしげた。

「女の子がほしがるものっていうと・・・うーん、マラカにあげるとしたらアクセサリーとかなんだけど」
「・・・あの、トルライト様」
「それとも服とかかな。お人形っていうのもいいかなー・・・」
「トルライト様ってば」
「ん?」

楽しそうにしていたトルライトの思考をさえぎってフレイが言葉を挟んだ。

「・・・あの、すみません、ぼくの説明不足でした」
「何が?あ、バイエルはアクセサリーとかは嫌い?」
「いえ・・・その・・・」

バイエルがトルライトの前に出てきた。

「・・・ぼく、男の子です」

トルライトは目を丸くしてバイエルを見下ろした。
そして口を動かしたが、声は出なかった。

必死に頭を整理して、ようやく絞り出した声は、

「・・・そう・・・」

の一言だった。









         





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