◆ギャラクシアン◆
インベーダーとは似て非なるもの



(ROM版)発売日:1984年9月7日   発売元:ナムコ   ジャンル:STG
値段:4500円   おすすめ度:3.5(おのれ、エイリアンめ!)

(Disk版:片面)発売日:1988年4月8日   発売元:ナムコ
値段:500円(書き換え専用)


1978年、日本中を熱狂の渦に巻き込んだゲーム『スペースインベーダー』。 その人気は、カツアゲや万引きといった青少年の犯罪を誘発させるが、それほどまでにインベーダーの人気はすさまじいものであった。

しかし人気な物ほど、模造品が数多く生まれるという事実は、歴史が証明している。 インベーダーもそれとて例外ではなく、多くの模造品(コピーゲーム)が生まれることになった。

もちろん、開発元のタイトーに許可証(ライセンス)の手続きを受けたゲームもあったが、ほとんどは許可を受けていなかった。 ライセンスが認められなければ、金の出所が消えてしまう恐れがあったからだ。

当然、インベーダーの開発元であるタイトーが黙っているはずもなく、コピー品が氾濫している現状を見かねて、無許可のコピー品に対し、注意や警告等を出した。 場合によっては、裁判沙汰になることもあり、事実数多くのコピーゲームが訴えられた。

折りしも、先の青少年の犯罪が連日テレビで取り上げられ、これをきっかけに各ゲームメーカーとも自主規制に入った。 そして、前の著作権の問題も合わさって、インベーダーブームは急速に過ぎ去ってしまう。 そのブームが過ぎ去った後に残されたものは、多くの赤字を抱えて倒産したメーカーと、山積みされたゲーム台、コピーゲームの基盤であった。


インベーダーブームが過ぎ去った翌年の1979年、俗に『インベーダー恐慌』と呼ばれたこの年だが、 前年の加熱やブームの終焉の落差を味わった各ゲームメーカーは、インベーダーとは違ったゲーム開発を模索するようになる。

その結果生まれたものが、『インベーダーとは似て非なるゲーム』と『インベーダーとはまったく違うゲーム』の2タイプで、 前者は『ギャラクシーウォーズ』と『ギャラクシアン』、後者は『平安京エイリアン』と『ヘッドオン』であった。

その前者のほうだが、インベーダーブームに数多く登場した、キャラやBGMを変えただけのコピーゲームと違って、そのゲーム独自のアイデアが盛り込まれていた。 ギャラクシーウォーズの場合、ミサイルで画面上に横切る隕石をよけながら、画面上部にあるUFOを撃ち落すもので、UFOを撃墜したときにその当てた所により得点が変動するもの。

ギャラクシアンも、ギャラクシーウォーズと同じインベーダーとは似て非なるもののゲームであったが、同時にギャラクシーウォーズとも違ったゲームであった。 どちらも、画面下部に自機、上部に敵機の大群が配置されており、インベーダーと違って自機を守るトーチカが存在しない。

そして、ギャラクシアン独自の要素は、敵の行動パターンにある。 インベーダーと違って、全軍が画面下部に徐々に接近してくることはないし、その間に攻撃することも当然ない。 この場合、初めてのプレイヤーは真っ先に敵を多く撃ち落すのが常識となっている。


ただ、一定時間ごとに敵エイリアンが1体、自機に向かって飛来していく。 もちろん、ここで撃ち落すこともできるが、撃ち漏らしてしまった場合、攻撃した後画面下部に消えたかと思えば、画面上部に現れ自分のもといた場所の戻ってくる。

この行動パターンにおける敵機接近のパターンは、エイリアンの色ごとに違っており、位置が画面上部にいるエイリアンほど、移動パターンが変則的である。 さらに攻撃も激しくなるため、スペースインベーダーと同じやり方でやると、必ずといっていいほど痛い目を見たプレイヤーがかなりいたという。 おまけに、エイリアンが残し数匹になると、全エイリアンが一斉に総攻撃をする上に、元いた場所に戻ることはなく、やられるまでひたすら攻撃を続ける。

特に紫色のエイリアンは、横に移動するときの軌道が、他のエイリアンと比べてかなり大きくなっており、こいつにしてやられたプレイヤーはかなりいた。 それと、画面最上部の中央に陣取ってる2匹のエイリアンは、インベーダーにおけるUFO的な存在で、一定の確率で1つ下のラインにいるエイリアンを2匹引き連れて攻撃してくる。 この団体、護衛のエイリアン2匹を撃ち落した後にボスエイリアンを撃ち落すと、ボーナス得点が手に入る。

このゲームでは、スペースインベーダーと似ていながらも、得点の効率な稼ぎ方と、敵の行動パターンを楽しむという2つのテーマを掲げている。 後者はともかく、前者における得点の稼ぎ方だが、ボスエイリアンはもちろんのこと、一般のエイリアンとて例外ではなく、 じっとしている時と飛んできた時とでは、得点の差がやや大きくなっている。

これを利用して、高得点を目指す上級プレイヤーもいたが、やはりとどまっているうちに撃ち落すプレイヤーのほうが多くいたようだ。 なお、体当たりで撃墜しても得点が稼げるため(いわば相打ちで、もちろん自機が1機減る)、逃げられないと悟ったときに相打ちにして、少しでも得点を稼ぐプレイヤーが後を絶たなかった。


それから5年後の1984年、ナムコ初のFCソフトとして移植されることになった。 ROM容量の少なさによるものなのか、キャラに少々の粗さがあるものの、ほぼ完全なACへの移植といっていい。 バックにある星もはっきりと再現されており、敵の行動パターンも見事に再現されている。

しかしながら、ギャラクシアンが発売されたこの時期、ACでは『ゼビウス』の人気が絶頂にあり、しかもFC版への移植が決まっていた上に、 いつごろ発売されるのかというのがゲーマーの興味であったため、FC版ギャラクシアンが発売されたという情報を知ったゲーマーは、何をいまさらという感じがぬぐいきれなかった。 ほぼ完璧な移植だが、発売される時期ゆえに、当時不当な扱いを受けたというのは、ただただ悲劇というほかはない。

ところで、UコンのABを押しながらリセットを20回押すと、『風の谷のナウシカ』のBGMを聴くことができる。 そのBGMのタイトルが『シバの女王』だが、なぜそのBGMを入れたのか、そもそもなぜナウシカのBGMを入れたのか、詳しいことはよくわかっていない。
ただ、その年に劇場公開となったナウシカの人気は、当時かなりもののであったから、 おそらくナムコとしては、ナウシカのBGMを裏技として入れることによって、その人気にあやかりたかったのだろうと思われる。


ちなみにFCに移植する際、ゲーム画面の比率を変更している。 これは、縦型のAC画面と横型のTV画面では折が合わず、AC画面をそのままTV画面にはめ込むと、 TV画面の比率により得点や残機などを映す割合の比率が大きくなり、結果的にプレイしにくくなってしまう。

そこで、TV画面の比率に合わせることで、得点や残機などの画像を画面最上部に移動させることにより、無駄なくTV画面に収まることができた。 しかしそれでは、キャラの動きなどに不都合が生じてくるため、TV画面に合わせて動きなどに変更をした。

AC版をプレイした人が、FC版の動きに違和感を感じるのは、この画面に比率が理由とされる。 後に、AC版そのままに移植された『ナムコミュージアム』では、AC版そのままの画面比率でプレイできるようになった。

私は、ギャラクシアンをはじめて知った当時は、まだスペースインベーダーのことを知らなかったので、ギャラクシアンがインベーダーのパクリという考えはなかった。 もし、先にスペースインベーダーを知ってていても、ギャラクシアンがインベーダーをパクったという考えはしなかっただろうと思う。


初めてプレイしたのは、FC版発売から3年後、私がファミコンを買った翌年であった。 なお、自分で買ってプレイしたのではなく、いとこからもらってプレイしたのだ。

だが初めてプレイした感想は、とても違和感があっただけで、とても面白いといえるものではなかった。 理由は、同じ縦STGの『スターソルジャー』を飽きるほどプレイしたため。 左右はもちろん、上下も移動できるスターソルジャーと違って、左右しか移動できないギャラクシアンは、あまり私に合わないと感じていた。

しかし、いとこからもらった他のゲームをプレイしていくうちに、ギャラクシアンは元々こういうゲームなんだなと理解するようになった。 私が、結構短い時間に理解できたのは、頭が柔らかかったというのではなく、 おそらくファミコンのやりすぎでほぼ体がゲーム漬け状態になってしまったものだろうと考えられる(事実、視力が極端に低下…)。

とはいえ、そのおかげでほとんどのゲームを偏見なく受け入れた自分を褒めたいところだが、そのせいで視力が低下してしまったのは、自分の愚かさを証明してしまいかねない。 それと、ほとんどのゲームだから、すべてのゲームを偏見なく受け入れたのではない。

事実、運だけでゲームを左右し、いきなりゲームオーバーになってしまうゲームには、いまだに恐ろしいまでのトラウマが根付いている…。



本日のまとめ



死なばもろとも!!

(06/10/17修正)
伝説のスターブロブ2への掲載:2019年4月4日
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