バイエル、起きて。
君を迎えに来たんだよ。

ずっと独りぼっちにしてごめんね。もう君は一人じゃない、ぼくが一緒だよ。






「出発は明朝、トルライト様も見送りに来られるそうです」
「うん、分かった」

白い髪の青年に、兵士が話しかけた。

「じゃあ、全員に今から準備を怠らないように言っておいてね。少しの油断が命取りだから」
「はい、かしこまりました」

兵士は深く一礼して去っていった。

ここはメルディナ大陸の一番東の国、セレナード。
その首都シロフォンの王宮の兵舎の司令官室だ。

「どうフレイ、順調?」
「わっ・・・!?」

突然、部屋に思いがけない来訪者がやってきた。
フレイと呼ばれた青年は、椅子から立ち上がって慌てて頭を下げた。

「トルライト様、なぜこんなところに・・・?」
「だって、明日ラベル城の攻略だって聞いたから」
「そ、そうですけど」

部屋に入ってきたのはセレナード国の王トルライト。
正式な名前はトルライト・ハンク・ファルゼット、セレナード国王である。

「大臣がうるさかったからね。早く何とかしろって」

トルライトは ふう、と息を吐き出しながら壁にもたれかかった。
父の急逝で13歳で国王に就任してから2年が経過しており、現在15歳という非常に若い国王だ。

「あれから、マラカ様のことは何か分かりましたか?」
「マラカ・・・」

マラカとは、トルライトの2歳下の妹のセレナードの王女のことである。

先週、バルカローレに招かれてマラカは旅立った。
しかし、いつまで経っても返事も報告もずっとないままであった。

トルライトは非常に心配していたが、一国の王という分別もあり表には出すわけにはいかなかった。

セレナードは元老院の力が強く、国王でも従わないといけないことが多い。
トルライトも、一応行政を行っているという形ではあったが歳若いこともあって結局は大臣が決めることを承認するだけである。
そのため、自由な時間も多いらしい。

「マラカのことは、まだ何も分からない。バルカローレの神聖光使が、殺したんだって・・・大臣は言ってたけど」
「神聖光使・・・ライラアヴィリオンですか・・・」
「ライラがそんなことするかな、なんのために・・・ま、もう少し待ってみるよ。報告が届いてないだけかもしれないから」
「はい・・・」

フレイはトルライトの無邪気な振る舞いが無理をしているように見えて、下を向いて目を逸らした。

「で・・・ラベル城のことなんだけど」
「あ、はい」
「とにかく、気をつけてね。父上がルシャンを行かせた時に、ほとんど勢力はなくなったらしいけど」

セレナード国にはカペルマイスターがいなかったため、メヌエットのカペルマイスターだったルシャンが派遣されてきた。
そのラベル城攻略の際、ルシャンが戦死したため新しくセレナードでもカペルマイスターを選ぶことになったのだった。
そのときに選ばれたフレイは、セレナードの王宮でカペルマイスターとして働いている。

「フレイは優秀なカペルマイスターだから心配はしてないけど、油断だけはしないで」
「はい分かりました。みんなにもそう伝えてありますから、大丈夫です」
「うん・・・じゃあね、頑張って」

扉を開けて、トルライトは司令官室から出て行った。
部屋に残ったフレイはまたため息をついた。

「ふう・・・頑張らないと・・・」






次の日。
100人の兵士と共に、フレイはトランの町のラベル城へ向かっていた。

フレイが先頭で、その両隣に副司令官が歩いていた。

「あの、カペルマイスター」
「え、何?」

フレイはその年若い副司令官の一人を見て、首をかしげた。

「あれ・・・あなた昨日いたっけ?」
「す、すみません昨日転任してきたばかりでカフカと申します。・・・まだこの作戦についてお教えいただいていなくて」
「・・・へえ・・・よ、よろしくね」

それでよく副司令官になったな、とフレイは内心考えた。
大方、国の有力者の関係者で副司令官の地位につけたのだろう、と結論付けてフレイは歩きながら説明することにした。

「今向かっているのは、トランの町のラベル城。知ってるよね」
「はい。ですがその城は5年前にメヌエットから派遣されてきたカペルマイスター、ルシャンの作戦で領主とその妻は処刑されて無人なのでは?」
「そうだね・・・領主ミュートと妻のネウマ、二人はカペルマイスターと相討ちになったんだけど」
「すみませんカペルマイスター、一つ質問なのですが」

カフカは手を挙げて尋ねた。

「ラベル城の領主は・・・処刑されるようなことをしたのですか?」
「・・・あ、それ知らなかったか」

少し苦笑しながら、フレイは首を振った。

「ラベル城に住んでいたのは城主のミュート・クァルトフレーテ・ラベルと妻のネウマ。事の起こりは100年前だけどね」
「へえ・・・って、えっ、100年前ですか?!」

カフカのその驚きようから本当に知らないのか、とフレイは悟った。

「軍事関係者なら知ってると思うんだけどね・・・」
「すみません、そのようなことに詳しくなくて・・・突然配属されたものですから」
「いいよいいよ、とにかく今日の作戦を無事に成功させよう。そしたら色々教えてあげるから」
「はい」

素直に頷いたカフカを横目で見てから、フレイはどこまで話したっけ、と思考を巡らせた。

「あ、それでラベル城の二人は、禁じられていた魔法を使っていて、国から・・・処刑命令が出たんだ」
「禁じられていた魔法?なぜ禁じる必要が?」
「・・・さあ、100年も前の命令だからね。セレナードの一地方の領主だったんだけど、南寄りの家だったらしいから監視されてたみたいだよ」
「南寄り?」
「えーとね・・・」

さて次の説明をどうしようかとまたフレイは頭を悩ませた。

「セレナードは、南にあった国と統一したよね。もう片方の国のことは覚えてる?」
「え、ええと・・・確か・・・」
「モデラート国、ね」

微笑んで頷きながらフレイはそう言った。
セレナード国が、南にあったモデラートという国と統一されたのが100年前のこと。

そこからセレナードの国王の代を数えることを改め、さらに代々「国王」という立場に着く者がいない時代が多かったため、
現在の国王であるトルライトもまだ3代目である。

「覚えてなかった?」
「すみません、生まれてなかったので・・・カペルマイスターもそうでしょう」
「あ・・・まあ、そうだけどね」

フレイはぽりぽりと頬をかいた。

「で、100年前にラベル家の人間を処刑するためにセレナードから大量の兵士が派遣されたんだよ」
「なるほど、今みたいな感じですね」
「うん、そうだね。そして激しい戦闘になり双方に大きな被害が出つつもついに夫婦を追い詰めたんだ」
「国の軍と領主の戦いでそんな激戦になるとは・・・」

カフカは非常に興味深そうに頷きながらフレイの話を聞いている。

「二人の魔法の力がそれだけ強かったって事だね。そして、追い詰めはしたんだけど結局処刑も逮捕もできなかった」
「えっ・・・なぜですか?」
「ラベル城を覆うように・・・二人が、封印の魔法をかけたから」
「封印の魔法?」
「二人は、魔法にかけてはすごい技術と能力を持っていて、城ごと封印をかけて誰も城から出られず誰も城に入れないようにしたんだ」
「そ、そんなことが・・・!」

驚きつつ、カフカは目を瞬かせた。

「封印された城は時間が止まっていて、何も動かせず傷も付けられない、そんな状態だったみたいだね」
「時間を止める・・・では、100年間も時間が止まっていた、ということですか・・・?」
「・・・そう、その通り。さすが、頭の回転速いね」
「お、お褒めに預かりまして・・・」

急に恐縮して照れくさそうに頭を少し下げたカフカに、フレイは思わず くすっと笑ってしまった。

「はは、もちろん副司令官となれば頭脳の戦いも必要だけど、ちゃんと部下たちを戦わせてね。何があるか分からないから」
「はっ・・・はい」
「あ、それでね。時間が止まったラベル城はずっとセレナードの監視体制下におかれていたんだけど、
ここ数年間でその封印が弱まってきた、という報告が出されるようになったんだ。」
「そうか、封印も弱まってくるものなのですね」
「封じる人間の力によるみたいだね。100年間といったらものすごい力だよ。その封印が弱まったのが数年前のこと。
そして、メヌエットのカペルマイスター、ルシャンがラベル城に行って見事ミュートとネウマを処刑した、というわけ」
「ええ、自身の命と引き換えに、でしたよね・・・?」
「うん・・・そうだね」

そうやって話しながらもひたすら歩き続けて、トランの町までやってきた。
町の人たちは、普段見ることがない大量の兵士に驚いていた。

「何が始まるんだろうねえ」
「ここで戦争でもするのか?」

そんな声が聞かれる中、フレイたちは一路ラベル城へ向かって歩いて行った。



「・・・ついた・・・」

それはそれは大きな城。横にも広く奥行きもあり、全体的に白を基調とした壁と、それに見事な装飾が施された巨大な城である。
かつてのトランの領主の居城、ラベル城だ。

城の門は開いており、いつでも入れるような状態に見えた。

しかし、フレイは城の前まで来て立ち止まった。

「カペルマイスター?」
「・・・ちょっと、全員止まって。カフカ、後ろの部隊の隊長を連れてきて」
「かしこまりました」

手のひらをぱっと上げて後ろから来る兵士全員を止め、カフカに指示を出した。
荷物の中から紙を取り出している間にカフカともう一つの部隊の隊長が走ってきた。

フレイは紙を大きく広げて、地面に置いた。

「これは・・・」
「これがラベル城の概観図。城壁がないのはここと、裏だけ。軍を3つに分けて突入するよ」
「二箇所から入りますが、一つの部隊はどちらから入りますか?」
「入るのは二つだけで、一つは待機していて。副司令官カフカの部隊は裏から入ってもらう」

カフカは緊張した面持ちでゆっくり頷いた。
それを見てからフレイは連れてこられたもう一つの部隊の隊長を指さした。

「きみの部隊40人は表で待機、ぼくと25名は正面から突入、裏からは35人」

てきぱきした口調で指令を出していく。

「ぼくたちの突入の2分後に、裏からの部隊も行動開始。目的は城内の探索だけど、中では何があるか分からないから全員気をつけて」
「はいっ!」

兵士全員が声を揃えた。

「あ、カペルマイスター」
「え?」
「城に人がいた場合、どうすれば?」
「あー・・・」

フレイたちの作戦の目的は、ラベル城の攻略と制圧。
しかし具体的に何がいるかなどはみんな分かっていなかった。

「おい、100年も経っているんだぞ。誰もいるわけがないだろう」
「それもそうか」

別の兵士がそう言い、発言した者が納得して頷いた。

「もしも人がいたら処刑ではなく身柄を確保して、ぼくにすぐに報告して。危険を感じたら城外へ退避。個人行動は決してしないで。
ちゃんと活躍した人のことはぼくはちゃんと見てるからね」

フレイは笑顔で、皆を安心させるように手を振った。

「それじゃ、各自配置について。ぼくの部隊の者は裏に一人行って、そちらの準備ができたかを伝えに来てもらったあと加わってもらう」
「かしこまりました」

部下たちの返事を聞いた後、フレイは手をぎゅっと握り締めてラベル城を見上げた。






「いたたっ・・・あ、でも・・・なんとか入れるみたい」

城に近づくと、バリアのような結界に当たった。

「やっぱり封印が弱まっているみたいだね・・・みんなも、続けて入って」

一見何もない空間に、押し返されるような感覚を受ける壁がある。
しかし無理矢理前に進めば入れるようだった。

結界の中の床も時間が止まりかけているせいか通常と違う感覚があったが、歩けないことはなかった。
フレイに続き、25名の兵士達も結界を抜けて城に入っていく。

大広間にやってきたが全てのカーテンが閉まっているため、城の中は薄暗い。
人の気配は全くなく、自分達の足音だけが天井の高い広間の中に響いた。

「カペルマイスター、どうなさるんですか?」
「・・・まずは、全部の部屋を調べようか・・・安全を確認したら報告して」
「いくつかに分かれましょうか」
「そうだね、5人ずつに分かれていこう。でも本当に油断だけはしないで」

並んだ順番に頭から5人ずつに分かれて5つのグループを作った。
フレイは4人の部下と共に2階に上がり、長い廊下から部屋を一つずつ開けていった。

「うわ・・・」

寝室と思われる部屋の、内装は酷く荒らされていた。
ドレッサーは倒れ、壁には大きな傷がいくつもあり、シーツやカーテンはあちこちが裂けていた。

「5年前の戦いは本当に壮絶なものだったのですね・・・」
「ラベル家に仕えていた人たちも必死に応戦したんだろうけど、これは酷い有様だね」
「あっ・・・」
「どうしたの?」

兵士の一人が、床に落ちている人形を拾った。

「この人形、妙に綺麗じゃないですか?何年も経っているようには見えませんが・・・」
「本当だ、何の人形だろう」
「トカゲ・・・でしょうか?」

真っ白だったが、少々ずんぐりむっくりした体型のトカゲの人形だった。
人形を持っている兵士が人形をよく見ようと顔を近づけた瞬間、人形は急に光りだした。

「えっ!?」

驚いた兵士はその人形を落とした。
見る見るうちにその人形は巨大化していき、巨大なトカゲへと姿を変えた。

そして、赤く光る凶暴そうな目をフレイたちに向けた。

「うわああっ!!」

目の前で起きた事態と、不気味で巨大な白いトカゲに恐れをなした2人の兵士は、部屋から逃げ出していった。
それを見たフレイは、彼らに向かって慌てて叫んだ。

「待って、まとまっていないと危険だ!!」

それと同時に巨大なトカゲの大きな前足がフレイたちに振り下ろされた。
フレイは背負っていた剣を鞘ごとベルトから引き抜いて、それを受け止めた。

「くっ・・・!」

力を横に受け流してトカゲの立っているバランスを崩し、そのままフレイはトカゲの腕を駆け上がった。
そのまま横に剣を振り上げて、トカゲの首に横から強い一撃を加えた。

その攻撃によりトカゲはゆっくりと倒れ、白い光を放ちながら縮んで元の人形に戻ってしまった。

「これは一体・・・カペルマイスター、流石です・・・」
「早く、はぐれた者たちと合流しないと・・・他のグループのみんなと」

とフレイが言った時、下の階から轟音が鳴り響いた。
それが何なのかを理解し、はっとして顔を上げた。

「裏の、カフカ副司令官の部隊が・・・」

フレイは素早く立ち上がり、部屋から駆け出した。

「早く、加勢するから全員移動して!」
「はいっ!」

フレイと、逃げ出さなかった3人の兵士は長い階段を降りて1階に戻ってきた。
だが、そこは既に修羅場と化していた。









    





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